表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
171/222

171 若駒ステークス

 クラシック本番まで残された時間が少なくなりつつある1月中旬。短期放牧から帰厩したストロングソーマは、馬体に身が入り成長期の到来を感じさせた。その一方で、ダートの中距離馬というその血統の本質的な完成形が次第に顔を覗かせるようになり、自身の適性の限界とも戦いながらダービーの夢舞台を目指すこととなる。


 そんな同馬の主戦騎手である優は騎手生活3年目に突入し、万葉ステークスをザゴリラで完勝して幸先のいいスタートを切った。

 その優が調教で跨っているのは、来週水曜日に大井で行われる交流GⅢのTCK女王盃を予定しているロマンシングソーマだ。砂の女王サンディビーチが待つ2月の交流GⅡエンプレス杯に向けて、重賞タイトルを獲得して弾みを付けたい所であるが、前走のクイーン賞で苦杯を嘗めた地方の女傑ロゼッタを負かすのは容易ではない。

 日曜日に軽く流して本番に向かうため、この水曜の調教が実質的な最終追い切りとなる。美浦のウッドコースでテンからビシッと追われたロマンシングソーマだったが、息を乱すこともなくケロッとした様子で引き揚げて来た。

「息遣いもいいですし、前走からのダメージは無さそうですね。この出来なら好勝負になると思います。」

 追い切りの感触を太陽に報告する優の表情は満足げで、初の重賞勝利に向けて視界良好の様子である。


 

 そして週末の中央競馬は、中山でGⅡアメリカジョッキークラブカップ、中京で同じくGⅡ東海ステークスと、GⅠに繋がる重要なステップレースが予定されている。もちろんこれらも好メンバーが揃った必見のレースであるが、クラシック路線に目を向けると注目すべきは、土曜京都の伝統のリステッドレース・若駒ステークスであろう。

 重賞ではないにも関わらず、歴史に残る数々の名馬がここを勝って春のクラシックに名乗りを上げており、関西の強豪がしばしば登場する出世レースとなっている。

 

 今年の主役は、新馬→エリカ賞と連勝中のライディーン。父ラグナロックは海外血統の持ち込み馬として日本で走り、重賞3勝。GⅠタイトルこそないものの、血統と潜在能力を買われて種牡馬入りを果たした。

 その数少ない産駒のうちの1頭であるこのライディーンは、デビューしてからの2戦を頭差、首差の僅差で連勝。先行から後続との追い比べを制して勝つという取り口は一見地味だが、相手なりに走れる脚力と絶対に抜かせない勝負根性を備えているからこその芸当という見方も可能であり、クラスが上がったここで真価が問われることとなろう。


 このレースでライバルと目されるのが、朝日杯フューチュリティステークス5着のマイフェイバリット。全兄のエースインザホールは京都2歳ステークスの覇者で、昨年の菊花賞でも2着に入った実力馬だ。キャリアは浅いものの、まくりを得意とする兄同様に息の長い末脚を武器としており、競って強いライディーン相手でも我慢比べなら引けは取らないはずである。


 この真冬のシーズンは素質馬の多くが休養を取っていることもあり、リステッドとは言え質も量も手薄。7頭立ての少頭数となったこの若駒ステークスは、週中の降雨もあり稍重で争われることとなった。

 スタートしてすぐ、ライディーンに騎乗する福山は同馬を2番手の好位に付ける。対するマイフェイバリットの屯田はこれを射程圏に入れながら、中団4番手を追走。7頭はスローペースで一団のまま、淡々とレースを進めて行く。


 前半1000メートルは1分3秒5と、渋った馬場を考慮しても明らかに遅い。このままこのペースにお付き合いしていては足元を掬われかねないと、福山は3コーナーから早々にライディーンを押し上げて先頭に導く。そのまま先頭で直線に向かい、後続が迫って来るのを待ち構える。


 一方のマイフェイバリットは、ただライディーンをマークしてしまっては福山の思う壺とばかりにワンテンポ仕掛けを遅らせ、4コーナー中間からスパートを掛けた。そしてコーナーワークの遠心力に任せて外に進路を取ると、内ラチ沿いを走るライディーンから4頭分ほど外側を真一文字に伸びてこれに迫る。


 馬体を離されてしまっては、自慢の勝負強さも満足に発揮することが出来ない。明らかに脚色の違う2頭の様子に、さしものライディーンも万事休すと思われた。

 しかしこれに対し鞍上の福山は直線半ばから思い切ってライディーンを外に持ち出して、強引に馬体を併せに掛かる。そうはさせじと屯田はマイフェイバリットの進路を更に外へ向けるが、馬場の七分どころでついに2頭の馬体が接することとなった。


 内を走る後続を置き去りにした2頭のマッチレースは、まさに一進一退。マイフェイバリットが頭一つ抜け出せば、ライディーンが盛り返す。その攻防の繰り返しは、愛馬を鼓舞する2人の騎手の激しいアクションと相まって熾烈を極めた。

 

 レースはラスト50メートル。ここで内の福山の動きがもう一段大きくなる。過去の大レースでアメリカの競馬記者に『まるでマイケル・ジャクソンのようだ』と揶揄されたこともあるそのフォームは、ほとんど直立で踊るような恰好となって、一見馬の妨げになっているのではと疑わせるほどだ。

 

 しかしそれに応えるかのように、ライディーンはもう一伸びを見せた。劣勢の体勢から一転して1馬身ほど抜け出すと、再度ジリジリと差を詰めて来るマイフェイバリットにリードを許すことなく、首差を付けて先頭フィニッシュ。

 またしても僅差の競り合いを制してたライディーンは、これで無傷の3連勝。勝ち時計2分1秒6、上がり34秒8の内容は特段評価出来るものでもないが、競れば絶対に負けないそのレースぶりこそが、数字では測れないこの馬の強さを示していた。


 ライバルが1頭どころではないクラシック本番で、その勝負根性を発揮させることが出来るかという課題はあるものの、並んで抜かせないこの馬が前にいることは、他馬の脚の使いどころに少なからぬ影響を与えそうである。クラシックの惑星とも呼べる存在が、ここに誕生した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