第七話:愛
「ケイちゃんは何が見たい?」
「うーん‥アクション映画もいいけど、こっちも見てみたいし‥‥信治は?」
「僕はケイちゃんが見たいのなら、何でもOKだよ。」
「じゃあ‥‥コレにする!」
「‥‥んじ‥‥信治!」
「ん?‥‥ああ、あれ!?寝ちゃったのか‥‥どうだった?映画。」
「面白かったよ。後半は。もう、寝ないで見てればよかったのに。」
「ごめんごめん。途中つまんなくて、いつの間にか寝たみたい。」
「んーー!」
「腹減ったな。」
「なんか食べようよ。」
「何がいい?」
「いろいろあるねぇ‥寿司もいいけど中華もいいし‥あっ!ラーメン美味しそう。このカツも食べたいなぁ。」
「で‥どれにすんの?」
「信治は?」
「僕はなんでもいいよ。」
「じゃあ、ラーメンにする。」
「うん‥美味しい!」
「さすが!ケイちゃんの選んだ店に間違いはなかったね。」
「でしょ?ふふふ。」
「このぬいぐるみかわいい!取って取って!」
「まかせとけ!!」
「‥‥んー、無理!」
「じゃ、コレは?」
「それはいけそう‥‥‥ダメだ。ここのUFOキャッチャー力が無いよ。」
「私やってみる。」
「無理だって。」
「‥うまいね。」
「取っちゃった。」
「なんか悔しいな。よし、アレ取ってやる。」
「取れた?」
「うるせー!取れねーよ!」
「ふふふ。私の勝ちだね。」
「じゃあ、ボーリングで勝負!」
「いいよ。」
「よっしゃ!ストライクだ。どうよ?」
「んー‥真っ直ぐいかないよぉ。」
「投げる時に、手が曲がってしまうからダメなんだよ。ここでコレをこうやってだな‥‥‥。」
「やったー!勝ったー!」
「ガーン。負けた‥‥ちくしょう。いらなくアドバイスするんじゃなかった。」
「負けたから罰ゲームだよ。」
「えー!?聞いてないんですけど‥。」
「勝負に罰ゲームはつきものよ。」
「いいよ。何すればいいのさ。」
「私のことを、どう思っているか言って下さい!」
「‥ここで?」
「うん。」
「やだよ!恥ずかしい。」
「さっき、いいよって言ったじゃない!」
「‥わかったよ。」
「ちゃんと目を見て、真剣に言うんだよ!」
「‥僕は、ケイちゃんのことを、心から愛してます!」
「‥それが真剣?」
「そうだよ。僕の本気の気持ちだよ。」
「そうか‥。」
「あれ?ダメだった?」
「ううん。次、何する?」
「水族館かぁ‥。」
「イヤなの?」
「そうじゃないけど‥前来たじゃん。それに金も少ないし‥」
「私も払うから。ねっ、行こっ!」
「わぁ‥魚がキレイ。」
「うん。」
「あっ、ウミガメだ!ほら、超デカいよ!」
「そうだねぇ。」
「‥なにその反応。つまんないの?」
「いや、この水族館そんな大きくないから、全部頭に残ってるんだよねぇ‥そうだ!アザラシとかペンギンがいるとこ行こうよ。あれなら何度見てもかわいいから。」
「ほらかわいい!」
「確かにコレは、ずっと見てても飽きないね。」
「あっ、このペンギン飛び込みそう。」
「ホントだ!‥‥‥なかなか飛び込まないね。」
「後ろからもう一匹来たよ。」
「あっ、押した!」
「あはははは‥落とされちゃった!」
「かわいそ!」
「ねぇ、そろそろイルカのショーが始まるよ!」
「行こっか。」
「うん。」
「わぁお!やっぱイルカはすごいなぁ。前見たのと、ちょっと変わってるね!」
「‥うん。」
「‥‥どうした?なんか泣きそうな顔して。つまんない?」
「ううん。そんな事ないよ。そんな事ない‥。」
「‥?」
「よし、帰るか!」
「うん。」
「‥‥。」
「‥‥。」
「なんか、歌でも聴くか。ノリノリのヤツがいいかなぁ‥ケイちゃん何が聴きたい?」
「静かなのがいい。バラードとか‥。」
