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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
15/222

15 目指す騎手像

 夏競馬に突入してから、ひと月近く経とうとしていた。その前半の福島開催も、今週が最後となる。優は、今日もトレセンで調教に汗を流していた。


 この週末の優の騎乗は、土曜1鞍、日曜2鞍の計3鞍にとどまっていた。その内訳も、師匠の太陽厩舎が2頭、コンスタントに依頼をくれている湯川厩舎が1頭。お得意さま厩舎の幅を広げることが出来ず、完全に頭打ちの状況である。


 加えて、2週前の七夕賞での惨敗が、優の心に深く濃い影を落としていた。チョコレートケーキで結果を積み重ねてやっと掴んだ重賞騎乗のチャンスだったのに、たった一つの失敗騎乗で全て台無しにしてしまった。そんなやりきれなさも手伝って、騎手としての自分の将来を、明るく見通すことが出来なくなっていた優は、周りが心配するほど沈んだオーラを出していた。


 そんな時、太陽が話があると言う。予定されていた馬の調教をつけ終わった優は厩舎に足を運んだ。

「疲れているのに呼び立ててすまんな、優。」

「この後は特に予定もないので大丈夫です。それで、どういったお話でしょうか。」

呼ばれた理由に皆目見当がつかない優は、単刀直入に尋ねた。

「ここんとこ悩んでるみたいだし、そろそろいい時期かと思ってな。これからのお前の、騎手としての在り方について考えるには。」

 優は驚いた。これまで太陽は優の自主性を重視し、直接的なアドバイスを与えることはほとんどなかったからだ。一体何を伝えてくれると言うのだろうか。


「今まで俺は、騎乗に関しては敢えて何も教えて来なかった。それはお前に、考えてレースに乗ることの大切さを学んで欲しかったからだ。

 いい馬にたくさん乗れるような環境なら、何も考えずに馬の力に任せて乗ってれば勝てるだろう。でもそれじゃ、乗り馬の質が落ちれば途端に勝てなくなる。そんな奴は、プッシュされなくなったらあっという間に終わっちまうんだよ。西野さんの所のボンボンを見りゃ分かるだろ。」

 優の同期の新人、栗東・西野幸喜厩舎所属の西野 大地は、名騎手だった父親やそのシンパのバックアップもあり、デビュー直後は順調に勝ち星を重ねて行った。しかし、天狗になった彼は尊大な態度を取るようになり、周囲の関係者の不興を買ってしまったのだ。そうして干され始めた結果、5月までにポンポンと6勝を上げていた大地は、6月以降1つも勝てないでいる。


「最近のお前は、結果はともかく意図が伝わって来る騎乗をしている。スタート技術も新人としては及第点以上をあげられるし、勝負出来る武器を身に着けつつある。次のステップへ進む下地はもう出来ていると思う。」

 太陽は、迷える優に進む道を示すべく、続ける。

「優、お前はどんなジョッキーになりたいんだ?」


「今のところ私は、前に行く馬で粘り込む競馬でしか結果を出せていません。馬を動かす技術を磨いて、逃げ馬から追い込み馬まで、どんなタイプの馬に乗っても勝負出来る騎手を目指したいです。」

「逃げ差し自在の万能騎手か。確かにそれは理想だな。でも、このままでは無理だ。」

「やっぱり…、私には才能がないってことですか?」

 師匠のダメ出しに落胆する優に、太陽が答える。

「まあ聞け。確かにお前には天才的な馬乗りのセンスはないし、どんなに努力しても男に比べて腕力で勝ることは出来ない。馬は力でガシガシ追えば伸びるってもんじゃねえが、乗せてくれる関係者からしたら、女のお前はどうしても追えない印象を持たれちまう。だから、目指すべきはそこじゃない。」


「じゃあ、私はどうすれば…。」

「大事なのは、自分のストロングポイントを理解することだ。力で馬を動かすんじゃなくて、ヘッドワークと技術で勝負すればいい。実際、お前の瞬時の判断力はなかなかのものだと思うが、それを充分に生かせていない。こないだの七夕賞だって、古畑をマークすることにこだわり過ぎて、思考停止したのが失敗だった。もっとマシンハヤブサの様子をちゃんと見ていれば、早めに先頭を奪う作戦に切り替えられたはずだ。」

 太陽は全てを見通していた。優は、師匠が自分をしっかり見てくれていたことに感激した。


「周りをよく見て、臨機応変に対応することを常に心がけるんだ。あとは、基本技術で言えば、馬との折り合い、ペース判断と仕掛けのタイミングか。女のお前は馬への当たりが柔らかいから、引っ掛かる馬でも折り合いやすいはず。折り合いがいいほど当然しまいの脚は残る。そして、ペースに合わせたポジショニングで的確にスパートすれば、腕力はなくても馬は伸びるんだ。

 走るのはお前ではなく馬だから、お前は馬が力を発揮するのを邪魔せずに助けることを第一に考えればいい。そんなジョッキーになれば、おのずと馬は集まり、勝てるようになる。」


 優は、太陽が示してくれた自分のスタイルを築いて行こうと決心した。

「ありがとうございました、先生。分からないことがあったら、また頼っていいですか?」

「任せとけ。俺が教えられることは全部お前に伝えるつもりだから、遠慮なく聞いてくれ。」

 

 太陽のアドバイスは一条の光となって、暗く曇っていた優の心を晴らしてくれたのだった。

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