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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
125/222

125 紫苑ステークス

 まだまだ暑い日が続くものの、暦は9月。舞台はローカル3場から中央場所の中山と阪神に戻り、優にとっては2度目の秋競馬がやって来た。美浦トレセン全体もまるで夏休みが明けた学生のように、余韻を引きずりつつ、これから絶え間なく続く大レースに向けて臨戦モードに入りつつある。


 今週の土曜日のGⅢ紫苑ステークスには、春の牝馬クラシックで3、4着と健闘した陽介のプレシャスガーデンがスタンバイ。オープン以上の勝ち鞍や重賞2着による賞金の上積みがない同馬にとっては、本番の秋華賞に出走するために、ここで2着以内に入っての権利取りが必須となる。


 そしてこのレースにはもう一頭、優のロマンシングソーマも駒を進める。

 春はダート路線を歩んだ同馬は、交流重賞の関東オークスで2着に健闘。血統的には完全にダート寄りであるが、夏の休養を挟んで馬体に芯が入ってパンとした印象。層の厚い牝馬ダート路線に挑むには賞金が不足しているという事情もあり、管理する調教師の太陽は、強力な古馬や牡馬を相手にするよりも同じ3歳牝馬の方がチャンスがあるのではと見ていた。思案の末、走りにスピード感も増しており、今なら芝でも走れるのではないかとのジャッジで、ここへの参戦が決まった。中山の短い直線と急坂は、この馬の先行力とパワーを生かせる舞台設定であるのも大きかった。


 こうしてGⅠ戦線に向けて各馬が始動する陰で、秋のデビューを控えた2歳馬たちの調整にも熱が入る。

 新馬戦出走に向けて、優はストロングソーマに熱心に稽古を付けていた。

「体も締まって来て、スッと動けるようになって来ました。もういつでも出走出来る態勢にあると思います。」

 優の報告を受けて、太陽はオーナーの相馬と協議。来週日曜日の中山芝1800メートルでのデビューが決定した。

「確勝を期して初戦はダートで下ろすことも考えていたんだが、やはり芝での走りっぷりを確かめておきたいからな。来週は併せ馬でビシッとやる予定だから頼むぞ、優。」

 太陽の言葉を受けて、優は身震いした。これが相棒ストロングソーマとともに歩む、クラシックロードの第一歩。どんな走りを見せてくれるのか、期待と不安が交錯する1週前であった。


 さて、この週中の木曜日から金曜日にかけて、関東地方を台風が通過。まとまった雨がもたらされたことにより、土曜日の中山競馬は芝コース重の馬場状態でスタートした。台風一過の晴天で馬場は急速に乾いていったものの、メインレースの紫苑ステークスは稍重で行われることとなった。


第4回中山競馬1日目 第11レース 紫苑ステークス 

(3歳牝馬オープン 馬齢54キロ 芝2000メートル 稍重)


1枠1番 ミカエリビジン   棚田


1枠2番 アイラブアメショー 仲本


2枠3番 ハッピートリガー  仁村


2枠4番 レインボーブリッジ 島田義


3枠5番 プレシャスガーデン 神谷


3枠6番 ワンモアチャンス  ジョバンニ


4枠7番 ニクキュウ     小野 


4枠8番 レイニーブルー   田崎


5枠9番 スモールワールド  中田


5枠10番 オーブレネリ    福山 


6枠11番 カイネシュガー   増岡


6枠12番 ロマンシングソーマ 藤平


7枠13番 スカイチューリップ 平山


7枠14番 カイネスピカ    戸村


8枠15番 ストロベリージャム 蟹田


8枠16番 タピオカミルクティ 田仲


 有力馬の多くが来週のGⅡローズステークスに回ったこともあり、秋華賞トライアルとしては若干手薄な陣容となった。上位人気馬の多くを春のクラシック参戦組が占めており、馬券購入者は新興勢力の台頭はなしと見ているようである。


 春の実績から当然のごとく1番人気に推されたのは、陽介のプレシャスガーデン。追い込み一手の脚質から、直線の短い中山を危惧する声もあるが、この世代の牝馬ではトップクラスの決め手が高い評価を受けている。


 2番人気は、このメンバーでは唯一の重賞ウイナーであるストロベリージャム。同じ中山コースのフラワーカップを勝利しており、コース適性は証明済みである。桜花賞でも通用した高い先行力は、ここでも大きな武器となると見られる。


 3番人気は、やはりこの中山コースで行われた桜花賞トライアルのアネモネステークスを制したワンモアチャンス。桜花賞こそ惨敗したものの、人気の落ちたオークスでは3着に入り、プレシャスガーデンに先着を果たした。GⅠ馬のいないここなら、実績は上位である。重賞請負人のジョバンニが、ストロベリージャムでなくこちらを選んだのも不気味だ。


 4番人気は、春のクラシックを6着、7着で皆勤したレイニーブルー。この世代では中位の存在だが、その乗り味の良さから、騎乗した騎手からは必ずと言っていいほど、将来性を高く評価する声が上がっている。関東リーディングの田崎が手放さないのが、その素質の証と言えよう。


