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第一話:始まり

世の中金で動いている。

金があれば何でもできる。

金が無ければ何もできない。


子供の頃、それはウソだと思っていた。

大人になったら、金より大事なものがあるよ、って証明したかった。


でも大人になるにつれ、逆にそれが確信に変わっていった。


金より大事なもの‥


愛?


友情?


命?


誰か教えてほしい。


金が無くても幸せになれるのか。

金が無くても毎日笑っていられるのか。

金なんか本当はいらないんだと、誰かに言ってほしかった‥






「おはようございます!」


今日からここ、風間信用金庫で働く事になった伊藤信治いとうしんじ


彼は一週間の研修期間を終え、この駅前支店にやってきた。


研修中を思い出すと‥


「ハァ‥。」


なんだかため息が出る。

知らない顔が六人集まっての研修。

あの緊張感はなんだろう。

特に話をする間も無いまま始まり、広い会議室でバラバラに離れて座り、上司の難しい話を長々と聞いて‥。


でも一番緊張したのは食事の時だ!

食べる音の響くこと響くこと。


漬け物。

パリッ‥パリッ‥。


味噌汁。

ズ‥ズズ‥ズズズ‥。


特にこの二つには気を使った。


「あの空気は何だったのか‥。漬け物にあんな緊張したのは初めてだったなぁ‥。」


なぜかセンチな気持ちになる信治だった。


ともあれ今日が彼の初仕事なのだ。


まず朝店が開く前に出すコーヒーの入れ方を、二年先輩の草野さんが教えてくれた。


「みんなコーヒーカップ持ってきてるから、伊藤君も今度持ってきてね。今日はお客さん用のヤツ使って。」


「はい。」


「で‥これが支店長、これが次長で、このカワイイのが代理、似合わないでしょ?あと係長のと、長谷川さん、木下さん、野田さん、あと私のね。」


「‥はい。」


「それから次長、超甘口だから砂糖五つね。係長はブラック。木下さんと私のは砂糖二つ。あとはみんな砂糖一つでいいから。あっ、それから遅いと野田さんに怒られるから気をつけてね。」


「‥‥はい。」


(なんかもう‥こんなところで早くも覚えれる気がしないよぉ‥。まだ顔と名前も一致しないのに‥。)


彼の頭の中で、コーヒーカップがグルグル回っていた。


さて‥八時半になると、いよいよ店が開いて本格的な仕事が始まった。


信治は、とりあえず客に直接触れない真ん中の席に座らされた。

ここで何をするかというと、伝票を機械で打つ作業だ。

コレは研修の時にやった。

練習用なので、冗談で一千万円とか入金して遊んでたアレだ。


一万円入金するのを、間違って0を一つ増やしてしまうと、客の通帳には十万円入金される事になる。

それが恐ろしくもあり、またなんだか面白くもあった。


伝票にはお金も付いてくる。もちろん研修の時に数える練習はした。が、練習用の偽札だったし、五万、十万というリアルな金が目の前に来ると、妙にドキドキしてしまう。

仕事は、何でもとは言えないだろうが、覚えたてが一番楽しいのである。


昼、数人ずつ二階の休憩室で昼食をとる。

信治がその日一緒だったのは、木下さん。その支店の女性では一番年配の、とは言ってもまだ二十代の女性だ。


「伊藤君、だよね。名前は?四郎とか?」


「いや‥信治です。」


「信治かぁ、へぇ、いい名前だ。うん。じゃあシンちゃんだね。シンちゃん高校は?」


「え?あ‥左井高です。」


「マジで!?私も左井高だよ。全然『最高』じゃないってね。へー、じゃあ後輩だ!まだあの先生いた?ほら生物の‥。」


「金髪先生!」


「そうそう!真ん中ハゲてんのに金髪で、超カッコ悪いの!しかも若いフリすんだけど間違ってんの!服装とか、似合わないのにさぁ。一回授業中にさぁ、『身近に面白い生物はいませんか?』って訊かれたから、『はい、先生です!』って言ったらマジ切れさてさぁ!‥‥‥。」


(‥‥コ、コレが噂に聞くマシンガントークってやつか‥。)


少し大人になった信治であった‥。



休憩も終わり、また仕事に戻ると、やはり駅前支店という事もあってか、けっこう客が来るのである。


しかし『駅前』と言っても、数時間に一回しか電車が通らない田舎の駅だ。踏切に捕まると‥なんだかとても損した気持ちになる。

しかも普通電車というのは、『タタンタタン、タタンタタン』‥ってイメージだが、ここの踏切は『タタン』で終わる。

え?終わり?これだけ?けっこう待ってたのに?ってなる。

そんな田舎でも、客は意外と来るもんだ。


午後三時。

店が閉まる。


(あっ?なんだ。もう終わりか。五時半まで仕事だけど、何すんだろ?)


