「新郎新婦に盛大な拍手を!」
コレは、私の従兄弟の話です。
従兄弟と私は年も家も近いため、それなりに仲が良いほうでした。
実家暮らしの私は母に言い付けられては叔母の家に行くので、そう言うときに従兄弟がいると、よく会話していました。
従兄弟は基本、やさしい、と言うか、穏やかな人で。あまり感情の起伏を表に出すような、そんな気性では無かった……とても静かな人でした。
その従兄弟が、ある日、私に言いました。
「好きな人が出来たんだ」
静かな従兄弟は、まるで、ぽろっと口から食み出して、零れ落ちたみたいに。たった一言。
好きな人が出来た。
別に良いと思う。兄のような人だし。初恋も違う人だし。私には複雑な心情は何も無い。
ただ。
「……」
異様、でした。好きな人が出来たのだと言う何とも甘酸っぱい報告が、似合わない程に。
「……」
目が。
まるで熱に浮かされたまま、溶け込んで、溶け込んで、煮詰まって……。
凝縮された感情を詰め込んだ、みたいな。
目が、真っ黒で。
他人は当たり前だと言うでしょうか。
赤く赤く、熱したあとに焦げ付いた、鉄の塊みたいでも。
好きになった人は、モデルだそうで。
とは言っても、プロ、と言うよりかは“プロの卵”、らしく。専門学校に通って技術を学ぶ学生さんなんだとか。
けれど、とても、きれいな人に変わりは無くて。
幾つかのファッション雑誌とか、イベントやショーなんかでランウェイの上を歩いたりしていました。
従兄弟は彼女を、ずっと見詰めていました。
痛い程、熱心に。
従兄弟は穏やかで静かな人でした。
静謐、なんて言葉が似合うくらい。
教会の空気って言うんでしょうか。
アレが人型になったと言うか……ごめんなさい、わかりませんよね。
とにかく、静かなのは変わらないんですよ。
だけど、違うんです。
普段は、ちっとも変わらないのに。
彼女を視認した途端に、豹変するんです。
嵐の前の静けさ。
限界まで膨らむ風船を、固唾を飲んで見守っているような。
けど、だからって彼女相手に何か行動したりは、しないんですよ。特にアクションはしないんです。
近付くことも、話し掛けることも、視界に入ることすら、しない。
手紙や、SNSのメッセージさえ送らない。
ひたすら、ずーっと目で追ってるんです。彼女を。
あるいは、彼女のいる媒体を。
執心、とも言える従兄弟は本意で異常で。
私は、いつか、従兄弟が何かしてしまうんじゃないかって。
気が気じゃなかった。
それ程に圧が在ると言うか……重苦しいと言うか。
破裂するんじゃないかって。
こんな日が、一年、いや、十一箇月程度続いた辺りでしょうか。
「彼女、が、死んだ……」
従兄弟はカッと目を瞠って、そう呟きました。従兄弟の携帯端末の液晶には、彼女のSNS。ほら、芸能人とかがこぞってやる、画像共有の。キラキラした生活を晒して、いいねを貰う……最近だと、AIで加工された著名人の動画を使った投資ビジネスの広告が問題になってた。
アレに、彼女の訃報が載ってました。彼女の友人が、ご家族に頼まれて投稿したとかで……。
「……きれいだ……」
使われた写真を見て、そう、従兄弟が洩らしてました。私は、嫌な予感がしました。
だって。
だって、従兄弟は笑っていたんだもの。
彼女を穴が空く程見詰めていた従兄弟は、常に、どこかへ情緒を落としたように無表情だったのに。
だけど投稿には彼女の訃報だけで、どこで葬儀をするかとか荼毘に付すとか、何も記載されて無かったから。
大丈夫って。
私は言い聞かせていたんです。
……だとしても、もっと注意を払うべきだった。
後悔しています。何でもっと従兄弟と話さなかったのかって。
彼女の訃報から一週間程度。叔母から電話が在りました。どうしたの、と尋ねたら、叔母は焦った風に訊いて来たんです。
従兄弟のことを。
叔母曰く、何度連絡しても繋がらないとのこと。
すでに社会人の従兄弟は現在、独り暮らしをしていて。叔母の家には頻繁に顔を出す訳では無く、月に一回か二回か遊びに来るくらいでした。
だので会社から電話が来て、初めて無断欠勤していると知ったと言います。
私は胸騒ぎを抑えられず、叔母に彼女のことを洗い浚い喋りました。
案の定、叔母は何も知りませんでした。
従兄弟の変化を叔母も訝しがっていつつも、彼女のことを知らないため、それが社会人で独り暮らしを始めたせいかと考えていたらしいです。
そうして私は叔母とタクシーで待ち合わせ、急いで従兄弟の住むマンションへ向かったのでした。
従兄弟のマンションはオートロックでしたが、叔母が番号を教えられていたので難無く入れました。
