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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
134/222

134 神戸新聞杯

 ゴールドプラチナムの追い切りに美浦トレセンが俄かにざわついた今週、優は日曜日に関西に遠征し、GⅡ神戸新聞杯のザゴリラに騎乗する。


 GⅠ出場資格を得られる通算30勝までマジック1としている優は、当初菊花賞には自厩舎のソーマナンバーワンで挑むことが決まっていた。しかし同馬は先週のセントライト記念で骨折が判明し、休養に入っている。管理する山本調教師の判断でこのレースでも続投となった優としては、ザゴリラで優先出走権を獲得し、菊花賞の夢舞台に導くことで、恩返しと行きたいところである。ましてやその先に自らのクラシック初出場も見えて来るのだから、ここは内容も結果も求められる一戦となる。



第4回阪神競馬7日目 第11レース 神戸新聞杯 

(3歳オープン GⅡ 馬齢 芝2400メートル外回り 良)

※今年の出走馬は全て牡馬56キロ


1枠1番 ワールドエンド   ロベール  4番人気 差し


2枠2番 ケイエムイナビカリ 多田 修二 10番人気 差し


3枠3番 エースインザホール 菅田 満  3番人気 差し


4枠4番 ワイルドカード   福山 明秀 9番人気 差し


5枠5番 ザゴリラ      藤平 優  2番人気 逃げ


6枠6番 ライトニングボルト ジョバンニ 1番人気 追込


7枠7番 フラッシュピストン 屯田 勝男 7番人気 差し


7枠8番 トーソンアクセス  ペレイラ  5番人気 先行


8枠9番 セイショウハナブサ 川越 健一 8番人気 追込


8枠10番 ガノンウィンダム  山田 大河 6番人気 差し



 ダービーに出走した関西馬を中心とした濃いメンバーが集まったため、チャンスは少ないと見たか条件馬の登録は少なく、頭数は10頭と少な目に収まった。

 

 1番人気は当然、今年のダービー馬ライトニングボルト。これまで3着を外していない安定感もさることながら、この阪神芝2400メートルというコースは、差し馬がその末脚を存分に発揮出来るコースレイアウトだ。差し届かずというシーンは考えられず、ライバルのヴイマックスもいなくなったここでは、単勝1.2倍の断然の指示を集めていた。


 2番人気は、この路線の新星ザゴリラ。デビュー以来3連勝でここに挑んで来たが、前走の札幌日刊スポーツ杯での大差逃げ切り勝ちはインパクトが大きく、高い支持を集めている。ここは前に行く馬がほとんどいないメンバー構成で、単騎逃げからの粘り込みが期待される。


 3番人気に推されているのは、エースインザホール。昨年の京都2歳ステークスを制し、今年の共同通信杯でも2着に入った実力馬だ。骨膜炎を発症し長く休養していたが、菅田が絶賛した素質の持ち主であり、プラス20キロの馬体重も太目感はなく、確かな成長を感じさせる。まくりから長くいい脚を使うタイプで、名手がどこで仕掛けるかに注目である。


 以下4番人気はダービー5着のワールドエンド、5番人気は同じくダービー8着のトーセンアクセス。後者は、香港から短期免許で来日中のブラジル人騎手ペレイラが手綱を取る。勝ち星を量産している同騎手のマジックが炸裂すれば、上位進出の可能性も充分だろう。


「今回は楽に行けると思うけど、次は3000の長丁場やからな。もし意表を突いて主張して来る馬がおったら、無理に競らんと行かしてもええで。3勝しとるから賞金は多分大丈夫やしな。」

 山本調教師からの指示に、優もうなずいて同意した。とは言え、ここで結果が振るわなければ、本番で優が乗ることも無くなってしまうであろう。無理をさせずに結果も残すという、なかなか困難なミッションが彼女に課せられることとなった。


 レースは、スタンド前からの発走。予想通りザゴリラが飛び出して始まった。人気のライトニングボルトは、ゲートをポコッと出ていつも通りの後方待機。

 と、ここで外からトーソンアクセスが気合いを付けて、ハナを奪わんと追って来る。さすがはペレイラ、他に前に行く馬がザゴリラしかいないのを見越して、自分でペースを作りに来たのだ。


 優としては、このレースを勝ちに行くなら当然逃げがベストだとは思っていた。しかしこのペレイラの仕掛けに張り合ってはペースが上がるのは必至。次の本番での折り合い面への悪影響を残すことだけは避けたい優は、手綱を抑えたままこれを行かせて、番手をキープした。もちろん一若手ジョッキーに過ぎない優には、山本の意向に背いてまでハナにこだわる選択肢も取り難いものではあったが。