なんて余裕ぶっていた信治だったが、実はこれからが忙しいのだ。


渉外係、つまり外回りをしている人達が帰ってきて、預かったお金や伝票を渡される。

それを急いで処理し、出納係に渡す。

出納係はその日のお金を全部預かっているような所で、そこにあるお金を全て数え、入金や払い出した金額と合うか確認する。

合えばひとまず、ホッとするのだが、一円でも合わなければ、どこで合わないのか、お金の数え間違いではないか、などと全員がかりで、嫌な空気の中での作業が始まるのである。


この日はすんなりお金も合い、それじゃあコーヒー入れてくれ!という事になった。

当然信治の役目。


(‥あれぇ‥どれが誰のカップで誰が砂糖何個だっけ???)


彼にとっては、お金が合おうが合うまいが、大変な作業が残っていたようである。


午後五時半


本当は終わりの時間だが、みんな何かしら仕事をしている。

特に渉外係の人や、次長は忙しそうだ。


(僕は‥‥‥何すりゃいいんだ?こりゃ。)


なんて思ってると、女性陣が次々と帰りだした。


「お疲れ様でしたー!あれ?伊藤君も自分の仕事終わったら帰りな。」


声をかけてくれたのは二つ先輩の草野さんだ。


「おう。帰れ帰れ。そのうち帰りたくても帰れなくなるからな。」


係長はそう言って微笑んでくれた。


「あ、じゃあ‥お先します!お疲れ様でしたー!」


帰宅する信治。

その数十秒後、


「ただいまー。」


とアパートに着いた信治。


信治が借りたアパートはその信用金庫のすぐ隣にあるのだ。


「おかえり。」


の返事はない。


一人暮らしだから当たり前なのだが、寂しいものである。


「ふぁー、疲れた。」


まだ物が少なくキレイな部屋に寝転んで、信治は軽く目を閉じた。


(これからあの職場で働いていくのか‥僕に務まるだろうか?とにかく頑張るしかないか。やるからには一生懸命やる!うん、そうしよう‥。)


いつの間にか信治は、ウトウトと夢の世界へ落ちていった‥



‥高校のスクールバスを降りた信治は、家まで数十メートルの距離を歩いていた。


ルンルンと歩く信治。彼は機嫌が良かった。

なぜなら、ようやく就職先が決まり、焦りのような感覚がやっと無くなった所だったからである。


「これでやっと、父さんも母さんも安心してくれるかな?なんだか金に苦労してるみたいだから、少しでも援助してやれればいいなぁ。」


独り言を言いながら、もう暗くなった道を歩く。

この坂を上れば、もう家だ。


(最近出たばっかなのに、なんだか懐かしく感じるなぁ‥あれ?なんで懐かしいんだろう?)


信治は砂利道の坂を、慣れた足取りで上っていく‥。


(そうだ、この日は‥。)


家はもうすぐそこまで来ていた。


(ダメだ‥‥行っちゃダメだ‥行くな‥行くな行くな行くな行くな行くな‥行くなーー!!)


信治の手が玄関のドアに触れたとき、ハッ!と目が覚めた。


「ハァ‥ハァ‥。」


信治は全身に汗をビッショリとかいていた。


「またあの日の夢かよ‥。」


少し怖い顔をして、信治はそう言ったのであった‥。



1ヶ月が過ぎ、信治もなんとか金庫員としての動きができるようになっていた。

朝のコーヒー入れはもちろん、金の数え方、機械の打ち方、そういった仕事はもう素人の速さではなかった。


それでもまだまだ先輩方に比べれば遅い方。

金の数え方、速いしきれいだし‥。

機械の打ち方、速いし正確だし‥。

これぞプロ!って感じである。ホンットに速いんだ。


信治もそれを目指して頑張っている。

しかし彼にはどうしても苦手なものがあった。


「あ、ああありがとうごじゃいやした!」


なんじゃこりゃ、って思われそうなこのあいさつ。


なんだろう‥まずタイミングがわからない。

いつ言えばいいのか。いや、どっちかというと誰かとカブリそうで遠慮しているせいだろうか。


あとは緊張しているから、どうしてもカミカミになるのである。


そしてそのセリフを言ってしまって、さらに緊張する。


これぞ悪循環ってヤツである!


「伊藤君、緊張してるでしょ。リラックスリラックス!」


優しく声をかけてくれたのは、草野さんだ。


彼女は一番、新人の人の気持ちをわかってくれる。彼女自身も入ったばかりの頃苦戦したらしい。

特に野田さんに怒られまくったとか。


そんな草野の目が輝いた。


「あれー、ノンちゃんカズちゃん!久しぶり!」


「ユウちゃんだぁ!元気してた?」


「高校以来だね。」


どうやら高校の時仲良かった友達のようだ。


「何しに来たの?」


「お金を預けに来たの。」


「そんなお金あんだ?」


「失礼ね!ちゃんと貯めてるの。使わないように定期にしようと思って。」


「えらーい!じゃコレに名前と住所書いて。あと印鑑持ってきてる?」


「あーるよ!」


高校の頃どんなに仲良くても、社会人になると会わなくなる人は多い。


遠くへ行ってしまったり、時間が合わなかったり、連絡くがとれなかったり‥だからまたまた街で会ったりすると、ホント嬉しいものなのだ。彼女も例外ではなかった。いつもより高くて大きな声が出ているのが、その証拠だ。


