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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
140/222

140 アイビーステークス

 アイビーステークスに出走するストロングソーマの本追い切りは、今回も優が騎乗して行われた。

 この馬に関しては、普段の乗り運動や調教は助手の太一が担当し、実戦を想定した併せ馬や最終追い切りの時は騎手である優が跨るというパターンを踏襲していた。それもひとえに、騎手が乗った時は勝たなくてはいけないという実戦の意識を馬に持たせるためである。


 今週の追い切りは、調教パートナーを内外に置いての3頭併せ。意図的に並走状態を続けて、ゴール直前で追って前に出る。その後は首筋を撫でたり優しく叩いたり、好物の角砂糖を多めに与えたりと、先着した結果にインセンティブを与えることで、勝利へのモチベーションを上げる狙いである。

「新馬戦前とは、スー君の反応が少し変わって来たように感じます。馬体を併せて追った時に、すぐにガチっとハミを取っていい反応を見せてくれました。実戦を使った効果があったのか、調教が功を奏したのかは分かりませんが、相手に先着する意味を理解しつつあるのではないでしょうか。」

 元々ストロングソーマは調教駆けする馬である。精神面に課題はあるものの、動きの良さだけならパートナーに引けを取ることはまずない。そんな馬が調教とレースを重ねることで、徐々に自信と闘志を身に付けて来たとすれば、強敵相手でも期待は大きい。優は、土曜日のレースが楽しみになっていた。



第4回東京競馬6日目 第9レース アイビーステークス 

(2歳オープン リステッド 賞金別定 芝1800メートル 良)


1枠1番 ストロングソーマ  牡 55キロ 藤平   


2枠2番 フリーハグ     牝 54キロ 小野


3枠3番 ビターエンド    牡 55キロ 仁村


4枠4番 エナジーフロー   牡 55キロ ロベール


5枠5番 ワイネルバンガード 牡 55キロ 増岡


6枠6番 ヂアミトール    牡 55キロ ジョバンニ


7枠7番 スルスミ      牡 55キロ 田崎 


7枠8番 コズモレジストリ  牡 55キロ 戸村


8枠9番 テグザー      牡 55キロ 神谷


8枠10番 ハートウォーミング 牝 54キロ 平山


 リステッドレースではあるが、前後の2歳重賞に出走馬が流れたこともあり、出走全馬が1勝馬、うち半分が新馬勝ちしたばかりというフレッシュな顔合わせとなった。とは言え、府中の千八という本格派のコースだけに、クラシック志向の中長距離馬からスピードの勝ったマイラータイプまで、なかなかの期待馬が揃った一戦となった。


 1番人気は、GⅠ2勝馬ヴイマックスの全弟エナジーフロー。新馬戦は派手な勝ち方ではなかったものの、メンバーレベルは決して低くはなかったと評価されている。今回は追い切りの時計も前回時より大幅に短縮して自己ベストを記録しており、いよいよ超良血馬の本領発揮かとの期待込みでの人気である。今回は、元々新馬戦で騎乗予定だった兄の主戦、ミッシェル・ロベールが手綱を取る。


 2番人気は、今年のダービー馬の半弟ローリングサンダーを倒して新馬戦を勝ち上がったストロングソーマ。前走は早目先頭から最後詰め寄られたものの、抜け出す時の脚の速さは目を見張るものがあった。距離的にはピッタリの条件だが、今回は高速馬場への適応が鍵となる。鞍上は引き続き藤平 優が務める。


 3番人気は、神谷 陽介が騎乗するテグザー。重賞ウィナーのマシンハヤブサの半弟で、その兄譲りの先行力と軽快なスピードを武器としている。父がサタデーフィーバーに代わって、バランスの取れた栗毛の馬体はいかにも走りそうな雰囲気を漂わせている。他に積極的に行きたい馬がいないメンバー構成で、この馬の作るであろうペースがレースの結果を左右することになる。


 4番人気は、550キロを超える雄大な漆黒の馬体を誇るスルスミ。巨漢馬ゆえにまだビッシリとは仕上げていないが、初戦は素質の違いで勝ち上がった。父ブロンソンズターン譲りの成長力も期待されており、厩舎サイドは無理させずにじっくりと育てて行く方針だ。新馬戦で騎乗した田崎 英太はその背中を絶賛。先々は必ず大きい所を獲れると触れ回るほど、この馬に惚れ込んでいる。ただ現状の完成度は低く、潜在能力に期待か。


