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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
151/222

151 収穫の時

 快速馬テグザーの大逃げが決まったラジオNIKKEI杯京都2歳ステークスの翌日、東京競馬場ではGⅠジャパンカップが行われた。

 

 国内最高額の1着賞金3億円を勝ち取ったのは、実績ナンバーワンの4歳馬レーザーポインター。菊花賞、春の天皇賞に続くGⅠ3勝目で、現役最強馬の座を揺るぎないものとした。

 これに挑んだ3歳世代の総大将、ダービー馬ライトニングボルトは2着。不発に終わった菊花賞から一変して本来の破壊的な末脚を披露したものの、名手・菅田が作る絶妙なペースで逃げた勝ち馬の牙城を崩すことは出来なかった。


 勝ったレーザーポインターは、このまま続戦して有馬記念に進む。一方で2着のライトニングボルトは、大社グループの使い分けもあって放牧に出された。来春は天皇賞ではなくドバイ遠征を予定しているとのことである。



 明けて今週末には暦は12月に突入し、いよいよ今年も残すところあと1か月となる。

 その今週、日曜日の中京競馬場では、ダートのGⅠチャンピオンズカップが行われる。中央競馬のダートGⅠは2つしかないため、必然的にここを勝った馬が最優秀ダート馬の座に大きく近付くことになる。


 そしてクラシック路線に目を向けると、土曜日の中山で行われる1勝クラスの葉牡丹賞は注目の一戦だ。皐月賞と同じ中山2000メートルを舞台とするこのレースには毎年、関東馬を中心に来春への大望を抱く期待馬たちが集う。年末のGⅠホープフルステークス、年明けのGⅢ京成杯、GⅡ弥生賞にも繋がるこの重要な一戦の勝利は、クラシックへのパスポートになると言っても過言ではないであろう。


 このレースにエントリーしている優の相棒ストロングソーマにとっては、まさに正念場となる。デビューしてからここが3戦目。ダービーをピークの状態で迎えるためにも、ここを勝って一息入れたいところであるが、逆にここで敗れるようなら、1勝クラスのままの身分では使いたいレースに出走出来ないケースも予想され、ダービー出走自体に黄色信号が灯ってしまう。


 実はこのストロングソーマの次走については、優の女性騎手の減量特典を生かして、平場の1勝クラス戦で勝ちを拾いに行くプランも上がっていた。しかしレース間隔的に葉牡丹賞がぴったりの日程だったのに加え、まだまだ未完成の同馬にとっては、強敵相手に厳しいレースを経験させてこそ成長に繋がるとの考えから、ここへの出走を決めた経緯があった。


 その葉牡丹賞勝利に向けて陣営が取り組んだのは、長い距離のレースを見据えて前半控える競馬を続けて来たストロングソーマの、脚質転換であった。

「前走のアイビーステークスを見ても明らかなように、瞬発力の足りないこの馬を芝で追い込ませても、一線級相手にはやはり厳しい。エナジーフローに一瞬であれだけ置き去りにされてしまっては、ビハインドを取り戻すのは苦しいどころか不可能だったろう。そのエナジーフローすらゴールドプラチナムには全く付いて行けないんだから、差し脚で勝負しても勝機はないに等しいのは明らかだ。

 やはりこの馬の本質は、豊富なスピードと軽快な先行力にある。本来のスタイルに戻しても、レースと調教でじっくりと走ることを教え込んで来た今なら、ぐいぐいとハミを取って気分良く行き過ぎる心配は軽減されているはずだ。うちに来てからの3か月が無駄ではなかったことを、実戦で証明して見せるんだ。出来るな、優。」

 実際にレースで絶望的な反応の差を味わわされた優も同じ意見で、抑えの利く先行馬への転身を支持した。

 

 そこで太陽は、厩舎一丸となってストロングソーマを鍛えて来たこの秋の成果を確認するために、実戦をシミュレートした最終追い切りを敢行することにした。

 2頭の調教パートナーの間に優騎乗のストロングソーマを置いて、スタートから抑えずに出して行く。まず先行させた相手を追い掛け過ぎないよう力を抜いて走れるか。そして、後ろからつつかれた時に気負わず自分のペースを保てるか。この2点の明確な課題を掲げて、調教は始まった。


 調教の入りにはいつも手綱を引いていたため、戸惑いから一瞬バカついたストロングソーマだったが、すぐに落ち着きを取り戻して、ハミを取らずにマイペースで追走して行く。

 ここでペースメーカー役が仕掛けてペースを上げ、ストロングソーマを煽る。それに反応した同馬は僅かに頭を上げて、追い掛ける仕草を見せた。

「行っちゃ駄目、スー君。勝負所はここじゃないよ。まだ、まだ。」

 優しく声を掛けながら、優は両手首を軽く下げてブレーキのサインを送る。すると同馬は抵抗もなく再び完全にハミが抜けた状態に戻って、オーバーペースに付き合うことなく追走を続けた。


(行く気に任せて飛ばしていたこの子がこんなにスピードをコントロール出来るようになるなんて……。成長したね。見違えたよ、スー君。)

 入厩した頃とは別馬のように従順になったストロングソーマの背中で、優は感慨にふけっていた。そんな人馬に対し、今度は後ろに付けていた馬がスピードを上げて、外側にピタリと馬体を併せてまくりにかかって来た。

 外から煽られて自分のペースを乱されると、それに反応してリズムを崩して自滅する逃げ先行馬は少なくない。気性にそうした爆弾を抱えている馬は、その暴発を避けるべく張り出して対抗せざるを得ず、結果早仕掛けを余儀なくされて末が甘くなってしまうケースが良く見られる。

 果たして、このストロングソーマはどうなのか。不測の事態に備えて身構えていた優だったが、同馬はまくりに反応することもなく折り合ってリラックスしたまま、ただ静かに優の支持を待っている。


 この愛馬の走りを受けて、優の顔は大きくほころんだ。初めてストロングソーマという馬を自分の手中に入れることが出来たと思えたからだ。

「さあ行こう、スー君。」

 優が手綱をしごいてゴーサインを送ると、ストロングソーマは前脚の回転数を上げて加速する。瞬発力不足という弱点を抱えるため、仕掛けてすぐに爆発的な伸びを見せることは出来ないものの、そのピッチ走法から加速自体はスムーズだ。相変わらず細かいギアチェンジが出来ない不器用さはあるが、エンジンが臨界に達すると一気にトップスピードに乗り、直線に入ると先行するパートナー2頭を並ぶ間もなく抜き去った。


 結局、優とストロングソーマのコンビは調教パートナーをちぎり捨てて、大差先着してフィニッシュ。あまりの気持ち良さに、引き揚げて来た優の顔は恍惚としてすらいた。

 そして出迎えた太陽に向かって、優は自信に溢れた表情で宣言した。

「先生。まだまだ課題はありますけど、私たちがやって来たことは間違っていないと確信出来ました。今週のレースで、この子にダービーを目指す資格があることを証明して見せます!」

 


 

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