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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
139/222

139 ガールズトーク

 陽介騎乗のプレシャスガーデンが、人馬ともに初のGⅠ勝利を収めて幕を閉じた秋華賞。その一方で、優が騎乗したロマンシングソーマは、最下位の18着に終わった。

「この軽い芝でも走れるようなら今後の選択肢が広がったんだが、残念だったな。最高の舞台でどこまでやれるか見たかったんだが、実りのない結果に終わって相馬オーナーには申し訳ないことをしてしまった。完全に俺の判断ミスだ。とりあえず現状の芝適性は把握できたし、一旦ダート路線に戻すとしよう。」

 指揮官の太陽も、もしこの高速馬場で善戦出来るようなら芝の牝馬路線に進むことも考えていただけに、落胆は大きかった。こうして優のGⅠ初挑戦は、ほろ苦い結果に終わったのだった。

 なお、ロマンシングソーマの次走は、12月の船橋の交流GⅢ・クイーン賞を予定している。



「万馬券的中おめでとうございます。……って、そのレースで負けた私が言うのも問題ありますかね?」

 週明けの美浦トレセン。秋華賞の予想を見事的中させた冴は、関係者から祝福攻めに合っていた。その流れに乗った優だったが、そのレースで惨敗した自分が言うのは、八百長というわけではないが穿った見方をされはしないかと心配になったのだ。

「あはは、考え過ぎだよ。でも優ちゃんの馬は、あの馬場で結果を出すにはちょっと柔らかさが足りなかったかな。でも紫苑ステークスである程度結果を出したから、もしかして行けるかもと期待する気持ちは分かるよ。走りが硬くても走る馬は走るし、競走馬なんて結局のところ、走ってみないと分からない部分が多いからね。」

 今回の挑戦は失敗に終わったが、決して無駄な一走ではなかった。荒れ馬場なら芝の牝馬重賞でも好戦可能なのは実証済みだし、今後の出走レース決定に際して適性の判断材料が増えたのは決して悪い事ではないのだ。


 すっかり打ち解けた優と冴は、競馬談議に花を咲かせていた。

「秋華賞の2つ前の紫菊賞を勝ったポテンショメータ、オッと思わせる切れを見せたよね。それにしてもやっぱり関西馬の層は厚いね。有力馬が次から次へと出て来るもの。」

 

 紫菊賞は、秋華賞と同じ京都芝2000メートルで行われる2歳1勝クラスのレース。冴が高く評価したポテンショメータは栗東・山本厩舎の管理馬で、その父ジントニックは名種牡馬ブロンソンズターンの直子に当たるダービー馬だ。この系統特有の産駒のばらつきはあるものの、走る馬は大レースに滅法強く、一発の魅力という点ではサタデーフィーバーをも脅かすレベルにある。総じてこの産駒は切れ味鋭い差し脚を武器とする馬が多く、この馬も最後方から上がり3ハロン33秒1の末脚を駆使しての差し切り勝ちであった。

 ちなみにこの馬の次走は11月のGⅢラジオNIKKEI杯京都2歳ステークスというアナウンスがされており、同じコース同じ距離の条件で重賞初制覇を目指す。


「そうそう、優ちゃんのストロングソーマ、今週のアイビーステークスを使うんだよね。調教過程を見てると順調そうだけど、良くなってる?例のエナジーフローも出て来るけど、同僚から聞いた話だと、短期放牧から帰厩したら別馬のように肉付きが良くなってて、沼尾先生もえびす顔だったって。ポン駆けしたお兄さんと違って、使っていって良さが出るタイプなんじゃないかな。初戦のイメージで相手を測ると、痛い目に遭うかも知れないよ。」

 

 優が代打騎乗した新馬戦のエナジーフローは、確かに物足りない内容だった。しかしもし、叩いて良化するあの馬が、設備が充実した大社グループの外厩で休養という名のハードトレーニングをこなして来たんだとしたら、名馬ヴイマックスの全弟という血が黙っていないはず。クラシック級かも知れない相手に、今のストロングソーマがどこまで戦えるのか。優は怖さ以上にワクワク感を味わっていた。


「新馬戦の時も充分乗り込んでましたし、正直ガラッと変わったってことはないですけど、スー君にはゴール板を意識させるように調教してます。先頭でゴールしたら勝ちだという認識と、勝ちたいと思う気持ちを持たせられればいいんですけど。」

 前走後には、ご褒美として好物の角砂糖をたくさん与えており、レースに勝つことで自分もいい目を見ることが出来るという成功体験を味わわせることを目指している。淡白な気性をやる気満々に変えるのは、結局のところ馬の気持ち次第なのだから。


「それにしても陽介君、これまでなかなかGⅠ勝てなかったけど、とうとうやったわね。今や堂々の関東リーディングだけど、箔が付いたっていうか、一皮剥けた感じがする。勝利インタビューでも自信が漲っているのが伝わって来たし、これからバンバン大レースを勝つんじゃないかな。」

 確かにここ最近の陽介は充実一途だ。重賞で人気を背負っても当たり前のように勝つし、逃げ差し自在の騎乗スタイルは優の理想を体現した域にすら達しているように見える。何だか陽介が自分から遠い存在になりつつあるようで、優は置いて行かれる焦りをひそかに感じていた。


「大レースと言えば今週のダイヤモンドダストも2番人気になりそうだし、この高速馬場なら前に行けるこの馬はチャンスが大きそうですよね。もしかしたらGⅠ連勝だってあるかも。」

 秋華賞こそ前崩れの差し決着に終わったものの、長丁場の菊花賞は先行勢が断然有利だ。後ろがどんなに凄い末脚を駆使したとしても、前を行く馬が速い上がりでまとめてしまえば、物理的に届かない。ダービー馬ライトニングボルト、自らが降ろされたザゴリラなどライバルは強力だが、今の陽介なら勝ち切ってしまうのではないか。陽介がスーパースターへの階段を昇ろうとしているのを、ただ傍観することしか出来ない自分に、もどかしさを感じる優であった。


「今日はいろいろと長話に付き合ってくれてありがとう。ワタクシの今週の2歳馬コラムと菊花賞予想特別コラム、時間があったらチェックしといてね。それじゃ。」

 冴と別れた優は、何だか無性に会いたくなって厩舎のストロングソーマを訪ねた。優を見ると顔を腕に擦り付けて甘えて来る仕草は、可愛い限りだ。

 しかし、競走馬はペットなどではない。サラブレッドは人間の都合で走ることを義務付けられた、ある意味悲しい存在なのだ。時には心を鬼にしてでも、力の限り走らせなくては、この世界を生き抜くことなど出来やしない。この甘えん坊を戦う男へと昇華させて行くことが、果たして自分に出来るのだろうか。

 頼りない一本の手綱を通して、自らがこの相棒の運命を握っているという事実に、優は今更ながら大きな責任を感じずにはいられなかった。

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