落ちた先は深い森
初めましておはこんばんちわ、白滝 玉と申します。
趣味で書き始めてみましたが、いやはや難しいものですね。
厳しいアドバイスやコメントをくれれば陸に上がった魚みたいにビチビチ跳ねながら喜びますので、どうかどうかよろしくお願いします。
矛盾点とか誤字脱字の報告はとてもありがたいです。
暖かく見守ってください。ではどうぞ。
大学への登校途中だった。
時間は本来授業が始まる9時半ををとうに超えて9時52分を過ぎていた。
遅刻だな、完全に。
思わずため息が出てしまうのは仕方がない事だろう。昨日は夜まで課題の論文を書いていてうっかり寝坊、急げば間に合うと走れば遅延。神は一体なんの恨みがあるというのか。
最寄り駅から学校までの中間の駅までの特急電車に乗り、さらに乗り換えて次の駅前のバスに乗る。
車内のエアコンの風が汗だくの身体に当たって少し寒い。
その日は今年一番の猛暑日で、朝というにも関らず気温は35度を超えていた。
そんな折に異変は起こった。
車内アナウンスが、次の駅に停車することを告げてすぐだった。
電車の後方、つまり進行方向とは逆の方から爆音と衝撃が響く。
あまりの勢いに立っていられず、青年はバランスを崩して思わず膝をつく。
日本人は突発的な災害に対して弱いなんて話を、前にテレビでやっていた。
自分は平気だな、なんて確証もないことを当たり前のように考えていたのをよく覚えている。
爆音と衝撃は続く。ひとつ、またひとつと、電車は後方から爆発を繰り返して迫っている。
青年は5号車に乗っていた。
連結部の扉ガラスが爆発の勢いに負けて割れ、その破片が内側に飛び散る。
車両は既に線路を外れてひっくり返り、青年を含む乗車していた人々はその中で振り回され、壁や手すりにぶつかり、中には既に息絶えてる者もいる。
バサバサと、羽ばたくような音が聞こえた。
それと同時に再び熱風と衝撃が襲い来る。
ひしゃげた扉の奥、彼は確かに見た。
蜥蜴のような身体とスミレ色の鱗、畏怖すら感じさせる凶悪な眼光に巨体を空に留め支える翼と四本の手足。そこから生える恐ろしい爪、頭からは大きな角が1本生えていて、口の隙間からは鋭い牙を覗かせている。
青年は小説が好きで、その中でも好みだったジャンルはファンタジー小説だった。
小説やフィクションの中だけの、現実に存在するはずのないそれを青年は呆然と眺めることしか出来ない。
映画かドラマの撮影かなんて期待した、だがいずれにせよ事故だろう。死ぬと、直感した。
生まれて此方死にかけたことなど1度もないが、それとしか言い表せないような感覚だった。
.....あぁ。
生きていて、意味を感じたことは何だったろうか、なにかあっただろうか。
別に、不幸な人生ではなかった。心を通わせた友人がいて、家族仲は良く、普通に生活する限りは金銭にも困らない。自分の部屋も与えられて、趣味に没頭する時間もあったし、勉強だって困らないくらいにはできた。
だが、それが何を生んだかと言えば首を傾げる他にない。
青年は、よく空気の読める人だと言われていた。
それと同時に他人の心が分からない人でもあったと自負していた。
横で友人が笑っている時、泣いている時。
なぜ笑うのか、泣くのか、本当の意味で理解できない時があった。
友人と、家族といるのは楽しい。だが、青年にはその誰もが時々得体の知れない別の生き物にしか見えない時があった。
本心で、幸せになったことがあっただろうか
幸せとは、なんだったのか。
一角の竜が、大口を開く。
口の中心には見たこともない、黒い球体か現れ、バチバチと電撃のようなものを纏っていた。
プラズマボールに似ているな、なんてことを冷静に考えられるあたり、心はもう既に諦めているのだろうか。
その「玉」はやつの口から放たれる。
それが車両に触れた瞬間、鉄が蒸発するように消えた。「玉」は彼を目掛けて一直線で飛んでいく。
それが体に触れた瞬間、文字通り肉体は崩れ去っていく。
「...は?」
着弾した足から、肉体がボロボロと欠けていく。
断面からは出血することなく。ただただ崩れていく。
「は、は!?」
痛みはない、しかし消えていくという漠然とした感覚だけはあった。それが青年の恐怖心をさらに押し上げる。
やがて下半身は服ごと完全に消え去り立ち上がることすら出来なくなった。
死ぬ?死ぬのか?抵抗もできず、流されるまま。当たり前のように、虫みたいに殺されるのか?
