149 東京スポーツ杯2歳ステークス(2)
クラシックの登竜門、東京スポーツ杯2歳ステークス。今年は絶好の馬場コンディションの下、8頭によって争われる。
絶対的な逃げ馬不在のメンバー構成で、果たしてどの馬がペースを握るのかも注目される中、各馬の枠入りが進んで行く。大外のゴールドプラチナムが入ってさあスタート、というところでアクシデントが発生した。ゲートに収まっていた3番フライアウェイが激しく暴れてゲートの下をくぐり、前扉をこじ開けて飛び出してしまったのだ。
赤旗が振られ、他の7頭は一旦ゲートから出されて待機となった。中田騎手はゲートに取り残されたものの、放馬した馬はすぐに取り押さえられ、馬体検査を受けることに。その結果、外傷による出血などもあり、馬体故障による競争除外の処置が取られた。
この一連のトラブルが、デビューして間もない2歳の若駒に与える影響は大きい。狭いゲートに押し込まれて待たされ、そこから出されてまた待たされるという苦行に、ホワイトブレス、ロハノスティーヴ辺りは大きくテンションが上がってしまう。その他の馬もチャカついたり落ち着きを欠く馬が見られる中で、歴戦の猛者のごとく落ち着き払ったゴールドプラチナムの姿が印象的であった。
仕切り直しから残された7頭が枠入りを終え、ようやくゲートが開いた。イレ込んでしまったホワイトブレスとロハノスティーヴが後手を踏み、ハナを切るかもと予想されていた2頭がスタートを失敗。クラシックを見据えて各馬が手綱を抑える中、レースの主導権を握ったのは意外な馬であった。
他馬の出方を窺っていた5番スルスミがじわっと押し上げ、4番ローリングサンダーのペレイラもそれに続こうかというところで、外から馬なりで上がって行ったのは、何と1番人気のゴールドプラチナム。
急がせる競馬を忌避し、逃げること自体による気性への悪影響をも懸念する考えの強い日本のクラシック戦線において、これは予想外と言うよりも事件ですらある。観衆のざわめきをよそに、陽介とゴールドプラチナムは悠々とマイペースのラップを刻んで行く。
大本命馬が逃げの手を打てば、当然他の6頭はこれをマークする競馬となる。スルスミ、ローリングサンダーがその直後を並走し、1番ワイネルワイバーン、7番エナジーフローが差なく続く。そこから3馬身ほど切れて、出遅れた2番ホワイトブレスと6番ロハノスティーヴという隊列で、レースは進んで行く。
ゴールドプラチナムが自ら引っ張った1000メートルの通過タイムは、1分0秒5。もちろんスローペースではあるが、押し出されて逃げたような展開なら、もっと極端な超スローに落ちてもいいはず。陽介のラップの刻み方に、まるで他の馬が眼中にないかのような、自分一頭だけで走っているかのような違和感を覚えたペレイラは、直線のヨーイドンを待たずに3コーナーから差を詰め始める。その動きにスルスミの田崎とエナジーフローのロベール、ワイネルワイバーンの増岡も同調し、4コーナーで人気上位馬が一団となった。
このゴールドプラチナム包囲網とも言うべき他馬の動きに対し、ずっと持ったままの状態でレースを進めていた陽介の手がようやく動きを見せる。────そこからは、衝撃的な展開が待っていた。
軽く促しただけでスッと後続を突き放したゴールドプラチナムは、直線に入ると実戦では初めて本気で追われた。決して速くはないペースだ。ライバルもトップスピードに乗せて伸びて来ているにも関わらず、一完歩ごとにその差が開いて行くではないか。
瞬く間に他馬を置き去りにしたゴールドプラチナムのフットワークは追えば追うほどに大きくなり、どこまでも伸びて行きそうな圧倒的な勢いを感じさせた。
この重賞の大舞台でメンバーレベルも低いとは到底思えない相手に、陽介は最後の100メートル、手綱を抑えて流す余裕すら見せる圧巻のパフォーマンス。着差が付きにくいスローの上がり勝負でありながら、2着馬との差は実に5馬身。勝ち時計は1分45秒2、上がり3ハロンは32秒7のスーパーレコードを、余裕残しで打ち立てて見せた。
以下、2着にはエナジーフロー、3着ローリングサンダー、4着ワイネルワイバーン、5着スルスミとほぼ順当な結果に終わったが、このレースを見た人の記憶にはゴールドプラチナムの破壊的な強さしか残らないであろうという、まさに独壇場であった。2着のエナジーフローも上がり3ハロン33秒5という高速の末脚を駆使していたにも関わらず、一瞬でも脅かすシーンすら作ることは出来なかったのである。
引き揚げて来たゴールドプラチナムは息一つ乱しておらず、陽介も伊沢厩舎のスタッフも、そしてオーナーの大山も勝って当然という雰囲気で、必要以上に喜ぶ様子は見せなかった。
勝利ジョッキーインタビューで、アナウンサーは陽介に対し、多くの関係者やファンの疑問を代弁するかのように、何故逃げたのか、逃げる必要があったのかを質問した。これに対する陽介の答えは、極めてシンプルなものだった。
「ゴールドプラチナムの馬体はまだまだ成長の余地を残していますが、気性的には既に完成されています。必要以上に抑えて紛れを生むよりは、自分のペースで走らせた方が馬の負担にもならないと思います。この馬は、ポジションに拘るような次元の馬ではありませんよ。」
オーナーの大山も、記者の質問に対し同様の見解を語った。
「ゴールドプラチナムという馬は、自分のペースで走れば32秒台の末脚をたやすく使うことが出来るんだ。馬場の高速化もあって今じゃ33秒台の上がりは当たり前の時代だが、この馬はその先を行く。この歳にして競馬を完全に理解しているかのような賢さで、行く馬がいなければ前に行けばいいし、前が飛ばすなら抑えればいい。まさに次世代型、究極のサラブレッドと言えるだろう。加えて天才・陽介がそれを操っているのだから、彼に任せておけば間違いはない、安心して見ていられるよ。」
このレースを東京競馬場で見ていた優は、ゴールドプラチナムのあまりの強さに言葉を失っていた。前走で愛馬ストロングソーマを子ども扱いしたあのエナジーフローが、なす術もなくちぎられてしまうという現実には、ただただ絶望感しかなかったのだ。
これから先ストロングソーマがどれだけ成長したとしても、あの馬に勝てる可能性があるのだろうか。「競馬に絶対はない」と言われるが、その絶対がゴールドプラチナムにはあるのではないか。そう感じさせるほど、隙のない強さであった。




