137 穴記者
「噂通りの強さだったわね、あの馬。」
ゴールドプラチナムの新馬戦の翌週、美浦トレセンで優に声を掛けて来たのは、首都スポーツで2歳馬のコラムを担当している、女記者の冴であった。
「あのスローをぴったりと折り合って、終いは軽く追っただけであっという間に突き抜ける瞬発力と切れ味……。デビュー戦の時点で、競走馬に必要な要素を全て備えているかのような雰囲気でしたね。それも突き抜けて高いレベルで。」
優の口からも、ただただ賞賛の言葉しか出て来なかった。2週前の追い切りを見て、この馬が走ることを確信していた二人には、新馬戦の圧勝などは至極当然の結果であった。
「はぁ~、全くよぉ。見る目がない奴はすぐ騙されるんだよな。あんな糞スローでぴったり折り合うような馬なんて、スロー専用機に決まってるじゃねえか。上のクラスでペースが上がると馬脚を露す典型的なタイプだぜ、ありゃあ。」
そう言って優と冴の会話に冷や水を浴びせて来たのは、専門紙・競馬ナインのベテラン名物穴記者、内藤 虎之介であった。
「あんなのより、前の日のスーパーソニックの方が断然上だよ。競馬の基本はマイル。昔偉い調教師の先生が言ってただろ。テン良し、中良し、終い良し。厳しいマイルの競馬を制する馬こそが、本当の王者なんだよ。まあ、遊び気分でやってるお嬢ちゃんには分からないかも知れないけどさ、ガハハッ。」
スーパーソニックとは、土曜日のGⅢサウジアラビアロイヤルカップを制した、ユアマジェスティ産駒の2歳牡馬である。先行して早い上がりで後続を突き放す横綱競馬は、前が止まらない今の高速馬場とは相性抜群。暮れのGⅠ朝日杯フューチュリティステークスでも期待される一頭だ。
ミーハー受けする爆発的な差し脚の人気馬を、展開や馬場の恩恵を生かした先行馬が封じ込めて穴を開ける、そんな波乱だけを狙い撃ちすることで、時にはとんでもない高配当をゲットする。それが内藤の予想スタイルであった。
「ワタクシ、あのおじさん大嫌いなんですよ。女を馬鹿にしてるし、無理筋の予想で外してばかりなのに、たまに当たるとやたらと偉そうにするから。」
内藤が去った後、冴は憤慨していた。
「確かにあの態度はどうかと思いましたけど、予想家としてはああいう奇をてらったような人も必要なんじゃないですか。筋道立てて合理的な予想をする人ばかりなら、人気馬にズラリと本命印が並ぶだけのつまらない紙面になっちゃうでしょうし。」
「まあそうなんだけどね。多様性ってやつ?でもそんなの、馬を見る目なんてなくても出来る予想でしょ?ワタクシは今はとにかくたくさんの馬を見て、自分の目に絶対の自信を持てるようになりたい。そのためにも、今の企画で来年のダービー馬を的中させたいの。……まあ、あのレースぶりを見せられたら、今じゃゴールドプラチナムで決まりって考えてる人が大半でしょうけど。」
「確かに、ゴールドプラチナムは怪物の類でしょうけど、うちのスー君、ストロングソーマだって捨てたものじゃありませんよ。来年のダービーであの馬と戦えるよう、一緒にレベルアップして行きますから、見てて下さいね。」
相手がどんなに強くても、戦う前から白旗を掲げていては、勝てるはずがない。ファイティングポーズを崩さずに健闘を誓う優であった。
さて今週は、3歳牝馬三冠路線の最終戦、GⅠ秋華賞が行われる。桜花賞馬シロイコイビト、オークス馬ラウンドアバウトを始めとした春の実績馬たちが秋も変わらず中心視されるメンバー構成で、このレースにロマンシングソーマで臨む優にとっては、これが嬉しいGⅠ初騎乗となる。京都の芝内回りの2000メートルというトリッキーな条件で争われるこの一戦、果たして王座防衛か下克上か。
その優に、オーナーの相馬からもプレゼントがあった。土曜日の東京、ダート1400メートルの新馬戦を予定しているソーマスターシップである。
同馬は5月の国内トレーニングセールで相馬に見初められ、2160万円で購入されたサスケハナ産駒の2歳牡馬。自らの目を頼りに少数精鋭の所有スタイルを貫く相馬は、ここまで所有した3頭全てが勝ち上がり、高勝率をマーク。このソーマスターシップも、セールではそこまで目立った時計は出ていなかったものの、馬体の良さに惚れ込み即決買い。鍛えて筋肉が付いて来れば、短めの距離で活躍出来るのではという見立てであったが、入厩してから順調に乗り込んだ結果、水準以上の調教時計をマークするまでに成長していた。
そして迎えたデビュー戦。調教の良さから1番人気に推されたソーマスターシップは、スタートを決めると2番手を追走。直線半ばで抜け出すと、後続の追撃を首差凌いで新馬勝ちを果たした。
「この子は芝もダートも行けそうですけど、スー君とは逆に芝の方がいいかも知れません。手先に軽さがあるし、今日みたいに乾燥して力のいるダートだと若干パワー不足かなって感じも受けました。」
優の進言もあり、同馬の次走は、東京スポーツ杯2歳ステークスの日の1勝クラス芝1400メートル戦に決定した。
優はこれが10月の初勝利で、今年の22勝目。同じ相馬オーナー所有馬での勝利で、翌日のGⅠに向けて弾みを付けた。