「草野さん!コレお客さんに返しといて!私休憩だから!」


野田さんの声はいつも怖い。


(なんであんなキツい言い方しかできないんだろう‥。)


信治もそう思っていた。


「佐藤様!」


草野は頼まれた通帳を客に渡した。


「ありがとうございましたー!」


信治とは違い、気持ちのいいあいさつがホールに響く。


「あれ?草野さん。今の客止めて!金額間違ってる!」


出納係の木下さんの所には、処理した伝票とお金が回ってくる。

そこで彼女はミスに気づいたのである。


「すいませーん!佐藤様!」


「なんだ?」


中年男性の佐藤は、しぶしぶ草野の所まで戻ってきた。


「通帳を確認させてもらってよろしいですか?」


「ああ!?ほらよ!」


「あー‥あのですね、十万円入金のハズが、手違いで一万円の入金になってるんですよ。それで今訂正しますので少々お待‥」


「はぁ!?一万しか入ってないって!?ふざけんなよ!」


「はい、直しますので少々‥」


「急いでんでんだよ!これで仕事に遅れたらどうしてくれるんだ!」


「申し訳ありません!急ぎますので。」


「早くしろよ!」


「はい、本当に申し訳ありません!」


草野は深々と頭を下げた。彼女の友達は、何かヒソヒソ言いながらその様子を見ていた。



3時が過ぎ、店が閉まり‥


草野はどことなく元気がなかった。


「ハァーーーーーー‥‥‥。」


いや、これは完全に落ち込んでいるようだ。


彼女が悪いワケではない。入金処理をしたのは野田さんだ。

しかし休憩から戻って話を聞いた野田は、草野に一言も謝らなかった。


信治はその事に少し腹が立っていた。



五時半、信治はもう帰る時間だ。


他の人達はまだ何かしら仕事をしている。


「‥じゃあ、すいません、お先しまーす!」


「おつかれー。」


「おう、おつかれさん。」


ドアの前でみんなに挨拶すると、何人かかが応えてくれた。


信治は何かを思い立った様子で、そして意を決して口に出した。


「‥あの‥草野さん、今日カッコ良かったです!普通、人のミスをあんな一生懸命謝れないです!しかも友達の前でなんて、なかなかできないです。‥おれは、そう思います。それなのに文句も言わないで‥ホント、カッコ良かったです!お疲れ様でしたー!」


バタンとドアを閉め信治がいなくなると、草野はなんだか照れ笑いをしていた。


それを見た次長、代理、係長、さらに木下の四人は顔を見合わせ、ちょっと驚いた様子で‥やがて笑顔になっていた。


野田は少し戸惑ったような、困ったような、怒ったような、泣きたいような‥?とにかくそんな顔をしていた。



すぐ隣のアパートへ戻ってきた信治。


「あぁー‥何言ってんだ?おれは‥あー恥ずかしい!」


彼はそう言って布団に潜り込んだ。意識が遠のいていく‥


慣れない環境と毎日の緊張が、信治の体に疲労を積み上げていた。


最近信治は、その疲れのせいかすぐに寝るクセがついていたのだ。


そして信治はまた『あの日』の夢を見ていたのであった‥



‥バスを降りる信治。

家まで数十メートルだ。

外は暗い。砂利道の坂を上る。

そして玄関のドアに手が届いた。


(ダメだ!開けたらダメだーーー!!)


心の声に反して、その手はドアを開けてしまった!


明かりのついていない家の中は、不気味なほど暗い。


風が窓を揺らしてガタガタと鳴く。


玄関のすぐ目の前にある居間の障子に、何か大きな影が二つ揺れていた。


(もういいよ‥見たくない‥見せないでくれ‥!)


障子を開く信治。そこで彼が見たものは‥






首を吊って死んでいる、父と母の姿であった!






それは、信治が最も忘れたい記憶。

だが皮肉にも、忘れようと思えば思うほど、忘れられなくなってしまうものなのである。


信治の両親は、借金を苦に自殺していた‥


『あの日』信治は、動かぬ両親の前でこう言っていた。


「‥なんで?どうして!?金が無いから!?借金が多いから生きていけないって!?なんでだよ!おれ達をおいて死ななきゃいけなかったのかよ!金なんか無くたって生きていけるだろ!金なんか無くたって幸せになれるだろ!?金なんかより大事なもの、あるだろ!?‥‥おれは見つけてやるからな。金より大事なものを‥。」


その時信治は、大きく見開いた目からは涙を流し、強く噛みしめた唇からは血を流し、拳をかたく握り、全身を震わせ、そして心に強く誓いをたてたのであった。

のんびり書いていますが、もし「続きが早くみたい!」なんて人がいましたら書いて下さい。その時は超高速で書きますので(笑)

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