「こ、こんなっ、こんな死に方...!?」
青年は叫ぶ。自らの不幸を、理不尽を呪って。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり体が消えていく。喋る口すら無くなって。見る眼球すら消え去って。聞く耳すらも消失して。
それでも尚青年は考える。
幸せってなんだ。幸福ってなんだ。自分は本当に幸福だったのか。
こんな死に方をすることが、幸福なのか。
そんなのは嫌だ。
▷
やがて意識は暗闇へと落ちていく。深い、深い闇の中。
あったのは背筋も凍る冷たさと浮遊感。
声も出せず。動くことも出来ず。青年はただ漂い続けた。
そしてふと、温もりを感じた。肉体は消えたはずなのに、眼球は消えたはずなのに、目の前に輝きを感じた。
輝きは少しずつこちらに近づいてきて、いつの間にか目の前にまで来ていた。
そして
「不幸な魂よ。運命に流され、理不尽に呑まれ。それでも尚願う者よ。」
声が聞こえた。男とも、女とも言えない声が。
「我はお前を救うことが出来るだろうか。我がお前達に与えることが出来るのは、新たな生命と肉体と、ほんの少しの力だけだ。だがそれはお前を救ったことになるのだろうか。」
声の主は続ける。
「生命を与えることで、お前は救われるのかもしれない。だがその生命の先で、お前は再び理不尽に見舞われるのではないのか。それを本当に救ったと言えるのだろうか。生命を与えたその先で、我がお前達に干渉する術はない。そんな無責任が本当に救えたと言えるのだろうか?」
朦朧とした意識で青年は答える。
それでも、このまま漂うのは、永遠にながされるままでいるのは、それは幸福じゃない。
「汝の幸福とは?」
声は問う。
俺はまだ、それを見つけてない。
「汝の願いは?」
それは、幸福を求める時間と、選択肢だ。
「...それが汝の願いか。」
今の俺に、それ以外何も無い。
「...人の子よ、青き光の子よ。確かに聞き届けた。汝の幸福が見つかることを心より願って.....」
声が、少しずつ小さくなって、やがて聞こえなくなった。光に溢れていた視界は再び暗転し、即座にまた輝きを取り戻す。
気がつけば青年は、空にいた。
▷
あれで、良かったのだろうか。
女は考える。
その空間は、一言で表すなら「無そのもの」だった。空間の先に限界はなく、暗闇が永遠に続いている。
いつぶりだったろうか、この場所に人が迷い込んだのは。何千、何万という時間を経て、自分が何故ここにいるかすら忘れてしまった。
独りでいる時間が長すぎて、他人と話すのは久しぶりで。不躾ではなかっただろうか。嫌な気持ちになっていないといいが。
女は考える。
我は話し相手が欲しかったのか?ならば彼を行かせるのは間違いだっただろうか。いや、こちらの勝手な理由で個人を尊重しない訳にはいかない。
頼めば良かったのだ、ここにいてくれと。
女はひたすら考える
永遠を噛み締めるように。
苦しみを分かち合う相手が欲しかったのか?ならば、ならば...
膨大な時間の中で、泣く涙などとうに枯れた。
喋る必要などないし、聞くことも必要ない。
味覚も、触感も必要ないのに存在する。
そう言えば、彼の体は温かかったな。温かいなんていつぶりだろうか。
...考える必要も、ないのだがな。
女はそれでも思考する。
なにを?ここから出る方法?独りで、孤独に耐える方法?それとも、死ぬ方法?消滅する方法?
女はそれでも...
何年、ボーッとしてたかな、こんなに物を考えたの、いつぶりだろ。
顔は、そんなにかっこよくなかったな、顔で人を判断するのはどうかと思うけど。
でも、信念の通った人だったな。
また、来てくれるかな。
いや、無理だろうな。
無事かな。平気かな。
気がつくと、ほんの少し言葉を交わしただけの男の事ばかり考えていた。
「幸福」って、なんだろ...
男の言っていたことを思い出す。
幸福を見つけたいと言っていた。自分の幸福を。
自分にとっての、幸福...。
女は、いつの間にか自分が感情というものを取り戻していることに気がついた。
とっくに、諦めていたのに。
...出たいなぁ...寂しいなぁ...
