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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
118/222

118 馬本位と人本位

「この子は、東京2400メートルを目指すべき馬ではないんじゃないでしょうか……。」

 ストロングソーマの乗り味を確かめた優の発した言葉は、思いもよらないものだった。


「どういう事?それってスー君は────」

 太一が何か言いかけたのを制したのは、太陽だった。

「優。ストロングソーマに対するお前の見立てを、正直に話してみろ。俺や太一に遠慮することはない。」

 太陽は何か思うところがあるようだ。


「この子が本領を発揮できるのは、ダートの中距離だと思います。」

 優は迷うことなく断言した。

「何故そう思う?」

「今の調教、終いに軽く仕掛けた時、お兄ちゃんのナンバーワンみたいにストライドが伸びると予想してたんですけど、結果は逆でした。元々リズミカルなピッチ走法だったのですが、その回転速度と掻き込みの強さがグッと上がったんです。」

「つまりどういう事だ?」

「伝わって来るのはスピードとパワーです。その2点においては、兄より1ランク上じゃないかと感じました。

 ただ、乗った感触からは、芝向きの軽快さが少し足りない気がします。芝も走れるとは思いますが、こなせる程度じゃないかと。特に今の芝は空前の高速馬場だから、一線級と当たるとその差が出ると思います。

 それに、走りに前向きさがある分、自然と速いピッチで前半から飛ばして行くタイプになりそうです、行きっぷりが良すぎるのは武器でもありますが、前半抜いて走れない分、走れる距離に限界が生じてしまうでしょう。

 だから、ダートの中距離はピッタリなんです。この条件は番組も充実しているし、この子の素質なら大きな所も狙えるのではないでしょうか。」


 すると、ここまで優の話を聞いていた太陽が、ニヤリと笑って言う。

「なかなか的確なジャッジだ。俺もそう思う。」

 その様子を見た優は、自分が試されていたことに気が付いた。


「実は、北海道の牧場を回っていた時に、この馬には何度か乗せてもらってるんだ。確かにお前の言う通り、徹底してダート路線を歩ませれば、重賞やGⅠでも引けを取らない力を発揮できるんじゃないかと思う。でもな、馬に合わせて走らせることが、必ずしも馬のためになるとは限らないんだ。」

「??」

 

 にわかには解しかねる発言に、優は戸惑った。それを察した太陽が、続ける。

「それは乗り役の領分ではないから、今の優にはまだピンと来ないかも知れないな。ただ絶対的な真理として言えるのは、日本の競馬は芝とダートの二種類のコースで行われているが、その価値は圧倒的なまでに芝の方に重きを置かれている。

 それはレース番組にも表れている。3歳の春シーズンが終わるまで、中央競馬のダート重賞はただ一つ、6月のユニコーンステークスしかないだろう?そして古馬のGⅠも、2月のフェブラリーステークスと12月のチャンピオンズカップのたった2つだけ。明らかな格差を付けられているんだ。

 それを裏付けるように、馬産地の評価もダート馬には厳しい。地方交流の大レースは数多く作られているが、それを勝つことで種牡馬価値が上がるかと言えば、現実にはそうではない。交流GⅠの全日本2歳優駿やジャパンダートダービーを制した馬が、繁殖入りすら出来ずに乗馬になるケースは腐るほどある。」


 ここで優は、ようやく太陽の言わんとする所を理解した。

「つまり、人本位で作られた環境においては、馬本位だけでは馬を幸せに出来ないってことですね。」

「そういうことだ。このストロングソーマも日本に生まれた以上、芝での活躍の可能性を求めて走らせるのは決して遠回りではない。まして日本の競馬は、ダービーからダービーへを基本として、番組を作っている。そして牧場主の安川さんも、オーナーの相馬さんも、この馬にダービーの夢を託している。ダートがベストの舞台とは承知していても、その夢を諦めるにはまだ早すぎるんじゃないか?」


「それじゃあ私の役目は、厩舎のみんなと力を合わせて、高速馬場にも距離にも対応できるように、スー君を育てて行くってことですね。」

「分かったよ、優ちゃん。僕も普段の調教から工夫して、スー君をダービーに送り出せるよう頑張るよ。」

「おいおい太一。それは志が低いんじゃないか?ダービーに参加するだけならダートで賞金を稼いだ方が近道だし、この馬の能力なら充分可能性はある。でも俺たちの目標はダービーに出ることじゃなくて、ダービーに勝つことだろう。目指す場所を間違えていては、叶うものも叶わないぞ。」

 太陽に指摘を受けた太一は、これは失言だったと頭を掻いた。


「それじゃあスー君。栄光のダービー馬を目指して、これから一緒に頑張ろうね。」

 優が鼻筋を撫でると、ストロングソーマは顔を擦り付けて甘えて来た。

「あはは、くすぐったいよ。本当に君は優しいね。ありがとう、スー君。」


 優は目の前のサラブレッドが、まるでペットのように感じられて、温かい気持ちになった。しかし、サラブレッドにとって優しさは、武器どころか致命的な弱点となり得るのである。のちに優はそれを思い知ることになる。

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