152 葉牡丹賞
実戦を想定した本追い切りで、気性面での著しい成長ぶりを示してくれたストロングソーマ。休養前のラストレースとなる葉牡丹賞を勝利し、来春のクラシック本番への足掛かりとしたいところである。
第5回中山競馬1日目 第9レース 葉牡丹賞
(2歳1勝クラス 馬齢 芝2000メートル 良)
1枠1番 ストロングソーマ 牡 55キロ 藤平
2枠2番 コズモタイガー 牡 55キロ 戸村
3枠3番 アルファウェーヴ 牡 55キロ 仁村
4枠4番 アラマイヤエレナ 牝 54キロ 田崎
5枠5番 ダンシングヒーロー 牡 55キロ ロベール
6枠6番 ドントミスイット 牡 55キロ 棚田
6枠7番 スーパーマルオ 牡 55キロ 仲本
7枠8番 シャンパンタワー 牡 55キロ 福山
7枠9番 グラスホッパー 牡 55キロ 中田
8枠10番 トーキョーブギウギ 牝 54キロ 蟹田
8枠11番 サーキュレーション 牡 55キロ 島田義
単勝2.4倍で堂々の1番人気に推されたのは、優が騎乗するストロングソーマ。ここまでの2戦で戦って来た相手のレベルが高いのに加えて、前走のアイビーステークスで2着を分け合ったテグザーが先週重賞を勝ったことにより、人気が嵩上げされた格好だ。粗削りだが潜在的なスピード能力は一級品。
2番人気は、ロベールが3戦連続騎乗する良血馬ダンシングヒーロー。新馬戦ではゴールドプラチナムに一蹴されたものの、次走の未勝利戦を楽勝してここに出走して来た。実戦慣れしたことで、サタデーフィーバー産駒特有の切れ味が鋭さを増して来た様子。管理する早坂厩舎はクラシック級の評価を与えており、今後の重賞戦線に名乗りを上げるためにも勝利が欲しいところである。
3番人気は、アルテミスステークスで3着に好走した牝馬トーキョーブギウギ。追い込み一手でズブい所があり、激しい当たりで馬を動かす蟹田は手が合っている印象。マイルは少し忙しいと見て、牡馬相手ながら2000メートルのここを使って来た。
4番人気は、東京芝1800メートルの新馬戦を2馬身差で逃げ切ったグラスホッパー。初戦はレースレベル的には特筆すべきものではなかったが、前が残りやすい中山2000で開幕週の芝と来ては、ノーマークには出来ない一頭だ。
パドックで跨った優は、愛馬がいつになくやる気を迸らせているのに気が付いた。
(もしかしてスー君、前走で完敗したのが悔しかったのかも。もしそうなら、いい傾向だな。)
アイビーステークスで、ストロングソーマは勝ち馬エナジーフローに置き去りにされる屈辱を味わった。まともに付いて行くことすらできない敗北は調教を含めて初めての経験だったはずで、プライドを傷付けられたのは想像に難くない。どんなに能力が高くてもそれを発揮出来なければ意味のない競走馬にとっては、それは大いに望ましい変化と言えた。
返し馬でも落ち着いているストロングソーマに、優は人知れず感心していた。
(この子の一番の長所は、案外この吸収力の高さかも知れない。デビュー前は競走馬としてやっていけるか不安になるくらいやる気がなかったのに、調教とたった2回の実戦でこうも変わるなんて。あとはレースで真面目に走ってくれれば……。)
彼女は内心自信を深めながら、待機所でただ静かにスタートの時を待つのだった。
そしてファンファーレが鳴り、葉牡丹賞の発走を告げる。 全馬順調に枠入りを完了し、ゲートが開くと各馬ほぼ揃った飛び出しを見せる。
そこから押し出されるように先頭に立ったのは、新馬戦でもハナを切った9番グラスホッパー。2000メートルの距離を意識して、ペースを落としてのスロー逃げに持ち込もうとしているようだ。
次いで2番手の位置を取りに行ったのが、1番のストロングソーマ。下手に控えると包まれて動けなくなるリスクのある最内枠ということもあり、積極的なレースを展開している。予定通りの先行策ではあるが、気負っている様子もなく、スムーズに折り合っての追走を見せている。
対抗格の5番ダンシングヒーローは、これをマークしての3番手。前走でエナジーフローに乗っていたロベールは、最後に鋭い脚で突っ込んで来たストロングソーマをその目で見ており、相手はこの馬と決めての大名マークである。
