不運な出来事【ショートショート】
伊藤博士は叫んだ。
「やった!できたぞ!世紀の大発明だ!」
研究室を白い煙が漂っている。遊びに来ていた友人の坂田が声を聞きつけ駆け寄ってきた。
「今度は何を作ったんだい」
煤にまみれた博士の目の前には、円筒状の無機質な物体が3本、ガラスケースの中に入っていた。小さめの水筒といった形だが、円筒の両端は鈍く光る鉄がむき出しになっており、ごつごつと突起がいくつも並んでいる。中心は中身が見えるガラスか何かで出来ているようで、向こう側の博士の白衣がくっきり映っている。坂田の質問に伊藤博士は意気揚々と答えた。
「これは、運を保存する装置だ。私は、人間が運というエネルギーのようなものをまとっていることを発見したのだ。運は無意識に使われてゆき、場合によって良いことや悪いことを引き起こす。そこで、運を無駄遣いしないように、保存して、いつでも取り出せる装置を作ろうと考えた。その集大成がこの装置だ。これはその試験体で、凝縮した運を見やすいようにガラス製にしてあるのだ。」
「そんなばかな。運がエネルギーだったなんて聞いたこともないぞ。」
「物は試し、使ってみようではないか。」
伊藤博士はガラスケースを開け、中の円筒の鉄色の蓋を開けると、目の前に置いた。するとどうだろう。筒の中に、何やらもやもやした煙のような、しかし人工的に作ったとしか思えないような綺麗な黄色の気体が満ちていくではないか。頃合いを見計らって蓋を閉めると、筒の中で色付きの気体がうごめいている。
「これが運だ。この筒は、一本につき一人分の運を保存できる。これで、好きな時に運を放出して、幸運を自らの手でつかみ取ることが出来るのだ。」
「これはすごい。ぜひ、私にもやらせていただきたい。」
同様に坂田も運を筒に閉じ込める。やはり鮮やかな黄色であった。
「そして、もうひとつ発明があってな...」
突然扉が乱暴に開かれ、黒ずくめの男が刃物を片手に飛び込んできた。
「その筒を全部よこしてもらおうか。おっと、歯向かえばどうなるか分かっているな。そこを動くんじゃないぞ。」
強盗は鞄に筒を3本ねじ込むと、足早に立ち去った。一瞬の出来事に、伊藤博士達は呆気にとられて立ちすくむばかりである。
「おお、なんということだ...。まさか盗まれてしまうとは。まぁ良い。製法は完成しているのだから、また作ればよいのだ。しかし、強盗も馬鹿なことをした。そもそも、あれだけでは不運がたまってゆくだけだというのに。」
「どういう事ですか?」坂田は尋ねた。
「運は、使うと不運のエネルギーへと変換されるのだ。不運もまた、無意識に使われ、不幸を引き起こす。使われた不運は運へと還元される。そうやって循環しているのだ。だから、不運を吸い出し運に変換する装置を作っておいたのだが、あいつは知らなかったようだ。」
強盗の男は用意していた車で逃げだした。彼は以前から伊藤博士の研究成果を狙っていたのだ。しかし、筒の中の気体を見ても信用できないでいた。
「これが運というやつか。しかし、本当に効果があるのだろうか...」
男は自分の運を、試しに空の筒に入れた。やはり黄色の気体が入ったものの、特に何も変化がない。男は首をかしげた。
鞄を持って車を降りた時、足元の空き缶につまづいて大転倒した。運を閉じ込めたので、足元の空き缶を事前に察知するという幸運を逃したのだ。鞄は地面に叩きつけられ、中からガラスが破損する音がした。筒は3本とも見事に割れ、宿主を求めた運はすべて男にまとわりついた。男は絶望しながら自宅に歩を向けたが、偶然足元に千円札が落ちているのを見つけ、筒の中の運がすべて自分に付いたことを悟った。
「試しに宝くじを買ってみようか。」
男は宝くじを一枚だけ買った。男についた3人分の運をすべて使い果たし、見事一等を引き当てた。
「なんということだ。これで一生遊び放題だ。やはりあの筒は凄まじい発明だったのだ。しかし、さっきから周囲に浮いているこの黒い煙は何なのだろう。まあいい。今はまだ朝早いから、昼過ぎから家を出よう。」
その墨のような黒い煙が、目に見えてしまうほどの量の3人分の不運であることを男は知らない。だから、この数時間後に男の不運がすべて消費され、男の家めがけて巨大な隕石がいくつも降り注ぐことを予測出来なかったのは、無理もないのだ…。
どうでしたかね。初めて書いてみたんですけど。いざ書こうと思うと結構めんどくさくて、結局ショートショートしか書けませんでした。