エントランスを抜ける際、私は横目で嫌なものを見ました。従兄弟の郵便受けです。
その口は、パンパンに封書や葉書きが挟まっていました。……几帳面だった従兄弟が外出していれば、こんな状態を放置するはず在りません。
エレベーターに乗っている間、私も叔母も、そわそわと忙しなく体を揺すっていました。落ち着かなかったのです。
どうか、風邪とかで寝込んでてくれますように。着いたら、「どうしたの?」と、目を丸くして笑ってくれますように。
彼女を喪ったことで、平常時の従兄弟に戻っていますように。
エレベーターが着くや否や、私と叔母は我先にと飛び出しました。多分、今までで一番無い速さだったでしょう。
従兄弟の部屋は角で、エレベーターとは端と端。初めて来た私は遠く感じるのが心理的なものなのか物理的なものなのか、判然としませんでした。
部屋の鍵を開け、勢い良く扉を開け放ちました。勢いを付け過ぎて、音が響いたのは近所迷惑だったかもしれません。
しかし、それどころでは無かった。
斯くして、従兄弟はいました。
従兄弟は風邪で寝込んだのでも無ければ、「どうしたの?」と目を丸くしてもくれません。
床の上で、転がって微動だにせず、いたのですから。
叔母が膝を突き、あ、あ、と形にならない声を上げていました。私は唖然としながら、救急車へ通報していました。
コールセンターの指示に従って従兄弟の体を確認する間、不意に目線を上げました。
「ぁ、……」
「どうしました? 何か在りましたか?」
「あ、いえ、違います……すみません……」
私は正気付いて、謝ってからコールセンターとの遣り取りを再開して、「では、間も無く救急車が参ります。玄関を開けてお待ちください」一通り終えました。
お電話、切らせていただきますね。ブッ。コールセンターと通話が切れた私は、倒れる従兄弟の横で前を見上げました。
「なんで……」
従兄弟を挟んだ正面には、棚が在りました。棚には写真が飾られていて。
ウェディングドレスを連想させる白いドレスを身に纏いベールに包まれ、花に埋もれるみたいにして中央で手を組んで、眠るように瞼を閉じた美女。
彼女でした。
従兄弟の御蔭で、私にも彼女の情報がよく回って来ていました。
ゆえに、私は葬儀の最中、彼女の遺影が紛失したことも知っていました。
小さなニュースになっていたからです。
本来なら専門学校の卒業制作だと言うファッションショーに、彼女は出る予定でした。
白いドレスは、ファッションショーのトリを飾る彼女が最後に着る衣装。
だけれど彼女は亡くなってしまった。ならばと彼女の死を悼んだ彼女の仲間たちが、彼女が着る予定だったドレスを死に装束にして、柩を花いっぱいに敷き詰めて最期の撮影に望んだそうです。
幸い、紛失した遺影はデジタルデータが在ったため、即座に出力し用意し直したゆえに事無きを得たと。
……もしかして……コレが……? 私は視線が外せなくなりました。
訃報の投稿を見た従兄弟が、きれいだ、と零した写真もこのドレスでした。
だけども、アレは幻想的な背景では在りましたがファッションショーの練習風景の一部で、明らかに彼女は生きていました。
目前の写真は、うつくしいけれど生気が無く、造り物みたいでした。
疑いようが在りません。
私が写真を見入っている合間にも救急車が来て、救急隊員が駆け付けました。私は我に返り、救急隊員へ向き直り掛け────気が付いてしまったのです。
彼女の写真の角には、四角いロケットペンダントが開いた形態で掛かっていました。中には写真が入っており、写真は従兄弟でした。
証明写真か、胸から上が写ったスーツ姿の従兄弟が彼女の顔の隣に丁度来る位置でロケットペンダントは、写真が収まる額の縁にぶら下がっています。
よくよく凝視しなければ、彼女を彩る華やかな花に埋もれて、見落とすでしょう。
呆然自失のまま私は、救急隊員と混乱から回復した叔母に囲まれた従兄弟へ、目線を向けました。
冥婚……まさか。私は莫迦げた思い付きを振り払うことは出来ませんでした。
だって、苦しんだ痕跡は微塵も無く。
従兄弟は、ひどく満足そうな、しあわせそうな面持ちで息絶えていたのだから。
もしそうなら、そばに置いても、同じ額の中に入らないところが従兄弟らしい。
結局、従兄弟にとって彼女は何だったのでしょう。
生前は彼女に近寄りすらしなかった、従兄弟。
遺影を盗んだかと思えば、自分の写真とキッチリ分けて飾る。
従兄弟は、どうしたかったのでしょう。
彼女と、どうなりたかったのか。
終ぞ、私には共感も理解も出来ませんでした。
きっと、一生このまま、不可解なまま。
【 了 】