人気のもう一頭、10番トーキョーブギウギは後方から2番手に付けて、いつもの自分の形を貫いている。他の人気どころが揃って前に行ったため、展開次第では漁夫の利を得られることも考えての位置取りか。
楽に単騎で逃げているグラスホッパーの前半1000メートル通過タイムは、1分2秒0。予想通りのどスローで、このままでは後方勢は苦しい。トーキョーブギウギの蟹田はポジションを上げて行こうと、小さなダンスを開始した。
このまま前にいれば、展開有利には違いない。しかし一瞬の反応に劣るストロングソーマでじっとしていては、瞬発力で勝るライバルに出し抜けを食わされて屈する危険がある。ペースを鑑みた優の決断は早かった。
向こう正面の終わり、3コーナーに入る手前から激しく手綱をしごくと、徐々にストロングソーマのエンジンに火が灯り始める。そして突然スイッチが入ったかのようにガツンと加速すると、4コーナーに入ってすぐに逃げるグラスホッパーを抜き去り、スピードに乗りながら4角先頭で直線に突入して行く。
スローを見越して直線でのチョイ差しを狙っていたであろうダンシングヒーローのロベールは、予想外のロングスパートに一瞬虚を突かれて置かれたが、瞬発力で上回る分すぐに差を詰めて行き、直線に入った時点ではそのビハインドを半馬身にまで縮めていた。
動き始めたタイミングで先行馬に行かれてしまったトーキョーブギウギは、差を縮める機会を逸してまくりに失敗。展開に泣いた形で、このレースは完全に勝負圏外に置かれてしまった。
最後の直線は、完全に上位人気2頭のマッチレース。ダンシングヒーローのスピードと切れなら交わせると踏んでいたロベールだったが、応戦するストロングソーマのスピードも決して引けを取らない。半馬身のリードをキープしたまま2頭は残り200メートルの急坂に差し掛かる。
先行した側には厳しいこの魔の上り坂で、追う者の強みを生かして抜き去らんとするロベールとダンシングヒーローだったが、優の右ムチに応えるかのようにストロングソーマは闘志を剥き出しにする。
がっちりとハミを取って歯を食いしばるその姿は、おばっちゃま然とした新馬戦前とはまるで別馬。走ることでしか己の存在価値を証明できないサラブレッドの、悲しくも美しいひたむきさが、そこにはあった。
短いようで長く感じられた293メートルの直線。最初から最後まで叩き合った2頭の差は結局縮まることなく、永遠の半馬身差を保ってそのままゴールに飛び込んだ。
勝ったのは1枠1番、白い帽子のストロングソーマ。鞍上はもちろん、藤平 優。勝ち時計は2分0秒1、上がり3ハロンは34秒0。2歳の1勝クラスとしてはなかなか高いレベルの一戦を制することが出来たのは、この3か月の成長を全て出し切った賜物であろうか。
「今のストロングソーマなら、ペースに合わせてどんな競馬も出来そうだ。ダービーを意識して芝を走らせたのは人の都合に合わせた勝手な挑戦だったが、最初からダートで勝ちに行っていたらここまでの進境は見られなかっただろうな。3回続けての芝のレースで走りも少し順応して来た感じもあるし、やって良かった。無駄に終わらなくて、良かった……。」
ダート向きの同馬を芝で使うことにやはり多少の迷いと責任を感じていたのだろうか、太陽は珍しくほっとした様子を見せた。
「藤平さん、そして太陽先生を始め厩舎のみなさん、ありがとうございました。ストロングソーマはこれでようやくクラシックへの挑戦権を手にしたと言えるでしょう。今日の内容なら、相手が強くなってもきっと恥ずかしい競馬はしないと思います。来年の春が本当に楽しみになりました。」
相馬オーナーの表情も緩みっ放しである。それほどに、試行錯誤を繰り返してたどり着いたこの勝利には大きな意味があった。
「今日は何も言う事のない、素晴らしいレースでした。あとは、この子がライバルより強いか弱いかだけですね。まだまだ伸びしろもあるし、私も来年が待ち遠しいです。」
目覚ましい愛馬の成長に感無量の優。しかし、クラシックそして競馬は、強者が弱者を淘汰して行く残酷な世界だ。そこで生き残るために、ストロングソーマとともに更なる前進を誓う優であった。