「お前のストロングソーマ、調子は悪くなさそうだな。でも前回みたいな粗削りな競馬じゃあ、俺の馬は捕まえられないと思うぞ。あれからどれだけ馬を作って来れたか、お手並み拝見させてもらうぜ。」

 待機所で優に宣戦布告した陽介は、騎乗するテグザーの能力に相当自信を抱いているようだ。阪神マイルの新馬戦では、馬の行く気に任せた逃げで後続を5馬身突き放して快勝している。今回も単騎逃げ濃厚とはいえ決してスローには落とさないだろう。

 そして、この会話で優の肚は決まった。前回同様の後方待機から、どれだけの差し脚を使えるか。ダービーを見据える意味でも、高速馬場で使える脚を測れるいい機会となりそうだ。


 レースは、大方の予想通りテグザーの逃げで始まった。テンの1ハロンを12秒5で入ると、11秒台半ばのラップを淡々と刻んで行く。

 巨体に似合わず機動力のあるスルスミが確保するが、先頭のテグザーとの差は5馬身以上開いている。クラシックを意識する各馬が折り合いに専念するのを尻目に、2歳戦では珍しい大逃げとなった。


 人気のエナジーフローは中団6番手だが、ここでも先頭からは10馬身差。競馬を教える段階のストロングソーマは殿に控えており、先頭からは実に15馬身差。馬群は極端な縦長となった。


 快調に飛ばすテグザーの1000メートル通過は、58秒1。この時期の2歳戦としてはかなりのハイペースの部類に入るが、鞍上の陽介には迷いは見られない。他の馬が付いて来れないスピードで築いたマージンを、高い心肺能力で失速を最小限に抑えることでキープする。“逃げて差す”という最強逃げ馬像と重なるような走りで押し切りを狙うのが、この馬にとってベストな戦法であると、陽介は確信していた。


 ペースが流れていることに加え、500メートルを超す東京競馬場の長い直線に備えて、各馬大きな動きもなく4コーナーまでやって来た。


 テグザーが先頭のまま、最後の直線に飛び込んで来た。番手に付けるスルスミとの差は6馬身といったところか。後続はこの逃げ馬を目標に、一斉に追い出しを開始する。

 この前傾ラップでさすがに若干脚色が鈍って来たテグザーだが、追走に脚を使わされた他馬は思うような脚を使えず、なかなか差が詰まらない。スルスミなどは前に行った分息が入らなかったか、逆にリードを広げられる有様だ。


 そんな中、人気2頭が後方から追い上げて来た。そこからさらに鋭伸して先頭に襲い掛かったのは────1番人気のエナジーフロー。

 新馬戦とは別馬のような切れ味は、兄がカミソリなら弟はナタと言ったところか。並ぶ間もなくテグザーを交わすと、決定的とも言える4馬身の差を付けてそのままゴール板を通過した。良馬場の勝ち時計は1分46秒0と、2歳コースレコードに迫る好タイムをマーク。この馬自身の上がり3ハロンは、レース全体の上がり35秒9を大きく上回る33秒5と、切れに切れた。

 

 一方、エナジーフローに完全において行かれたストロングソーマだが、最後まで諦めずに伸び続け、逃げたテグザーに何とか並び掛けてフィニッシュした。長い写真判定の結果、2着は同着。ストロングソーマの上がり3ハロンは勝ち馬と同じ33秒5を記録したが、かなり後方で脚を溜めたにも関わらず同じ上がりしか使えなかった辺りに、高速馬場での走りの限界を感じる優であった。

 なお、4番人気のスルスミは、この2着争いからさらに10馬身離されての4着ゴール。この時点での力不足を露呈する結果となった。

 

 まさかの完敗を喫したストロングソーマだが、優は明るい材料も見出していた。あの淡白だったスー君が、最後まで前を追い掛けてしっかりと走り抜いたこと。そして引き揚げた後、初めての敗北にプライドを傷つけられたのか悔しそうな態度でイライラしていたこと。

 もしレースを理解したことで勝ちたい気持ちが芽生え、負けたことに悔しさを感じるようになったのなら、今後のレースで能力を発揮して行くための大きなバックボーンとなる。実際のストロングソーマはそんな単純な思考で走ってはいないだろうが、レース内容に大きな前進が見られたのは確かだ。


「次は一緒に勝とうね、スー君。」

 レースの疲れを癒すべく飼い葉を貪るストロングソーマを見ながら、巻き返しを誓う優であった。


 

 


 

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