「よし!じゃあ僕の、激選バラードMDをかけよう!」
「‥‥‥。」
「‥‥?」
「着いた!‥今日は楽しかったね。」
「うん‥楽しかった。ありがとう‥。」
「‥なんかあった?今日のケイちゃん、様子が変だったよ。」
「‥‥‥私たち‥‥別れよう。」
「!?え?なんで?どうしてそんな‥」
「信治は、私に本気じゃない!いつも合わせてるだけ。信治は、私のことを好きじゃない!信治の心の中には別の人がいる。本当はその人を想っているから、私がどんなに頑張っても、信治は私を見てくれないのよ!」
「なんで勝手に決めつけてんだよ。そんな‥そうか‥‥金か!金が無いからイヤなんだろ!貧乏人とは付き合えないんだろ!水族館代すら払えなかったもんな。さては始めから金目当てか!信用金庫で働いてるからな!金があると思ったんだろ!悪かったな、給料少なくて。理想と違ったってワケだ!」
「そうよ!金のない男なんて最低よ!ガッカリしたわ!‥‥さようなら。」
そう言って惠子は、車から降りて歩き出した。
信治は興奮して、何も考えれなくなっていたようだ。
惠子が泣いていた理由すら、気づかなかったのだから‥。
土曜日。
信治はパチンコ屋にいた。
(よし、チェリーだ!入れよ‥‥‥‥うそ!?これでハズれんのかよ!ふざけんな!!)
信治はスロット台を、ガン!と一発叩いて席を立った。
(あーあ、金ねぇなぁ‥また引き出してくっか‥。)
「おい!じじいどけよ!ひき殺されてーのか!!」
信治は苛立っていた。
スロットを打っている時も、運転していている時も、そして仕事中も‥
「なんだか最近元気がないねぇ。大丈夫かい?シンちゃん。」
「‥なんか、どうでもよくなってきました。なにもかも‥。」
大好きな佐藤のばぁちゃんの前ですら、ロクに笑顔も出せなくなっていたのである。
その日の仕事が終わり、信治はふらっと自販機まで歩いた。
タバコの自販機だ。
そして吸わないハズのタバコを一つ、適当に選んで買ったのだった。
「あー‥遅せー‥そんなトロトロ運転するなら道ゆずれよな!」
信治は前の車を、思いっきりあおっていた。
「遅いじゃない!なにやってんのよ!」
(ほら遅くなったから怒られる。ったく、うるせーんだよ川岸のババァ‥。)
「だから電話で言ったじゃない!早く来てくれないと‥‥」
(‥‥うるせぇ。)
「おい、伊藤!お前今月もローン取ってないよな?やる気あってんのか?ん?」
(うるせぇよ沢井‥‥あーーーうるせぇーー!!)
バン!!と強く扉を閉め、信治はアパートに帰ってきた。
「はぁ‥疲れた。」
そう言って信治は、飯も食わず布団に倒れこんだのだった。
ある土曜日の夜。
信治は飲み屋街を、ブラブラと歩いていた。
だが、一人ではどうも入る気になれない。
(‥‥帰ろかな。)
そう思った時だった。
「いいじゃん!ちょっと一緒に飲もうよ!」
「イヤです!離して下さい!」
そんな男女の声が聞こえてきたのだった。
(あー‥うるせぇなぁ‥。)
今の信治にとって、そんなのどうでもよかったのだが、何気にそっちを向いて驚いた。
「ケイちゃん!‥久保?」
(なんだ?この組み合わせ。)
そう思った。
ほっといて通り過ぎたかったのだが、向こうも信治に気付いたようだ。
「信治!?」
「おめーなんで一人でこんなトコいんだよ。ってか、お前ら知り合い?」
(あーあ‥なんかめんどくさそう‥。)
信治はしぶしぶ二人に近付いた。
「ナンパでもしてんの?」
「そうだよ。わりーか?」
「いや、でも嫁子供いたよな?」
「もう別れたよ。あんな女!」
「ふーん‥。」
「とにかく、今いいとこなんだから邪魔すんなよ!」
(どこがいいとこなんだか‥ってか、邪魔ってなに?俺が邪魔しにきたって?)