 5番人気は、1勝クラス、2勝クラスと条件戦を連勝してここに臨む、夏の上がり馬レインボーブリッジ。父サタデーフィーバーという良血ながら、奥手の血統でようやく実が入りつつある印象である。本当に良くなるのは来年以降というのが厩舎の評価だが、古馬相手に2勝クラスを勝ち上がった馬は、秋華賞本番でも通用することが多く、現状でも侮れない一頭であろう。


 優のロマンシングソーマは、これに次ぐ6番人気。馬場状態の悪化が当初予想されたほどではなかったため、初芝での好走は苦しいと見る向きが多い。一方でダートでのスピードと先行力は高いレベルを誇り、芝のレースに適応出来るかが鍵となる。


 レースは、まずまずのスタートを切ったストロベリージャムが逃げるかと思われたところで、内から出て来た優のロマンシングソーマが、押して押してハナを主張するように出して行った。逃げにこだわるタイプでもないストロベリージャムはこれに付き合うことなく、蟹田が手綱を引いて控えて2番手。


(溜めてもダートほどいい脚を使えるとは思えないし、この渋った馬場なら差し馬も切れ味を削がれるはず。ここは行けるだけ行っての粘り腰に期待するのが得策ね。)

 秋華賞にも繋がる重賞レースで、中途半端なレースで負けたら悔いが残る。優の持ち前の思い切りの良さは、このレースでも充分に発揮されていた。


 番手に控えたストロベリージャムを見るように、レイニーブルーが3番手の好位置をキープ。レインボーブリッジとワンモアチャンスは、内外並んで中団の7、8番手を追走。陽介のプレシャスガーデンは、何とどん尻最後方に悠然と構えている。


 逃げるロマンシングソーマの作り出したペースは、前半1000メートル59秒ジャスト。馬場状態を考えると、決して緩いペースではない。それでも鞍上の優には、躊躇いの気持ちは全くなかった。むしろ追って来る他馬に脚を使わせるべく、あえて息の入らないラップを刻み続けた。


 中山の勝負所の第3コーナー。逃げるロマンシングソーマとの差を詰めようとするストロベリージャムだが、どうも手応えが怪しい。そもそも世代限定の牝馬戦では、多少ペースが上がることはあっても、ここまで厳しい流れになることは少ない。先行したストロベリージャムは、この急流に戸惑い失速。蟹田の懸命のカニダンスも空しく、逆に差を広げられていく。この動きに慌てたのは、逃げ馬はどうせ落ちて来ると高を括っていた差し勢である。大逃げに近い形で飛ばすロマンシングソーマの勢いは、この半端な渋馬場がフィットしたのか一向に衰えない。慌ててまくり始める後続の動きを見て、優はほくそ笑んでいた。

(これは、ハマった……。)

 

 この差し馬泣かせの馬場で、きつい流れを追走しながら早めに脚を使えば、最後の直線で余力を残すのは厳しい。ダート馬ということで道中ノーマークで走れたおかげで獲得できたこのマージンは、もはやセーフティーリードと思えた。2番手から5馬身以上の差をキープして最後の直線に突入した優は、勝利を確信していた。さすがに飛ばし過ぎたツケが来たか、残り200メートルを切って脚色は鈍ったものの、追いつかれる気配はない。


 しかしただ1頭、この展開の外で自分の競馬に徹していた馬がいた。1番人気のプレシャスガーデンである。オークスで小器用な競馬で力を出し切れなかった反省から、この馬のエンジン性能を信じ抜いての最後方待機。ペースにも展開にも惑わされることなく、ただひたすら溜め続けた末脚が、最後の直線で炸裂した。


 渋った稍重馬場を突き抜けるのに必要なのは、軽い切れ味などではなく、爆発するような破壊力。ハイペースの流れに付き合うことなく、いつも通りのマイペースで追走し脚を溜め続けたプレシャスガーデンが伸びて来るのは、必然のことであった。

 

 引き絞った矢を弾くように大外一気に驀進して来たプレシャスガーデンは、粘るロマンシングソーマを一瞬も並ぶことなく交わし去ると、ゴールでは手綱を抑える余裕のフィニッシュ。2馬身半差を付ける完勝で、重賞初勝利を飾った。勝ちタイムは1分59秒6、この馬の上がり3ハロンはレースの上がりを2秒5も上回る34秒1という高いパフォーマンスを見せた。

 逃げたロマンシングソーマは、抜かれた後も踏ん張り2着を死守。以下、レインボーブリッジ、レイニーブルー、ワンモアチャンスと入線した。


「おめでとう、陽介。あれだけの脚を使われたら、脱帽だよ。」

 重賞で初の同期ワンツーフィニッシュを決めた優は、サバサバした表情で勝者を祝福した。狙い通りの攻めの騎乗に徹して、あわやのシーンを作り出したレースぶりに悔いはなかった。勝った馬が強かったと、完敗を認めるしかない優であった。


 この結果、2着で賞金の上積みに成功したロマンシングソーマは、見事に秋華賞の優先出走権を獲得。次走は本来のダート路線に戻すことも検討されたが、陣営の協議の末、出走しないことにはチャンスも生まれないとの判断で、強気にGⅠに挑戦することが決まった。

 無事に行けば、相馬オーナーは、所有馬を初めてGⅠの大舞台に送り出すことになる。そして鞍上の優にとっても嬉しいGⅠ初騎乗である。もちろん、あと2勝に迫っている通算30勝を達成すればの話ではあるが。

 


 



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