落ちた先は深い森 (3)
晴天、そう言えばここに来てから雨に出くわしたことはまだないな。降って欲しくはないけど、水あるし。ていうかこのドームって雨は通すのだろうか。通すんだったら嫌だな。
でもまあ取り敢えず。
やばいな
清は、危機に直面していた。
本当にどうしようか...
その危機は、外の怪物達によるものではない、厳しい環境のせいでもない。
空腹だ。
▷
食べるもの、ないことは無いんだよなあ...
清の視線の先には、前に生やした紫の果物が成る木だ。
でも、あれ食べたら死なないかな...
いや、今はそれより空腹を何とかするほうが大事だ。大丈夫、ドームから出てきた木なんだから...
激しい空腹で、清の判断力は著しく損なわれていた。
木から一つ実をもぐ。
恐る恐る1口、あれ?これ皮向くタイプじゃないよね?
咀嚼して、飲み込む。味はほとんどしなかった。不味くはない、だが美味くもない。
それから三十分ほど経っただろうか、身体にこれと言ってなにか変化が起こるということはない。
いや、むしろ活力が出て気がしないでもないな...正解だったってことでいいか。
清はそのまま追加で二つほど実をもいで食べたが、やはり身体になにか悪い変化が起こるということはなく、多少元気になるくらいだった。
取り敢えず当面の食糧問題も解決?
本当すごいなこのドーム、どうなってんだマジで。
清はふと思い至る。
このドーム作ってるのって、間違いなくこの剣だよな...これ引き抜いたらどうなるんだろう。
柄を握る、するとやはり剣は少しだけ輝きを増す。清はそのまま、剣を引き抜いた。
瞬く間にドームは消え去り、中にあった全ての物が瞬間的に消滅した。残ったのは清と、剣と、クレーターだけ。
「やべっ!」
思わず再び地面に突き刺す。
それと同時に先程までの光景が再生していくように、ドームが出来て小屋、木、水源が現れていく。
...抜くと消えるのか、刺すと戻ると...
もう一度試してみようと思ったが、次また復活する保証はないので今回はやめておいた。
「あれ?」
ふと異変に気がつく。異変と言っても困ることではないのだが。
ドームの位置がズレているのだ。
さっきとドームの場所が違う?剣を中心に移動しているのか?
これならば、この危険地帯でも少しずつ移動して行けるかもしれない。
そうすれば人里までいける
ゴクリと唾を飲む。意思疎通のできる人間と会うということは、清にとって第二の目標でもあった。
人は孤独じゃ生きていけない。そうすることができる人間もいるかもしれないけれど、いつか必ず躓く時が来る。
「...よし!」
ならば、次は人里探しだ。
その為には剣のルールを把握しなくては。
「やるぞ」
そう言って、清は今一度剣を引き抜いた。
▷
結論から言おう。安全地帯の移動による人里探しは可能だ。
だが、この剣にはクールタイムのようなものがある。引き抜いた後すぐにドームをはれたのは最初のみで、それ以外は三〜四分間待たなくてはいけない。
新しいドームを作る直前に骸骨を被った4本の手がある猿に囲まれかけた時はさすがに死ぬかと思った。
どうにも、ここで狩りをするのは無理そうだ、自分よりも上の存在があまりにも多すぎる。
武器なら一応この剣があるが、剣なんて1度だって使ったこと無いし...
やはり少しずつ移動していくしかないのか。
剣を引き抜いて、またドームを作れるまで4分間。
1分後に、例えば最初に出会ったあの鬼に見つかったとして、逃げ切れるだろうか...
答えは否だ、最初の頃でもすぐに追いつかれていたのに、4分間も地形を知らない場所で逃げ回るなんて無謀すぎる。
だが、それは丸腰だったらの話。
青い剣は、いつものように光を放って佇んでいる。
これは剣だ。剣とは戦うためのものだ。
清が期待しているのは、安全地帯を作る以外の別の可能性。戦うため力だ。
それを確かめるにはやっぱり引き抜かなければならないよな...
4分間、走ったところでその移動距離はたかが知れてる。1日に何度もやらなければ、一体人里が見つかるまで何年かかるのか分かったものじゃない。
...決意が薄れる前に。
剣を引き抜く。走り出す。
清の、孤独な戦いが始まった。
▷
「はっ、はっ、はっ!」
森の中を走っている。ひたすらに、全力で木々を走り抜ける。
既に息は絶え絶えだ。だがそんなことも気にならない。
後から、二足人型の狼が迫っていた。
剣を引き抜いて三分ほどの頃だったろうか、もうすぐクールタイムが終わるというところで、目の前に狼が現れた。
二足歩行の、茶色い狼。身長190はあろう体躯と、鉄製の槍。
狼は、あろうことか走っている清に向けて槍を投擲したのだ。
幸い槍は、肩を貫通していたが、運が悪ければその場で死んでいた。
20...19...18!
「ぐっ!」
木の根に躓く。
後から、ものすごいスピードで人狼が迫る。
8...7...6!
そこまで来て、清は逃げるのが無理だと悟った。ならば。
立ち上がって剣を構える人狼はすぐ目の前だ。
剣を人狼に向けた瞬間、刀身が青く、強く光を放つ。清自身にも何が起こったのかわからない。
だが、人狼はそこで詰めるのをやめて身構えた。危険を感じ取ったのだと、すぐにわかった。
3...2...1!
人狼が飛びかかってくる気配はない、いける。
0!
清は強く、残った右手に力を込め、地面に向けて剣を突き刺した。
剣は再び強い輝きを放って結界を形成していく。同時にいつもの小屋や木も再生していき、範囲内に入っていた人狼はそのまま吹き飛んだ。
デジャブだ、鬼に出くわした時と同じ、本当に偶然、奇跡的に生きることが出来た。
ただ前と違うのは。
「いっ、ぎぃ...痛ぅ〜」
肩に穴が空いていることだろうか。
どうする、治療したいけど道具なんてない。兎に角服をちぎって、血を止めなければ...
「あれ?」
肩に目を向ける。
先程まで、穴が空いていたはずの肩はもうほとんど治りかけていた。じゅうじゅうと湯気のようなものが立っているが、間違いなく治っている。
そして数分後には、すっかり傷は塞がっていた。
まだ痛いし、傷は残ってるけど...どうなってるんだ?
貫かれた直後、こんなふうに治っていくことはなかった。傷口からは血が吹き出していたし、冗談じゃなく失血死するかと思った。
「...このドームか?」
つくづく万能だな。
思わず溜息が出る、いい溜息だ。
本当になんなんだろう、この剣は。
人狼に向けた時、光ってたよな。それに対してあいつが警戒してくれたおかげで助かった訳だし。
しかし、肩を貫かれたのに案外平静出いられるもんだな。これもドームのせいか?
「どうなんだよ」
剣をコツンと叩く。返事は勿論あるはずない。
もっと、調べなきゃな。
今回のことで改めて理解した。
この剣で、戦う力が必要だ。
でもどうすれば...
そんなことを考えていると、突如目の前の空間が歪んだ。歪みから黒い謎の粒のようなものが出てきて、二足歩行の生物を形どっていく。
「な...は?」
目の前にいたのは、最初の日に出くわした鬼だった。