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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
126/222

126 欠けているもの

 9月も半ばに差し掛かり、今週は月曜日の敬老の日も含めた3日間開催。日曜日の新馬戦ではついにストロングソーマがデビューし、月曜日のGⅡセントライト記念にはその兄のソーマナンバーワンが出走する。

 

 ストロングソーマが目標としている新馬戦は、中山芝1800メートル。スピードだけでは押し切るのが困難なこの中距離でのレースは、距離を延ばしながら戦って行くクラシック戦線の入り口としてはちょうどいい舞台設定と言える。もちろん同馬以外にも来春のクラシックを目指す期待馬が出走を予定しており、一筋縄では行かない厳しい戦いとなることが予想される。


 菊花賞トライアルのセントライト記念は、皐月賞2着、ダービー3着のダイヤモンドダストが、大本命としてドンと構えている。ヴイマックスがターフを去った今、関東の3歳馬の総大将として期待を一身に背負うことになった同馬。休養明けの初戦をクリアし、本番の菊花賞に向けて好スタートを切りたいところである。

 さらにこのレースには、ラジオNIKKEI賞でソーマナンバーワンを破ったホウヨクテンショウも登録している。3000メートル向きとは言えないこの馬にとっては、仮に菊花賞に出ても好走は期待薄である。陣営もそれを理解しており、GⅡのここに全力投球の構えである。

 

 この3頭が集うことで、優、陽介、雅の3人が初めて重賞レースで一堂に会することとなる。いずれも重賞ウィナーとなったパートナーとともに、覇を競うのだ。

 これから古馬と戦って行くことになる3歳馬にとっては、ひと夏を越えての成長力も問われる一戦となる。ずっとレースを使って来たソーマナンバーワン、ホウヨクテンショウと、夏を牧場で過ごして休養と馬体の充実を促したダイヤモンドダスト。果たして今一番強くなっているのはどの馬であろうか。


 

 週中の水曜日。週末の新馬戦に向けて、ストロングソーマの最終追い切りが始まろうとしていた。

 太陽のオーダーは、併せ馬一杯。

「予定通り併せ馬で追い切るぞ。ストロングソーマは優、ソーマナンバーワンは太一。直線でストロングソーマを3馬身先行させる形から、ビッシリ追ってくれ。」

 

 ストロングソーマは、とにかく稽古駆けする馬である。元々ダート寄りの走りでパワーに富むとはいえ、調教だけなら古馬にも引けを取らないほど抜群に動いて見せた。

 並の馬では併せるのも一苦労の中、同じ厩舎にソーマナンバーワンという実力馬がいるのは幸運であった。走る馬を相手に厳しいトレーニングを課すことで、お互いの力を底上げすることも期待出来る。一石二鳥の豪華な兄弟併せ馬に向けて、2頭は角馬場からウッドチップコースに駆け出して行った。


 指示通りに先行したストロングソーマを追って、ソーマナンバーワンが直線に入る。

 鞍上の太一の手の動きが徐々に激しさを増し、スピードに乗って来たソーマナンバーワンは一気に前との差を詰めて来た。

 さすがに充実一途の重賞馬。残り200では完全に馬体が合って、実戦想定としては最高の形での併せ馬がスタートした。

「ここからだよ、スー君。根性の見せ所!」

 手綱から伝わるストロングソーマの手応えは、まだまだ十分な余力を感じさせる。格上の兄相手にどれだけ食い下がれるか、期待を込めた優の右鞭が唸る。


「あれっ?」

 優も、太一も、そして調教を見守っていた太陽でさえも、拍子抜けする結果が待っていた。馬体を併せてからわずか数完歩で、ソーマナンバーワンはあっさりと突き抜けてしまった。優の叱咤激励に応えることもなく、ストロングソーマは無抵抗のまま突き放されて、併せ馬は不完全燃焼に終わった。


 普段から調教で動いているストロングソーマに注目して、同馬の追い切りを眺めていた他厩舎の関係者たちも、案外な走りに興醒めして次々とモニターから離れて行く。

「どうしたんだ、優。まさか故障か?」

 あまりの不甲斐なさを心配した太陽が、引き揚げて来た優に駆け寄る。下馬した優の表情も冴えない。師匠の質問に首を振って否定した優は、重い口を開いた。


「スー君には、競走馬として致命的な欠点があります。……ファイトしないんです、この子。」

 ストロングソーマは、素直で穏やかな気性だ。すぐ甘えて来るほどの人懐っこい性格で、従順。牧場時代から一度も人を困らせたことがないほどの優等生だったという。

「私も、大人しいのは競走馬として扱いやすい、長所だと思っていました。でもそうじゃなかった。この子は、相手を打ち倒すことがレースの勝利に繋がるということを分かっていない。ただ走れと言われて走っているだけなんです。これじゃあ追い比べ、叩き合いになった時、もう一段ギアを上げて踏ん張ることなんか出来っこない。競ったら苦しいというのでは、強敵相手に勝ち抜くのは難しいかも知れません。」


 これまでの騎乗馬に対する優のジャッジは、正確で信用出来るものだった。これまで積んで来た調教ではパートナーを相手にせず難なく退けていただけに、根性不足が露呈することがなかったのである。順調にデビューを迎えようとしていた愛馬の思わぬ弱点発覚に、陣営は重い雰囲気に包まれた。


「父さん、どうする?デビューを延ばして併せ馬を集中的に課すことで、改善させる手もあると思うけど……。」

 太一の提案に対し、太陽は否定的であった。

「いや、あれだけあっさり抜かれてしまったところを見るに、この馬は競馬を全く理解していない。調教であれこれするよりも、実戦を経験させて行く方が効果的かも知れん。レースを覚えさせつつ結果を出すという難しいミッションになるが、来春までの限られた時間の中で、やれるだけのことをやって行こう。」

 結局予定通りに、今週日曜日の新馬戦に出走することが決まった。


 そしてレース本番、日曜日がやって来た。優は、新馬に競馬を教えるための心構えについて、事前に太陽からレクチャーを受けた上で、ストロングソーマとの新馬戦に臨むのだった。

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