 目論見通りレースの主導権を握ったトーソンアクセスのペレイラは、定石通りにペースをガクンと落として息を入れる。ただそれは優も織り込み済みで、ザゴリラをジワリと先行させてその直後に張り付き、楽をさせじとマークする。


 3番手以下はワールドエンド、ガノンウインダム、ワイルドカード、ケイエムイナビカリがほぼ一団。少し間を開けてケイエムイナビカリ、エースインザホール。差なくフラッシュピストン、セイショウハナブサと続いて、定位置の最後方にライトニングボルトという隊列だ。


 最初の1000メートルの通過タイムは、1分3秒2。超スローペースだけあって全馬差がなく、馬群は団子に近い形である。ペレイラとしては極端な上がり勝負に持ち込むことで前に付ける利を生かして、残り目を期待しているのであろう。このままの位置で進めれば、優のザゴリラも上位でのフィニッシュが期待出来る。

 でもそれでは、桁違いの破壊力を誇るライトニングボルトの末脚に飲み込まれてしまうのが、目に見えている。優自身はこのダービー馬と戦うのは初めてであるが、あれだけ強いダイヤモンドダストと勝ち負けしているこの馬の切れ味が、こんな温いペースで封じ切れるはずがないと確信していた。


 優とザゴリラは、1000メートルを通過してすぐ、向こう正面半ばで早くもペースを上げて、トーソンアクセスを交わしに掛かった。大本命馬の末脚を以てしても物理的に届かないようなセーフティリードを保って、最後の直線に入りたい。優はあくまでも1着を狙っていた。


 予定調和を崩されたペレイラだったが、そうはさせじと内から応戦。コーナーワークでザゴリラの張り出しを図る。しかし、北海道でも見せたザゴリラの卓越したスピードは、その一枚上を行っていた。3コーナー手前でトーソンアクセスを抜き去ると素早く内ラチ沿いを確保し、後続を一気に突き放しに掛かる。


 先行してスピードを生かす本来の形に上手く持ち込んだ優とザゴリラのコンビは、先頭で4コーナーを回る。ところがここで誤算だったのは、優の動きを読んでいた菅田のエースインザホールが、同じタイミングでまくり上げて追って来ていたこと。

 ライトニングボルトに対しては8馬身差と決定的なリードを保って直線に入ったザゴリラだが、その2馬身差までエースインザホールが迫っていた。


 同じコースで走った新馬戦では、中団待機からヨーイドンの瞬発力勝負だったため、余力充分に突き放すことが出来た。しかし、先行して直線で食らいつかれる形でのレース経験は、これまでのザゴリラにはなかった。こんなに早く菅田が迫って来るのは、優にとっては完全に想定外であった。


 それでも優の右鞭に応えて、ザゴリラはもう一伸びを見せる。追う者の強みがあるとは言え、ザゴリラの仕掛けに付き合ったエースインザホールとて、相当なロングスパートを強いられている。菅田が必死に追うも、なかなか追い付くことが出来ない。


 やったかと思った優だが、阪神競馬場の最後の直線はそう甘くはない。緩やかな下り坂が続いて、最後の200メートルからは上りの急坂が待ち受けている。レースのラップもこのラスト1ハロンで落ち込むことが多く、それはこのレースのザゴリラも例外ではなかった。


 上り坂に差し掛かり、2頭の差が一気に縮まる。押し切るか、交わすか、勝負はこの2頭に絞られた────と思われたところで、大外から桁違いの末脚で飛んできたのは、やはりこの馬。ダービー馬ライトニングボルトが、いつものように絶望的な位置取りから末脚を爆発させた。


 叩き合う2頭を嘲笑うように、ゴール前残り30メートルで先頭に立ったライトニングボルトが、世代の頂点の力を見せ付けて1着。フィニッシュタイムは2分25秒2、ラスト3ハロンはレースの上がり35秒6を大きく上回る33秒8の末脚を駆使しての貫禄勝ちであった。


 その1馬身後方、もつれた2着争いはハナ差でエースインザホールが競り勝ち、実績馬が復活の狼煙を上げた。優のザゴリラは惜しくも3着に敗退したが、強敵相手に及第点と言える内容。圧倒的に先行馬が有利な高速馬場の京都で争われる本番の長丁場では、さらなる前進が期待出来る結果であった。



 しかしレース後、ザゴリラは優ではなくロベール鞍上で本番の菊花賞に臨むことが発表された。大レースでのシビアな騎手起用を貫く現在の大社ファームのスタンスを、改めて知らしめる非情な鞍上交代であった。


 


 



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