女はそれでも、漂うしかない。それしか、出来ないのだから。
女は再び心を閉ざす。そして...意識ある深い眠りにつくのだ。
それしか、出来ないのだ。
▷
「あぁ、ぁぁあぁぁぁあ!!!!」
飛んでる!!?
「ぐっ、あ、ぁあ、ぁぁぁあ!!!?」
いや...落ちてる!?
青い光に包まれて、さながら流星のように青年は落下していた。
訳も分からず死んで、訳の分からない問答をして、訳もわからず気がついたらこれかよ!
辺りは暗く、どうやら真夜中のようで。後ろを見れば自分の青い光以外、赤、緑、黄、白、桃、橙に輝く、計六色の流星が見える。
六つの流星は世界に散らばるように飛び、あっという間に見えなった。
辺りの景色がぐんぐんと変わっていく。街や村の明かりを過ぎ、海や川、平原、荒野の上を超えて、やがて失速を始める。
辺り一帯は見渡す限りの木々、深い深い森だった。
このまま落ちたら死ぬんじゃないか!?
そんなことを考えているうちに、ついにその時はやってくる。
何十秒と飛び続けた青年は、その勢いのまま木々へと激突した。
▷
昨晩、王国より少し西の上空から7色の光が出現し、東西南北あらゆる方向に散らばり、落ちた。
七色の内二色の落下地点は確認できたが、それ以外は見失ったとのこと。
そして、光の正体は人間だということ。
「.........」
無音、その場には老若男女合わせて8人の人間が渡された資料を眺めて、誰もが考え込んでいた。
「...異質だ、確かにな。」
その中でも比較的若い、目付きの鋭い茶髪の男が口を開く。
「しかしな、これだけではなんとも言えん。これ以上何かが起こる前に見つけて殺してしまうべきでは?」
禿頭の老人が不満そうに言う。
「それは、少々早計では?まずは彼らと対話して、それから判断するべきだと。」
老人に対して、長髪の男が反論する。
「ですが、確認できたのはたったの2人なのでしょう?もしかすれば、私達の国だけではなくほかの国にまで行っているのかも。」
白いドレスを着た中年の女が言う。
「そもそも触れるべきなのか、近づいただけで死ぬとか、私は御免だぞ。」
黒と白を基調とした制服を纏った男が言う。
再び沈黙。
白い髭を生やした老人が、大きく溜息をつく。
「ならばこうしよう、直接接触することはなく、ひたすら様子見と。」
そうだ、そうしようとほぼ全員が頷く。こいつらは本当に考えているのだろうか。こんなに簡単に決めてしまうならば会議の必要はあったのか?
「なら、僕が行きましょう。この件については任せて貰えますか?」
騎士服を着た青年は手を挙げ立ち上がりそう言った。
▷
馬鹿どもが。
醜く生きて糞を垂らすだけの老害どもめ、 奴らはこの異常事態がどれほどのものか分かってない。
騎士服を纏った甘い顔の青年が、内心で悪態をつきながら廊下を歩く。
「カトレア」
「はい」
青年がそう言うと。背後に付いていたメイド服を着た女が答える
「今すぐクレム兵長に伝えろ。まずは北に落ちた黄色から行く。」
カトレアは無表情で頭を下げた。
「了解しました。キール様」
キールと呼ばれたその男は、つかつかと不機嫌そうな足音を立てながら廊下を進む。
▷
朝の寒さで青年は目を覚ます。辺り一帯は多くの木で囲まれていて、晴天だというにも関わらず森特有の暗さで支配されている。
ジメジメする。動きたくない。寒い。腹減った。
ていうか身体がめちゃくちゃ痛いしなんか息苦しい...
「...かはっ、か...ぅぁ」
息が出来ない、苦しい。やば、マジで今度こそ死ぬかも。
しばらく経つと、すっと波が引いていくように息苦しさも消えていった。
「...は、はぁ、はぁ~」
息を吸って、吐く。繰り返す。あれ?空気ってこんな美味いっけ。
当たり前のありがたみに気がついて、ようやく意識がはっきりして周りが見えてきた。すると。
そこには剣があった。細身の、刀身が青い光を弱々しく放っている片刃の剣。それが地面に深々と突き刺さっている。そしてそれを中心に自分が立っている場所には大きなクレーターが出来上がっていて、なぎ倒されたのだろう木々か転がっていた。
青年は、その異質な光景に息を飲む。
そういや俺、落ちてきたんだっけ。
なんだこれ、よく死ななかったな。いや、1回死んだんだっけ?もう訳分からんな。
青年は溜息をつく。
そして一通りあたりを見回して、ようやく気がついた。
手持ちにあるのは着ている服と、地面に刺さった剣だけ。つまり。
水も、食料もないじゃん。
...え?やばくね?このままじゃ死ぬじゃん。
なんとかしなくては、とにかく辺りを探索しようか、サバイバルなんて生まれてこの方した事ないけど、とりあえず川を見つければ...いや、水は沸騰させなきゃいけないんだっけ。火とかどうしよう...。
頼むから死ぬ死ぬ詐欺であってくれと、心から願う。
意を決して青年は森へと入ろうとするが...
