129 結果オーライ
想定していた以上のスピードを発揮したために、ワンテンポ早いタイミングでまくり切る形になってしまったストロングソーマ。早仕掛けに加えて追い切りで露呈した根性の無さが仇となり、1番人気のローリングサンダーの激しい追い上げに晒されることとなる。ゴールまで残り50メートル、築き上げたリードはもはや風前の灯火となっていた。
初の実戦で鞭を多用しすぎると、レースを嫌いになってしまうかも知れないという葛藤の中、優は今後の成長のことも考えて決断。全力で走れという意志を乗せた右鞭を、2発放った。
接戦のゴール前に、スタンドから歓声が上がる。先頭でゴール板を駆け抜けたのは、意外にもゼッケン4番。優の鞭に何故か?反応したストロングソーマが一瞬だけ使った二の足で、ローリングサンダーの追撃を頭差凌ぎ切ったのだ。
スローの展開もあり、良馬場の勝ち時計1分50秒7、上がり3ハロン34秒5とも特筆すべきタイムではないものの、スピードが乗った3~4コーナーにかけての1ハロンは推定10秒5。非凡なスピードの持ち主であることを実証して見せた。
「お疲れ様、優ちゃん、スー君。もしかしたらスー君は実戦向きなんじゃない?あそこからもう一伸びするなんて、凄い根性がないと無理な芸当でしょう。」
出迎えた綾は人馬をねぎらいながら、ゴール前で踏みとどまった愛馬の頑張りを喜んだ。しかし優は、苦笑いを浮かべてそれを否定した。
「違いますよ、綾さん。スー君は根性を出したんじゃありません。レースを終えたつもりでいたのに、急に鞭で打たれたから、びっくりして反応しただけですよ。その証拠に、ほら。」
引き揚げて来たストロングソーマは耳を立てており、尻尾を左右にブンブンと振っている。明らかに不機嫌そうだ。
「何であんなところで叩くんだって、怒ってるんですよ、きっと。」
「まあ、そんなところだろう。稽古でもやらないことを実戦でいきなりやってくれたら世話ないしな。」
太陽も、優の感想に同意見のようである。
「前半楽に走らせたからか、調教のイメージと違って一気にトップスピードまで行ってしまったな。小器用なギアチェンジが出来るタイプじゃなさそうだから、脚の使い方が難しいぞ。とにかく実戦を使って行く中で、ベストな仕掛けのタイミングを模索して行くしかないだろう。」
「……今日は、競馬を教えるという観点では完全に失敗の騎乗でした。勝てたのは、有力馬がみんな先を見据えて、初戦から競馬の形を崩すような乗り方をして来なかったから。横綱相撲でがっぷり四つに組もうとして来た相手に、けたぐりの奇襲で勝ちを掠め取ったようで、少し申し訳ない気すらします。」
実際、2着のローリングサンダー以下、ワイネルクラウザー、アラマイヤクォーク、ダイナマイトキッド、ジェットコースターと、綺麗な人気順でそれほど差なく入線した並びは、各馬ともスローペースに対応させる競馬の練習をしていたかのようであった。
「まあ確かに、単純な先行でも差しでもない、変則的なレースをさせてしまったのは心配だな。自分に合ったポジションを取って、最後に脚を使うというレースの流れを経験させたかったのは確かだし。」
太陽も、初戦として決して好ましい内容でなかったことは認めつつも、前向きに捉える。
「でも、前半リラックスして走れていたのと、形だけでも最後にもうひと脚使う形で勝てた点は、大きな収穫と言っていいんじゃないか?今回はとにかく褒めて、ご褒美にスペシャルな飼い葉もプレゼントしてやろう。勝ちレースを成功体験として印象付けることで、一番にゴールすることの意味を理解し自ら求めるようになってくれることを期待しよう。ダービー馬の弟を出し抜けるだけのスピードも披露したし、このメンバー相手に勝ちを拾えたんだから、結果オーライでまずは良しとしよう。今後のローテーションも組みやすくなったからな。」
確かに、この新馬戦の勝利は大きな意義があった。まだまだ教えることが山積みのストロングソーマにとっては、勝っても負けても実戦が大きな学習の場となる。クラシック本番までの限られた時間の中を考えると、ここで勝ったことは、よりレベルの高いレースを負けられる猶予が増えたことを意味するからだ。
「いやあ、直線はどうなることかと思いましたが、勝てて良かった。お兄ちゃんが出られなかったダービー出走に向けて、好発進出来ましたね。」
現地で観戦していた相馬オーナーも、薄氷を踏む勝利にほっと胸を撫で下ろしつつ、大社ファームの良血馬を押さえての新馬勝ちに満足していた。相馬の期待通りに日本ダービーの大舞台に駒を進められるかどうか、優と神谷厩舎の腕が試される8か月が今、スタートした。
なお、ストロングソーマの次走は、10月のアイビーステークスに決定。菊花賞の前日の東京で行われるこのオープンレースには、優が新馬戦で代打騎乗したエナジーフローが、鞍上ロベールで出走を予定している。「男子三日会わざれば刮目して見よ」という諺もあるが、果たして────




