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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
131/222

131 セントライト記念(2)

 先週の雨の影響でやや荒れてはいるものの、まずまずのコンディションを保っている中山の芝コース。今年のセントライト記念は、良馬場の芝2200メートルに16頭が集まって争われる。このレースの上位3頭までに、来月の菊花賞の優先出走権が与えられる。


 注目はスタート。行きたい馬が多いメンバー構成で、一体どの馬がハナを切るのか、そしてどんなペースで引っ張って行くのか。戦前の予想が難しいだけに、ゲートを出てからの各騎手の対応力が問われることになる。

 全馬枠入りを終え、ゲートが開く。一斉に飛び出した16頭の中でも、最低人気の11番イッテヨシがロケットスタートを切った。波乱を起こすには逃げるしか道がないと踏んだ鞍上の田仲が、捨て身のスタートダッシュを敢行する。


 他の逃げ馬に目を遣ると、ハナにはこだわらない2番ダイヤモンドダスト、14番ワカシマヅが控えて静観の構えを見せる中、9番ホウヨクテンショウと16番ブラックジョーカーの2頭は、行ってはならぬとばかりにイッテヨシを追い掛けて行く。

 ブラックジョーカーは、春に結果が出なかった屯田を降板させて、今回から棚田との新コンビ。気分良く逃げるとしぶとい同馬の持ち味を生かすべく、逃げ巧者ぶりを評価されて乗り役に指名された棚田は、行く気満々だ。

 一方、もう一頭のホウヨクテンショウは、折り合いもつくし番手以下でも問題ないタイプ。それでもコンビを組む雅は、あくまで逃げにこだわる。仮に控えたところで、瞬発力も備えているダイヤモンドダストに近いポジションで進めては、太刀打ち出来るはずもない。ラジオNIKKEI賞でソーマナンバーワンの追撃を封じたように、ライバルより前に付けて粘り強さを発揮させるのが唯一の勝ち筋だと、腹を括っていた。


 先行力の違いでイッテヨシを抜き去ったこの2頭が、先頭を巡って激しくやり合う。どちらも譲る気配を見せずに追い続けた結果、後続を10馬身以上引き離す大逃げの形になってしまった。最後はGⅠ戦線を戦い抜いて来た格上のブラックジョーカーが、スピードの違いを見せて行き切った。


 この争いから大きく離れた馬群は、控えたイッテヨシ、ダイヤモンドダスト、ワカシマヅの3頭からさらに2馬身ほど開いて、12番ワイネルシュトルム、4番ウィスパーワード、13番シゲオポテンヒット、8番コズモホシマルと続く。

 さらに1馬身開いた中団に5番フェノバルビタール、10番ホークコマンダー、6番ポークジンジャーの3頭が、ほぼ横並び。

 そこから3馬身離れた後方集団は、3番イシノウェイパー、7番デビルプロポーズ、15番ソーマナンバーワン、1番ラッキーストライクが縦に並んでいる。


 先頭から最後方まで、およそ20馬身ほど。縦長の馬群を引っ張るブラックジョーカーの1000メートル通過タイムは、何と57秒5!スプリント戦並みのオーバーペースだ。

 このままでは最後歩いてしまうのは明白。定石通り息を入れようと減速したブラックジョーカーを、1馬身差で追走していたホウヨクテンショウが抜き去って行く。攻めの姿勢を崩さない雅は、ここでようやくレースの主導権を握ることが出来た。


 ブラックジョーカーを目標にレースを進めていたダイヤモンドダストの陽介は、ダービーと同様、前がラップを落とした分だけ差を詰めるソツのない運びで、徐々に差を詰めて行く。

 そのブラックジョーカーの前方にはもう一頭、雅のホウヨクテンショウがいるのだが、陽介はそれをガン無視していた。重賞を勝った自身のパートナーにイレ込んでいる雅と違い、彼はその力量を冷静に分析し、別定戦でこれだけ飛ばして残れるだけの底力はないと判断していたのだ。

