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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
180/222

180 少女ところによりジョッキー ~エンプレス杯編~

「全場重賞制覇おめでとうございます。口取りに参加してたお子さん達、凄く可愛かったですよ。そして、23年間お疲れ様でした。」

 悲願達成となった先週の小倉大賞典を最後に、鞭を置いた古畑。週が明け、雪がちらつく美浦トレセンで彼を祝福しているのは、優だった。


「よせやい。それよりお嬢の方こそ、土曜のダイヤモンドステークスはいい勝ちっぷりだったじゃねえか。手が合ってるみてえだし、春天もいい勝負になるだろうよ、あれは。」

「先行して速い上がりを使えるから、京都の長丁場はぴったりの舞台です。GⅠだし甘くはないでしょうけど、自分のレースが出来ればチャンスはあると思います。……ところで、最近は春天じゃなくて天春って略すファンも増えて来てるみたいですね。」

「ホントかよ、それ……。このトレセンでそんな呼び方してる奴なんか、俺は見たことねえけどな。大体、天春なんて語呂が悪くて呼びづれえじゃねえかよ。」


 他愛もない話をするうちに、話題は落馬負傷した陽介に移る。

「いいお手馬が揃ってるのに、嫌な時期に落ちちまったな、あいつ。さぞかし落ち込んでただろう。」

「春のGⅠシリーズまでには帰って来るって、言ってましたよ。その間に下半身や体幹を鍛えて、騎手としてさらに上を目指すって張り切ってましたよ。」

 絶好調を維持していた中での戦線離脱だけに当然ショックだろうし、気を遣わせないための強がりもあるるかも知れない。それでも、新陳代謝が活発で負傷からの回復も並外れているのが、アスリートとしての騎手だ。骨折から2か月以上も猶予があるだけに、陽介の宣言には充分な現実味があった。



 そして2月最後の水曜日。優は地方競馬の川崎競馬場に遠征していた。騎乗するのは交流GⅡのエンプレス杯。パートナーはもちろん、自厩舎の4歳牝馬ロマンシングソーマだ。


3回川崎3日目 エンプレス杯(jpnⅡ)

(4歳以上牝馬オープン 2100メートル 格別定 稍重)


1枠1番 サンディビーチ   4歳 56キロ 田崎


2枠2番 シンクポジティブ  5歳 55キロ 坂川


3枠3番 トーソンメロディー 7歳 55キロ 吉本


4枠4番 ロマンシングソーマ 4歳 54キロ 藤平


5枠5番 プリティージェシカ 4歳 54キロ 真下


5枠6番 エリザベスカラー  5歳 55キロ 御子柴


6枠7番 カイネシュガー   4歳 54キロ 増岡


6枠8番 ナツノローラン   6歳 55キロ 西崎


7枠9番 ロゼッタ      4歳 54キロ 神本


7枠10番 クラウドファンド  5歳 55キロ 板井(いたい)


8枠11番 ソーシンプリティー 4歳 54キロ 木林


8枠12番 ミスジェシカ    6歳 56キロ 中田


 人気は絶対女王サンディビーチ、地方の女傑ロゼッタ、交流重賞3連続2着ロマンシングソーマの順。勝ち切れないレースが続く愛馬を勝利に導くために、優は極めてシンプルな作戦を用意していた。

 ゲートが開いた瞬間、観衆の目は、勢い良く飛び出した優とロマンシングソーマに釘付けとなった。並の好スタートではない、まさにロケットスタートだ。


────レース前、コース形態とライバルの脚質を鑑みた優は、勝つためには前、それも末脚の決め手不足を補って余りあるセーフティーリードを保ってレースを進めたいと考えていた。スタートの良さを武器の一つとする優ではあるが、このプランを実践するためには、先手を主張するエリザベスカラーを引き下がらせるほどの圧倒的な出足が欲しかった。

 そこで優は、大井の初騎乗以来面識のあるレジェンド騎手・波止場に、思い切ってこのレースのスターターの癖を尋ねたのだ。彼ほどのベテランなら、スターターがゲートを開く時の癖だって知り尽くしているに違いない。実際、エンプレス杯に騎乗馬がないこともあって、波止場は快くアドバイスをくれた。

(今日のスターターの田中さんは、態勢が整ったらすぐにゲートを開くタイプ。その一瞬に賭けるしかない!)

 ゲート内に収まってからジッと他馬の様子を見ていた優は、大外のミスジェシカと中田がゲート入りを終えて、他の各馬が暴れてもいないのを横目で確認すると、ワンテンポ置いてロマンシングソーマを()()に掛かった。狙ったタイミングでゲートが開かない場合、ゲートに顔をぶつけたりして大出遅れに繋がるリスクもあり、それは大きなギャンブルであった。そして結果的に彼女は、その賭けに勝ったのである。


 レースの主導権を握った優とロマンシングソーマは、スローとミドルの中間のペースで引っ張って行く。後続を引き付ける溜め逃げを捨て、マージンを作る離し逃げを選択した訳であるが、ラストで失速しないようにペースを上げる匙加減は本当に難しい。優はこれまでの交流レースでの経験と自分の体内時計を頼りに、ベストと思えるラップを模索しながら徐々に後続を引き離して行く。


 前半の1100メートルを1分10秒5で通過したロマンシングソーマと、2番手に付けるエリザベスカラーとの差は、およそ5馬身。このまま逃がしてはまずいと判断したサンディビーチの田崎とロゼッタの神本は、向こう正面で早目に動き出し、馬群の外から追い上げに掛かる。


 地方競馬にありがちなロングスパート勝負に持ち込まれたこのレース、後はゴールまでの我慢比べだ。ジリジリと差を詰めて来る強力2騎に対し、マイペースでレースを引っ張って来たアドバンテージを生かして懸命の粘りを見せるロマンシングソーマ。しかし、これは届かないかと思われた残り100メートル辺りから、ペースを上げた分苦しくなったロマンシングソーマに対し、女王サンディビーチが猛追を開始する。


 やはりサンディビーチの地力が一枚上か。そう思わせたゴール前だったが、交流GⅠ・JBCレディスクラシックを勝ったことにより他馬より2キロ多い56キロを背負っていたのが響いたか、馬体を接する所までは追い詰めたものの、最後までこれを交わし切ることは出来なかった。

 

 そのサンディビーチを半馬身抑えて見事にこの交流GⅡを制したのは、優とロマンシングソーマ。勝ち時計2分16秒6、上がり3ハロン39秒8で逃げ切りを決め、人馬ともに嬉しい交流重賞初勝利となった。


 オーナーの相馬も調教師の太陽も厩務員の綾も、皆弾けるような笑顔でこのコンビを出迎えた。

「このレースは格こそGⅡではありますけど、ダート路線の牝馬にとっては上半期で一番のビッグレースですから。何だかGⅠを勝ったような、晴れ晴れとした気分です。皆さん、今日は本当にありがとうございました。」

 惜敗を繰り返した末の大一番での勝利に、感慨もひとしおの相馬が感謝を伝える。


(なかなか結果を出してあげられなかったこの子に、少しでも借りを返せて良かった……。)

 皆の祝福の中で下馬した優が見せたのは、喜びよりも安堵から来る笑顔であった。


 




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