第二話 定休日の次の日
第二話
定休日の次の日
知らない人からものをもらっちゃダメだよ
料理を作ってもらってもいけないよ!
木曜日、仕事の流れが2つに分かれる日
めっちゃ忙しくなるか
スマホ遊んでられるほど暇になる
何故なら給料日が来た魔物たちが
肉料理を求めておしかけるからだ
そして今日はめっちゃ忙しくなる日だった
食券タイプの店だからオーダーとりにいかなくて少しは楽だけど
作っても作っても終わりが見えない長蛇の列
料理が好かれてる証ではあるけど
腹ペコの魔物の目って血走っててめっちゃ怖いのだ
「うおおおおお!」
ラストバトルの主人公のように叫びながら中華鍋を振るう
その日はチャーハン100人前のせいで腱鞘炎になった
ラッシュが終わって燃え尽きたボクはカウンターに突っ伏していた
店内にいるのはデザート目的のお姉さんが2人(人狼と人猫)だけ
先に支払いも済ませてくれてるから遠慮なく休ませてもらっていたんだけど
「大丈夫?」
そう声をかけてくれたのは180cmくらいはある金髪のお兄さんだった
めずらしい!人間のお客さんだ!!
しかも今まで見た人の中で誰よりもカッコイイ
美しい男性の彫刻のようだって表現があるけど
まさにそれ!
「い、いらっしゃいませ」
全然気づいてなかったからびっくりしたのと
お兄さんの美形すぎに緊張が重なって変な声がでる
「いらっしゃいました」
からかうように笑う顔にお姉さん2人
「急ぎじゃないからゆっくりしてていいよ」
両手を下に向けて座ってってサインをくれたのでお言葉に甘える
本当はすぐに注文受けたいけどお腹が空いて力が出ない
「ありがとうございます。」
「大変だったね。チャーハンばっかり作らされて」
「いやぁ、みんなに気に入ってもらえてうれしいですよ」
「人気の裏にキミの腱鞘炎が隠されてるんだね」
しみじみと頷くお兄さんはボクの手首に巻かれた包帯を少し見つめたあと
「疲れているキミにいいものを御馳走しよう!!」
いいことを思いついた!と席を立つと
カウンターに置いていたエプロンをみにつける
「ちょっと苦しい」
エプロンのねこのプリントも全方面へ皮膚を引っ張られて苦しそうだ
ボクの身長140cmしかないし胸筋もないからなぁ
「すみません。」
なんか申し訳ない
「いいよ!このまま続けよう」
苦しそうなねこを胸にお兄さんは冷蔵庫からいくつか食材を出すと
ボクの目に映らないスピードで調理を開始した
思わず椅子を蹴って立ち上がる
どんなによく見てもわからない
刻んでるんだろうな
混ぜてるんだろうな
炒めてるんだろうな
だろうな系調理に緊張のあまり息をのんで後ずさる
炒め物ができることくらいはわかるけど
まったく香りが漂ってこない
とてつもなく嫌な予感が背筋どころか全身を3周ほど駆け巡ってる
「完成!」
炒飯用の皿に盛りつけられたのは
腱鞘炎の原因、見間違うことはない炒飯だ
それも完璧にボクの作ったものにそっくりだ
調子に乗っているわけではないけれど
100人前出るくらいにボクのチャーハンは美味しい
だから今の腹ペコ状態なら本当だったらボクの口の中には
温かい涎が自然と湧いてくるはずなのにどうしてだろう?
まるで缶をレンジに入れてチンして爆発を起こした後
消防の人のお世話になることが理解できた時に沸いた冷たい唾液
あれと同温のものが舌の下に沸いてる
「召し上がれ!」
目の前に置かれてもなんの香りもしない
とっても美味しそうなのになんでだろう?
消臭魔法とか使ってるのかな
それだけならきっとこんな緊張感も恐怖も覚えないと思う
「い、いぃぃぃぃいいいただきますうぅ」
舌がその言葉を告げることすら拒否している
それでもチャーハンの横に置かれた銀色のスプーンを握った
手汗がヤバイし指先の震えで持ち上げるのに3回ほど持ち上げるという簡単な動作をミスした
ボクはとてつもないものを口にしようとしてるんじゃないだろうか
と料理人としての勘がそう言ってるんだけども
でもお兄さんはボクの反応を楽しみにしてるらしく
ものすごく期待の籠った視線が送られてきてるし
お姉さんたち2人がとてつもなく心配そうにボクを見てる
人狼、人猫ってとっても嗅覚がいいんだよ
その2人にそんな視線を向けられたらますます恐怖はでかくなるよね!
なんとか振り絞った勇気でチャーハンを掬い上げる
スプーン越しではあるけど触感も重さも普通のチャーハンで安心した
あとは口の前に運んで口をあけてそこにチャーハンののったスプーンをいれて口をとじて
スプーンだけを取り出す、それだけの簡単な動作だ
ボクはこんな簡単な動作をなんで恐れているのか
少し馬鹿らしくなって
口の前に運んで口をあけてそこにチャーハンののったスプーンをいれて止まった
まだ唇は閉じてないし舌にスプーンの背も触れてない
今ならこれを引き出すことはできるんだとボクの中のもう一人の僕が大声で叫んでいるのが聴こえる
きっとこれ以上進んではいけない何かがある
涙で少し目がかすんでる気がするけど気付かないふりをした
やっと出てきた勇気でもう一人の僕の言葉が聞こえないふりもした
唇を閉じてスプーンの首を包みこむ
それでもまだスプーンの背は舌に触れてない
舌の筋肉が下あごに縋り付いてるのがわかる
ボクの体が全力でチャーハンを拒否しているんだろう
でも!それでも!!!
ボクはチャーハンから逃げない!!!
なぜならボクは1人の人間である前に!!!
お残しは許しまへんでー!の精神で料理人をしているからだあああああああ!!!!
―体調不良により本日は閉店します―
お兄さんには善意しかありませんでした。
オルトロスがお見舞いに行くことでしょう。