13 七夕賞(1)
七夕賞当日、福島はあいにくの雨だった。
前日の夜から降り出した雨は、一向に止む気配がない。芝コースは稍重、ダートコースは重の馬場状態で、この日のレースは始まった。天気予報によると一日中降り続くとのことで、更なる馬場の悪化が予想されている。
この日の優の騎乗は、計3鞍。師匠の太陽が用意してくれた1頭と、七夕賞のジェットマンに加え、湯川厩舎からのセット依頼のもう1頭である。
最初の騎乗は、七夕賞と同じ芝2000で行われる、3歳未勝利戦。16頭中10番人気、湯川厩舎のマツケンフィーバーに騎乗した優だったが、道中中団につけるも伸びず、13着に敗れた。
次の騎乗は、ダート1700メートルの3歳未勝利戦。雨は勢いを増し、馬場状態は不良にまで悪化していた。優が騎乗するのは、15頭中4番人気、自厩舎のフレイムセイヴァー。
「ちょっとゲートの出が悪いところがある馬だから、スタートに気を付けて。」
「この仔、砂をかぶるのをすごく嫌がるから、揉まれない位置で競馬してね。」
担当の調教助手・太一と厩務員・綾からの注意を頭に入れて、レースに向かう。
そしてゲートが開くと、フレイムセイヴァーはロケットスタートを切ってすんなり先頭を奪う。
実は師匠の太陽は、これまで意図的に逃げ・先行馬を多く優に回していた。スタートを決めるのは、レースを組み立てる中でも最も重要な要素の一つ。スタートの比重が高い馬にたくさん乗せることで、優先的に技術を磨かせていたのだ。その経験が物を言って、優のスタート技術は、自分でも知らぬ間に、デビュー当時と比べると飛躍的に向上していた。
こうしてすんなりハナを奪ったフレイムセイヴァーは、軽快に飛ばして行く。雨で脚抜きの良くなったダートコースは、スピードが生きる速い馬場となり、前は簡単には止まらない。
他馬を引き離して逃げるフレイムセイヴァーは、直線に入って更に引き離す。最後は差を詰められるも、後続に3馬身差をつけて完勝した。
勝ちタイムは1分47秒9。優は通算2勝目、太陽厩舎の馬では初勝利である。
「上手く乗ったな。言うことなしだった。おめでとう、優。」
どちらかと言えば放任主義でいつも厳しい太陽も、このレースばかりは手放しで祝福する。
雨が降りしきるウイナーズサークル。初めて師匠に認められた、そしてほんの少しばかりでも恩返し出来たことが嬉しくて、優は思わず大泣きしてしまった。
そして、メインレースの七夕賞の時間がやって来た。降り続く雨で、芝コースの馬場状態も不良となっていた。
七夕賞は、3歳以上で争われるハンデ戦。ハンデ戦とは、全出走馬にチャンスを与えるため、ハンデキャッパーが各馬に個別の斤量を課して行われるレースである。すなわち、実績のある馬や能力が高いと思われる馬には重い斤量を、実績のない馬や能力が足りないと思われる馬には軽い斤量を、ハンデとして課すのである。
このレースの1番人気は、2枠4番、ローカルの帝王・古畑が騎乗するマシンハヤブサで、ハンデは55キロ。今年に入って本格化して現在3連勝中の4歳牡馬で、小回り向きのスピードと先行力が武器だ。ただ、軽い走りをする馬で、この不良馬場はマイナスと見られたか、単勝オッズは4.1倍。決して抜けた人気ではなかった。
対して優が乗るのは、大外8枠16番の5歳牡馬ジェットマン。単勝40倍を超える人気薄で、ハンデは50キロ。ここでは敷居が高いと見られているようだが、ダートで勝ったこともあるパワータイプであり、この馬場と軽ハンデを生かせば善戦も可能ではないかと、優は期待していた。どこからでも競馬が出来る自在タイプの脚質の馬であり、レース中の位置取りは優に一任されている。
他にもハンデ戦らしく、多くの馬にチャンスがありそうなメンバー構成で、みんな虎視眈々と重賞勝利を狙っていた。
「おう、藤平のお嬢じゃねえか。新人のくせにこんなに早く重賞に乗せてもらえるたぁ、ずいぶん恵まれてんな。ここは俺がハナを切るから、邪魔すんなよ。」
発走直前の輪乗りの最中、以前の逃げ争いを意識したのか、古畑が牽制して来る。
「スタート次第では、行くかも知れませんよ。こっちは大外ですし。」
「言うようになったな、お嬢よお。まあ周りの邪魔をしないようにしっかり乗れや。」
他愛のないやり取りだったが、古畑の目は笑っていない。やはり重賞ともなると、気合いの入り方が違うと感じた。
やがて発走時刻となり、福島競馬場の重賞ファンファーレが鳴り響いた。




