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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
101/222

101 喪失

 ラジオNIKKEI賞で2着に敗れたソーマナンバーワンだが、レース後のダメージも問題なく、続けて使って行った方がいいタイプの馬ということもあって、続戦が決まった。


「外差しが有利な舞台だし、新潟記念はどうでしょう。」

 ソーマナンバーワンの次走を決める打ち合わせの中で、オーナーの相馬はそう提案した。夏競馬は直線の短い小回りコースでの開催が中心であるが、新潟記念が行われる新潟芝2000メートル外回りは、650メートルを超える日本一長い直線を持つ。差し馬で高速上がりにも対応しているソーマナンバーワンには、確かに絶好の舞台であろう。


「確かにコース設定はあの馬に合うでしょうね。ただ私が探った感じだと、今年は結構賞金持ちが多数出走を予定していて、GⅢで2着程度の賞金では出走が厳しいかも知れません。それに2か月先まで待機させると、使いつつ上昇しているナンバーワンの調子がピークアウトしてしまう恐れもあります。私は、小倉記念を使いたいと考えています。」

 調教師の太陽の意見に、相馬は首を傾げた。

「小倉ですか?小倉と言えば圧倒的な先行有利のコースじゃないですか。それに菅田騎手や山田騎手のようなトップ騎手がドル箱にしているコースですし、小倉での騎乗経験が少ない藤平さんには厳しいのではないでしょうか……。」


「今まで中山や福島で走った感じからは、小倉はこなせると思います。トップスピードに達するまでに少し時間を要するタイプですが、そのわりに反応はいいと言うか、意外と小脚が使える馬なんですよ。ロスを少なくする走りが出来れば、充分勝負になると見ています。それに今年はフルゲートにならなさそうですから、除外の心配なく調整出来るのは大きいですから。もちろん長距離輸送のリスクはありますが。」

「なるほど、大いに勝算ありということですか。分かりました、それで行きましょう。」

 

 小倉記念出走に同意した相馬に対し、太陽はもう一言付け加えた。

「あとは騎手ですが────もし相馬さんが優に不安があるのなら、小倉が得意な別の騎手に依頼しますよ。優はうちの所属騎手ですが、オーナーが望む最高の騎手を手配するのが調教師の仕事ですから。」

「いやいや、とんでもない。私は藤平さんを素晴らしい騎手だと評価しているんですよ。性格も真面目で向上心もある。先生の厩舎をバックアップするのが私の希望ですから、その弟子の成長を支えるのは当然です。私から彼女の降板を希望することは絶対にありません。」

 太陽からの予期せぬ乗り替わりの提案に驚く相馬であったが、それをきっぱりと否定して見せた。


 そんな相馬の親心に、太陽は素直に感謝の気持ちを伝えた。

「それを聞いて安心しました。ありがとうございます。次も優で行きます。ただ……。」

「ただ?何か問題があるんですか?」

「ええ。騎手にとって真面目過ぎるのは、いいことばかりでもないんですよ。もしかしたら優にとってあの敗戦は、かなり尾を引くことになるかも知れません。杞憂に終わればいいのですが、万一この不安が的中するようなら、私の判断で騎手を変えることをお許し下さい。」

 太陽は、優の何かを予見して心配しているようだ。相馬はその真意が気にはなったものの、騎手起用は太陽に全権委任していることもあり、その場では深く掘り下げないことにした。


 週明けの美浦トレセンは、重賞を制覇した雅へのお祝いムード一色だった。関係者だけでなく、一度は潮が引くように離れたマスコミも再び集結し、こぞってニューヒロイン誕生と持ち上げていた。

 競馬界としては、競馬ブームの再来の呼び水として広告塔的な存在を常に欲している。そしてマスコミにとっても、美人で華のある雅は注目を集めるには格好のネタとなる。両者の思惑が一致し、雅自身の意思とは無縁のところで彼女のアイドル化がリブートしつつあった。


 この降って湧いたミヤビンブームの陰で、優はラジオNIKKEI賞の結果を引きずり続けていた。ソーマナンバーワンの次走が小倉記念に決まりリベンジの機会が与えられたことを聞いても、心は沈んだままであった。

 先週に引き続き土日とも福島に参戦する優だったが、いつものように騎乗予定馬のチェックやレースのシミュレーションをしていても、どう乗るべきかという自分なりの答えがどうにもまとまらない。自信を失い迷っている心の動きが、それを邪魔していたのである。


 そんな中臨んだ週末の競馬。

 土曜日の第10レース、芝2000メートルで行われる2勝クラスの松島特別。4番人気の差し馬ドラゴンスクリューに騎乗した優は、速めのペースを強引にまくって失速し、16頭中14着の惨敗に終わった。

 日曜日の第9レース、ラジオNIKKEI賞と同じ芝1800メートルで行われる1勝クラス牝馬限定戦・織姫賞。ここは3番人気の先行馬マインドアサシンに騎乗。道中4番手に付けて流れに乗っていたものの、松島特別の早仕掛けの反動か、アクセルを踏み遅れる形で前を残す4着に敗れてしまった。

「バカヤロー藤平!ペースもまともに読めねえのかよ。馬券外れちまったじゃねえか。」

 チグハグなレースぶりが続く優に、スタンドからの厳しい野次が飛ぶ。優は、この1年4か月で築き上げて来た騎手としての自分が、ガラガラと音を立てて崩れて行くような感覚に襲われた。


 そして週明け。相馬が今週も足繁く太陽の元を訪ねているところに、覇気のない表情の優がやって来た。

「先生、相馬さん、お疲れ様です。大変申し訳ないのですが、小倉記念のソーマナンバーワン、私じゃなく別の騎手の方にお願いして頂けないでしょうか……。私にはあの子を勝たせる自信がありません。」

 

 寝耳に水の降板志願に相馬は仰天し、慰留した。

「一体どうしたと言うんですか、藤平さん。誰もあなたのせいでラジオNIKKEI賞を負けただなんて思っていませんよ。あなたが責任を感じることはありません。」

 

 一方、その横にいた太陽はこの動きを察知していたかのように落ち着いており、表情一つ変えることなくこう言った。

「そうか、分かった。」

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