「信治!助けてよ。」
「なんだ?お前の彼女か?おい、こいつはやめとけ。金ねーぞ!」
(‥うるせぇ。)
「俺だったら何でも買ってやれる!好きな所に連れてってやれる!なんでもしてあげるよ!」
「イヤ!」
「いいからちょっと来いよ!」
久保は、惠子の手を無理やり引っ張った。
「イヤ!!」
惠子は必死に抵抗している。
「ちょっとだけ、な!ちょっとだけ付き合ってよ!」
「うるせぇんだよ!!どいつもこいつも!!」
信治はそう叫んで、久保を一発、思いっきり殴った!
「いでぇ!‥ううぅ‥。」
久保はなんか、泣きながらどこかへ行ってしまった。
「‥ありがとう。」
「別に。ただ、ここんとこイライラしてたから、ちょうどよかったよ。少しスッキリした。」
二人は並んで歩いた。
途中、信治はタバコを取り出すと、火をつけ、フゥーっと空に煙を吐いた。
「タバコ、吸うようになったんだ。」
「最近ストレス溜まっててさ。タバコでも吸いたい気分になったよ。」
「‥私のせい?」
「いーや。ここ数年いろいろあって‥もうなんか、嫌になっちゃったな。なにもかも。」
「そうなんだ‥。」
「‥どうして久保の誘いを断ったの?アイツ、ホントに金なら持ってるのに。」
「金なんか、どうでもいいよ。まだ‥信治のこと、好きだし。」
「え!?じゃあなんで僕をフったんだよ!」
「ほら、また『僕』って言った。」
「?」
「信治はね、本気で何か言う時はいつも、自分のことを『俺』って言うんだよ。気付かなかったでしょ。」
「‥うん。」
「信治は、私といる時はいつも『僕』って言ってた。私に、愛してるって言わせた時も、やっぱり『僕』だった。前からなんとなくわかってたんだ。信治は私に本気じゃない。ただ独占欲で別れたくないって思っているだけ。ただ私に合わせているだけ。それじゃあこの先、上手くやっていけない‥‥信治の心は、違う誰かを想っている。それに気付いてしまったから、私は‥信治と‥‥別れよって、そう決心したんだよ!」
惠子は、最後泣きながら話していた。
信治は唇をギュッと噛んで、必死に、必死に涙をこらえていた。
「今までありがとう。楽しかったよ。」
惠子はそう言って、一人で歩き出した。
その姿を追いかけれなかったこと。
それが答えなんだと、信治はようやく気が付いたのであった。
夜の浜辺に、信治は一人座っていた。
「あら、珍しいわね。」
懐かしい声だった。
「‥ここに来れば、会えると思ってたよ。七海さん。」
「会ったときは、まだ子供っぽさがあったけど‥‥なんか大人っぽくなったね。」
「大人ですもん。」
「年をとれば大人、ってもんではないよ。いろんな経験をして、苦労して、泣いて‥そうやって人は大人になっていくんだと、私は思う。」
「‥‥あのときは、すいませんでした。幽霊なんて信じてなかったし、ホント怖くて、ショックで‥‥」
「今はもう怖くないの?」
「うん。だって、七海さんは七海さんですから。」
「ありがと。」
「今日は、七海さんに話があって来ました‥‥俺、七海さんが好きです!初めて会ったときから、もう好きになってたんです。そして、今でも好きです。」
「‥私幽霊だよ?」
「わかってます。でも‥それでも言います‥‥付き合って下さい!」
「‥‥‥‥ごめんなさい。私には好きな人がいた。今でもその人のことが忘れられないの。だから、あなたを好きにはなれない‥‥‥もうここにも来ないで。」
「‥‥ありがとう。」
信治はそう言って、その場から立ち去るように歩き出した。
涙が止まらなかった。
信治はこれからの恋に向き合うため、七海にフられに来たのだ。
七海はその覚悟を知り、わざと冷たく断ったのだ。
二人が生きているときに出逢っていれば、幸せな未来があったのかもしれない‥‥
だがそれは無い。
どんなに願っても、時は戻ることを知らないから‥‥。