 前でマークするのはブラックジョーカーただ一頭。自分が的確なペースで走って前を掃除してしまえば、愛馬の能力なら後ろから差されることはない。この強力メンバー相手でも自信満々の陽介であった。


 大本命ダイヤモンドダストは、3コーナー手前の時点で早くもブラックジョーカーに並び掛けた。棚田が息を入れていたとはいえ、前半をダービーよりはるかに厳しいペースで入った分、同馬に抵抗できるだけの余力は残されてはいなかった。あっさりとこれを交わしたダイヤモンドダストは、そのまま逃げるホウヨクテンショウに襲い掛かる。


 前残り傾向が強い昨今の中央競馬においては、何はともあれ前に付けることを是とする風潮だが、それも本当の実力の裏付けなしでは、どこかで恵まれることを期待する弱者の戦術に他ならない。斤量の恩恵も展開の助けもないホウヨクテンショウの逃げに、奇跡を起こすまでの力はなかった。ダイヤモンドダストはこれを並ぶ間もなく交わし去り、絶望する雅を置き去りにして行った。


 4コーナーで堂々先頭に躍り出たダイヤモンドダストは、ダービーの鬱憤を吐き出すように、スピードに乗って310メートルの短い直線に入って来た。ハイペースを追い掛けたにも関わらず、痺れるような抜群の手応えだ。


 これに対し、前半息を潜めていた後方待機組は、全馬がダイヤモンドダストを見ながら進めていた。同馬が早めに進出して行くのを見て、フェノバルビタールとデビルプロポーズが併せ馬で上がって行く。優はこのペースなら最後は本命馬の脚も上がると判断して、ワンテンポ遅れてソーマナンバーワンを追い出す。春からのライバルでもあるラッキーストライクが、それに合わせて仕掛ける。


 大きくばらけた後方の馬群を尻目に、ダイヤモンドダストは大きなリードを保ったまま残り200メートルを通過する。さすがに脚色は鈍ったものの、このペースで行って12秒前後のラップで終盤をまとめられては、後続は苦しい。


 何とか追い付こうと必死の差し勢からは、早めに動いた田崎のフェノバルビタールが抜け出す。これに迫って来たのが、ソーマナンバーワンとラッキーストライクの追い込み2騎。

 追い比べでラッキーストライクを振り切ったソーマナンバーワンが、フェノバルビタールの外から馬体を併せに掛かる。


 ところがここでアクシデント発生か、優は突然追うのを止めてしまい、ソーマナンバーワンは失速。残り100メートルで再び単走状態になったフェノバルビタールを、カニダンスに導かれたラッキーストライクが豪快に交わし去った。


 しかしその時先頭のダイヤモンドダストは、既にゴール寸前。ハイペースの大逃げ馬を自分で動いて潰した後、後続を突き放してそのまま押し切った内容は、強いの一言。2分11秒6の勝ちタイムと自身の上がり3ハロン35秒8は、少し時計の掛かる馬場を考えると極めて優秀。ひと夏を越しての充実を印象付ける快勝であった。


 4馬身離された2着に、追い込んだラッキーストライク。3着フェノバルビタールから3馬身離された4番手に終わったソーマナンバーワンは、入線後に優が下馬。

「最後の直線、左前の運びに違和感があったので、無理をさせませんでした。無事だといいんですが……。」

 駆け付けた綾が確認したところ、歩様が乱れており少し左前脚を痛がる仕草も見せていた。馬運車に乗せられてターフを後にした同馬は、その後の診断で軽い剥離骨折が発覚。休養を余儀なくされることとなった。

「荒れた馬場に脚を取られたのかも知れないな。状態は良かっただけに、菊花賞を断念せざるを得ないのは残念だ。」

 管理する太陽も無念を隠せない。厩舎のエースが、予期せぬ故障で戦列を離れることとなった。

 

 中山の荒れた馬場に救われた弟のストロングソーマと、足元を掬われた兄のソーマナンバーワン。この三日間開催は、兄弟の明暗がくっきりと分かれる結果となった。

 

 



 

 

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