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桜子さんの奥様劇場

幸せな生活

作者: 秋の桜子

 幸せ……それは何?日々綺羅に着飾ることかしら、食べ物に不自由しないこと?座って……刺繍をして、本を読んでいたら、それだけで、過ごせる……事なのかしら。


 今日は、このドレスを、と差し出され、髪にはこれを……身につける宝石(いし)を、銀の装飾を、選ぶ彼女達。彼女達の仕事。侍女達は、賑やかにそれを選んでいる。


 爪を薄紅色に染められ、紅を差される、髪を巻かれ、結い上げる。そして、花を飾り、深く香をまとうわたくしの装い。


 何一つわたくしが選んだ物は無いわ……小さい時からそう。わたくしが選んだ事など無い。全てを侍女達が、それらをこなしている。


 なので、わたくしは何も知らないの、自分が好きな色、好きな香り、好きな花、好きな食べ物……何も知らない、分からないの。知らなくていいと教えられてきたの。


 仕度が終わると、御朝食でございます。と、侍従が運んでくる。毎朝変わらぬ様に。


 白いクロスが掛かったテーブルには、庭園から運ばれた、薄紅色の薔薇が活けられている。銀の食器、温かいスープ、香り高いお茶を入れる侍従。


 私は一人で食事を取る。残してはいけない、と子供の頃から教えられて来ている。義務の様に取る食事は国が違っても、何も感じない。


 白いパンが、温められて皿に乗せられている。それをちぎり、口にする。時間がかからぬよう、短すぎぬ様に食べ進めて行く。侍従と侍女達に見つめられながら……


 そして終わると、わたくしは夫である陛下に、ご挨拶に向かう。それでおしまい。政略結婚で正妃として輿入れしてきているわたくし。なので、国家に口挟まぬよう、遊んで暮らせと言われているの。


 部屋に戻ると、時を過ごす手慰みをこなしていく。主に刺繍、編み物、読書、音楽も好きなのだけど、賑やかに目立つ行いは控えなくてはならない。


 日に焼けると言われているので、窓近くに出ることはない。部屋の中で、淡々と過ごして行くのみ。誰に話すこともなく、聞くこともなく、出された物を食べ、飲み、そして、日が暮れるのを待つだけ。


 時折、侍女達と話すことがある。外に出ることが無いわたくしに、色々と話してくれる彼女達。


 あまり仲良くなってはならないのだけど、言葉をあまり出すことがない、わたくしを気にしてか、月に数回位ならば、よろしいと、陛下が薦めて下さった。


 街の風景、自分達の好きなお菓子の話。当たり障りの無い会話をしてくれる、吹き過ぎる春風の様なみんな。彼女達は、何時もこう言うわ、


 お妃様、このお菓子とても美味しゅうございます。美味しい物を食べると、幸せになりますわ。


 そう、ありがとう。ではもっと召し上がれ、とわたくしは答えるのだけど……幸せとは、なんなのかしら、


 貴方達に振る舞ったお菓子も、お茶も、美味しいのかしら?美味しいのかしら……私には分からないの。



 ××××



 行ってらっしゃい、と私は夫を送り出す。朝のタワーマンションの一室。


 朝の光が目映く部屋を満たしている、そこから見下ろすのは、次々と形を変えていく街の風景。進む世界。取り残された私。


 食洗機に入れ、スイッチを押すと、私の仕事は終わる。後は通いのハウスキーパーさんのお仕事。馴染みの彼女はシングルマザー、子供を保育園に送った後で、我が家に来てくれている。


 お洗濯をして、部屋数を隅々までお掃除して、食事の段取りをして帰る彼女。私は時折、徒然に話をしながら本を読んだり、趣味のビーズアクセサリーを作ったりして、時を過ごす。


 何も不便は無いわ。夫の好みの色の服を着て、この部屋にふさわしく、何時も綺麗にしていたら良いだけなの。笑顔で、幸せそうにしていたら……良いのだって。


 夫とは、家同士の付き合いで、自然に結婚へとなった。お互い年齢も、環境も丁度良い位で……話になると、トントン拍子に進んで行ったの。


 お昼は私の希望で共にしている、食事の後、手際よく午後の仕事を終えると、4時過ぎには帰る彼女。実家で暮らしながら、将来部屋を借り、独立するように今勉強をしていると聞いている。


 お幸せですね、うらやましいと、ランチを取りながら他愛の無い話をした。


 美味しいですね。とお昼に共に作った物を食べて、素直に声が上がる彼女。実家から届けられた生ハムで、バケットのサンドイッチを作った、今日のメニュー。


 多目に作ったから、お子さんに持って帰りなさいと、包むと嬉しそうに笑う。幸せそうに笑う。


 それを見て、幸せとは何か?と思う。実家でも、ここでも、私は、私の好きな物を選んだ事はない。好きな物が分からない。


 服も、食べ物も、本も、学校も、名字に相応しい様に親が選んでくれていた。私は、それを受け入れればいいだけ。


 彼女が仕事を終え帰って行った。明日は親子で、水族館に行事で行くので休みます。と頭を下げていった。


 そう、水族館……私は、窓ガラスに近づく。彼女が日々磨いてくれているためにクリアでとても綺麗。


 水族館に明日はいくのね。そう、水族館ね、私の事みたいね、可笑しくなりクスリと笑う。大きなガラスの水槽に入れられ、綺麗にヒラヒラ泳いでるだけ……


 夜に成り変わる空を見る。今日も、一日が終わったわ。そして明日も同じく過ぎてくのね。とそう思う


 ×××××


 頭に差す、ぎやまんのこうがい、鼈甲の櫛、紅を重ねた唇は、怪しく緑の色を放つ。磨きあげた白い柔肌、爪も薄紅に染めている。


 そう縫いのずっしりとした、曙染めの牡丹の打ち掛けをまとい、吉原の大通りを、外八文字で練り歩く。禿を供に、提灯持ちの男衆。道中を眺める観衆の目が、わっちに注がれる。


