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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
133/222

133 新時代の旗手

 今年の大社ファームの一番馬にして、歴史的名馬への期待すら懸かるゴールドプラチナム。美浦のトップステーブルである伊沢厩舎に預託されるのは当然の成り行きだとしても、その所属騎手とはいえ、何故陽介が鞍上に指名されたのか。それを紐解くには、少し時を遡らなければならない。


 

 7月上旬のある日。陽介は、大社ファームの総帥・大山 一郎に誘われて、デビューを控えた2歳馬たちの背中を味わっていた。

 

 上位騎手の多くは、懇意にしている牧場サイドや厩舎に営業を掛けて、その眼鏡にかなった若駒に“ツバを付ける”、すなわちデビュー時の騎乗予約を取り付けるのが普通である。しかし、大社ファームほどの大牧場になると、そのチャンスを与えられるのは、ほんの一握りのトップクラスの騎手だけである。ましてや大山の方から声を掛けるなど、そうそうあるものではない。

 そうした格から見ると、陽介には充分その資格があった。この時点での今年の陽介の勝ち星は、実に68。関東リーディングでは常連の田崎の72勝に次ぐ、2位に付けていた。


「陽介、お前に見せたい馬がいるんだ。ちょっと坂路に来てくれ。」

 大山に連れられて、大社ファームが誇る全天候型の坂路にやって来た陽介を待っていたのは、1頭の牡馬。尾花栗毛に額の星がよく映える、芸術的なまでに美しい馬だった。

「こいつに乗って、坂路をひとっ走りして来てくれないか。その後で、是非感想を聞かせて欲しい。」

 意味深な大山の台詞に、若干訝し気な陽介だったが、言われた通りにその馬を導いて、坂路を駆け上がって行った。


 戻って来た陽介は、珍しく興奮していた。

「凄い……。それしか言葉が出ない。今までたくさんの素晴らしい馬に乗せてもらってましたが、こんなとんでもない馬に跨ったのは初めてです。」

 陽介の讃辞に、大山は素直に喜んで何度もうなずいた後、こう告げた。

「実はな陽介、この馬はお前の師匠の伊沢さんの所に入る予定でな。俺としては、是非お前に乗ってもらいたいと思ってるんだ。」 

 

 それはまさに、晴天の霹靂。騎手としてこれほどの馬に巡り合えることは、もう二度とないかも知れない。それほどのビッグチャンスを与えられることに、陽介の心は踊った。しかしすぐに冷静さを取り戻し、ふと抱いた疑問をぶつけた。

「でも、何で俺なんですか?今までの大社さんだったら、これほどの馬は迷わずロベールさんやジョバンニさんに依頼していたと思うんですけど……。」

 その質問に対する日本競馬のトップリーダーの返答は、少々衝撃的なものであった。

「彼らももう若くない。それにこれまで凱旋門賞を始め多くの海外レースに乗ってもらったが、無礼を承知で言えば、期待ほどの結果は残せていない。そもそも競馬の世界においては中心とは言い難い辺境の日本に、バリバリのワールドクラスのトップジョッキーが来てくれるはずもない。彼らにとってヨーロッパやアメリカで得られる栄誉は、こちらとは比べ物にならないだろうしな。」


 そして、大山の熱弁はいよいよ核心に迫る。

「だからこそ私はこの日本に、世界の大舞台に出ても引けを取らないスーパージョッキーを生み出したいのだよ。伸びしろの大きな若い騎手で、高い技術とセンスを誇り、大きなレースでも物怖じしないハートの持ち主。陽介、そんなお前なら日本人騎手の未踏の域まで達することが出来ると、私は信じている。」


 陽介をワールドクラスの騎手に育て上げる、そのバックアップをしたいという大山の野望のスタートラインこそが、このスーパーホースとのコンビ結成であったのだ。

「ただしこれほどの馬に、外国人騎手や他の日本人騎手ではなくてお前を乗せるためには、周囲に対しても納得させられるだけの説得力が欲しい。そこで陽介、お前にはこの夏競馬で関東リーディングの田崎を抜き去り、トップの座に就いて欲しい。関東、日本人の頂点に君臨する騎手なら、スペシャルな馬に騎乗するのに相応しいと誰もが認めるだろう。」


 夏競馬の間に田崎を超える。それが大山が出した、ゴールドプラチナムとコンビを組む条件であった。

 その期待に応えるかのように、キャリアを積むごとに冴えわたって行く陽介の手綱捌きは、まさに充実一途。途中で優が引き起こした落馬負傷による戦線離脱があったにも関わらず、勝ち星を量産した陽介の勝利数は、夏競馬が終了した9月頭の時点で92。田崎の90勝を上回り、見事に条件をクリアして見せた。


「実はゴールドプラチナムには、重賞の札幌2歳ステークスでデビューさせるプランもあったんだ。日本競馬史上初のデビュー戦重賞勝利も、この馬なら充分可能だったと思う。まあもう少しだけ乗り込んでおきたかったのもあるが、本音を言うとお前といい形でコンビを組ませたくて、入厩を秋まで引っ張ったんだ。この馬と一緒に歴史を作ってくれよ、陽介。」

 美浦トレセンを訪れた大山の激励は、相変わらず熱いものであった。大山の希望と陽介の野心を乗せたゴールドプラチナムのデビュー戦は、10月上旬のGⅡ毎日王冠が行われる日、東京競馬場の芝2000メートルの新馬戦に決定した。

 

 

 

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