 何と気持ちの良いことでありんしょう。わっちは吉原一の花魁。


 わっちの母親は、やはり花魁。大門から出たこと無く、幼い時からそうなるように、芸事、読み書き仕込まれたでありんす。ちなみに母は、わっちを産むと死んだと、お母さんに言われていんす。


 わっち達は、男の前では天女になりきることが、いっち大事。なので、お膳をとっていても、花魁はしれっと座ってるだけでありんす。


 笑顔も『馴染み』にならない内は、見せてはいけません。お箸を誂えるようになって、それからのおもてなしでありんす。


 馴染み迄は最低、三回は来て頂かないとなれません。わっちを見初めたなら、せいを出して働いて金子を用意し、通ってもらいたいものでありんしょう。


 ここは吉原、夜の国。わっちはいっちの花魁『祇王』でありんす。皆、わっちの笑顔に千両払うのでありんす。



 ――「祇王、寒いのにお前がここまで見送りに来てくれるとは……」 


 夜明けの時、わっちは大門で、上玉のお客を見送っている。少し切なげに言葉をかけておくのが、大事なのでありんす。


「旦那様の温もりが残ってるので、大丈夫でありんしょう。でも、わっちが、風邪を引きませぬように、温めに来て欲しいでありんす……」


 少し上目遣いにそう言う。わっち程になれば、見送りになんぞ本来なら出ない。でも上玉を数多く抱えようとすると、こういう事もしておかないと、繋ぎ止めることは、出来ないでありんす。


 ここは吉原、女の合戦の国。上玉をどれだけ囲えるか、それで全てが、決まって来るでありんす。日々の努力が、結果となる場でありんす。それが証拠に、ほれ!


 ……可愛い事を言ってくれるのぉ、と朝から鼻の下を伸ばした上玉は、ではまた近に、と籠の人になった。そして、この後


 ここで去るのは半下、上玉がみてなくても、見えなくても、姿が遠さがる迄は、見送るのがいっちと呼ばれるわっち。


 情がある、ということを誰がどこで、見てるかも知れないので、それを宣伝しとくのでありんす。


 それを見送ると……あくまでも店に帰るまでは、周囲に気を使い、店の名前に、祇王に相応しい振る舞いで歩くわっち。


 いっちを維持するのも、これはこれで大変。でも全てが自分にかえる。ただいま、と玄関に入ると、妹の一人が迎えてくれる。


 そして、やっとのわっちの朝が来る。あー、やれやれ、部屋に帰り朝食を取ろう。


 大店のわっちの豪華絢爛な部屋……炭がいこされ、温かい御部屋……これを手に入れるために、わっちはそれはもう!手練手管を駆使して、日々の努力の末に手にいれた『城』


 部屋代も、食費も全て自分で賄う決まりの吉原、全てはわっちの稼ぎ、全くわっちは、よう稼いでいるでありんす。満足でありんす。ふふふふ、と笑みが溢れるでありんす。


 姉様、と妹が買いに行かせたゆで卵を持って、部屋に入ってきた。さぁ、ご飯にしよう。


 朝の膳が整えられている。蕪の漬け物が食べたくて、これも振り売にが来たら買うように、と言いつけていたので、それも並んでいる。


 ほれ、一つおあがり、と卵をわたすと、姉様ありがとう、とあどけなく笑う。そろそろこの子の突き出しの準備もしないと……とわっちは、彼女を眺める。


 熱い御味御汁、白いご飯、漬物、卵、煮物、佃煮……美味しそう、と思うとお腹が鳴る……天女が、女に戻る瞬間て、こんなもの。


 箸を取り、熱いそれを口にはする。染み渡る温もり。


 あー、美味しい!温もるわぁー、この時がいっちの幸せ!そして、わっちは、先程の別れの事を思い出す。


 温もり?はっ!男のそれは無い無い!全く持って無い!ありんせん、わっちも我ながら、よう言う。


 ご飯を口にしながら、漬け物を一口、あー!幸せ、美味しい。給仕をする禿が笑っている。


 そんなわっちの妹に目をやりながら、次に、御味噌汁をすする。そして、そうそう、と他愛の無い事を話す。


 ねえ、お前、後でお饅頭買いにいこうか、三味線のお稽古の後で、お前好きだろう?と話ながら、ゆるりとご飯を食べる。


 そんなわっちの言葉に、嬉しそうに返事を返してくる彼女。この子は三味線の腕が立つので、わっちが目をかけている妹の一人。


 良い花魁になると、お母さんもそう言ってくれてる、じきにお客が取れる年になる。色々揃えてやらないと……気合いがはいる。


 さっ、食べ終えたら、先ずは文!上玉にお文を書かないと!それが終わったら、一眠りして、お稽古付けて、お饅頭買いに行って、ついでに甘酒飲んで……


 さあ!今日も、忙しい一日になりそう、ではしっかりと、朝ごはん食べな体がもたない、とわっちは箸をすすめた。



 吉原、花魁、女の合戦の国、上玉繋ぎ止める為に、この温もりと幸せを繋ぎ止める為に!



 わっちは、今日も今日とて、気合いの入る時を過ごすのでありんす。



 たまにはゆっくり、何もせずに、ただ流されるままにゆるゆると、時を過ごしてみたいんす。




『完』






































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― 新着の感想 ―
[一言] 吉原のは"苦界"というのは変わらないので、のけておくとして、他のはなんというか、熱……温かみのない「冷たい平和」の中にいるような……。 鳥かごの中のような何処か虚しい安心感を感じる……そんな…
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