「...は?」
クレーターになっているギリギリのライン、その端から、青いガラスのようなものが貼ってあった。
見ればそこだけではなく。やはりクレーター全体をドーム状に覆うようにある。
これ出れるのか?
恐る恐るドームに触れてみるが、それはなんの障害にもならず青年の脱出を簡単に許した。
「...なんなんだ?これ。」
取り敢えず、分からないことは後回しだ。気を取り直して青年は森へと向かう。道中目印になるものがないので、落ちていた木の棒で地面に傷を付けながら進む。
「ーーーーーー」
なにかが聞こえた。もしかすれば、動物かもしれない。生き物がいるなら水もある、付いていけば、川までたどり着けるかも...
「ーーーーーー!」
青年は、なにかの鳴き声の方へと近づいていく。そこにいたのは
「┯┴┏┨┥┼└├┯┰┴┠!!」
奇怪な言葉を話す、二匹の鬼だった。
「っーー!?」
咄嗟に口を塞いで、茂みに隠れる。
なんだ、あれは。
鬼、そう、あれは鬼だ。物語とか、昔話とかに出てくる鬼。
緑色の肌、多少の衣服と角。
筋骨隆々という言葉がとても良く似合う、魅せるためではない、明らかに身体を効率よく動かすための筋肉。片方は棍棒のようなものを持っているが、もう片方は両刃の大きな剣を持っていた。
いや、いやいやいや、ここが日本とか地球とかじゃないって言うのはなんとなく理解してた、だって道中光るキノコとかあったし。でもあれって...
再び鬼を見る、二匹はなにか口論しているようで、二匹の間には黒い虎のような生き物の死体が転がっていた。
いや、ないわ、いやいやないわ。
なにこれ、あれ見つかったら絶対殺されるじゃん。RPGとか中盤の後半あたりで出てくるやつじゃん。こんなん難易度高すぎだろ。
自分でも意味のわからないことを考えて、ひたすら気を紛らわす。
兎に角。逃げなきゃやばいよな。
青年は身を翻して、印を辿って元来た道を戻ろうとする。ゆっくり、ゆっくりと鬼から離れて行く。
良かった、ここまで来れば...
バキィッ
ビクリと、身体が跳ねる。木の枝を踏んでしまったのだ、何たる不覚。
いや、これだけ離れてれば...
振り返り、鬼がいた方向を見る。
二匹の鬼は、確実にこちらを見ていた。
青年は考える間もなく走り出す。
ヤバい
後から鬼の足音が聞こえる。
ヤバいッ!
本日何度目の「死の予感」だろうか。
ふと思い出す。青年が最初にいた場所、青い剣と同色のドーム。
もしかすれば、もしかすると。あそこまで行けば助かるのではないか。
いや、もうそれしかない。それ以外に逃げる場所がわからない。
鬼が、すぐ後ろまで迫っている。
見えたっ!
青いドーム。希望の光と言っても過言ではないだろう。
鬼が手を伸ばして、青年の首を掴みかける直前。それを前のめりになるように飛んで回避する。
もうすぐ、あと少し!
「あぁぁぁぁぁあ!!!!」
人生の中で一番無様な叫びだっただろう。だが。
「入ったぁぁぁ!!」
青年の体はドームの中へと入ることができた。出た時と同じようにすんなりと。
だが
鬼の手がこちらへ伸びる
「...え?」
まさか、まさかまさかまさか。
「嘘だろ...?」
鬼は、青年と同じくすんなりと中に入って来た。
「や、やめ」
ずしずしと、重い足音を立てながら鬼はこちらへと迫る。
「やめ、ろ!やめろやめろやめろやめろ!来るなぁ!」
鬼は青年の言うことに耳を貸さず、どんどんと迫ってくる。後ろからは遅れて2匹目の鬼が来ていた。
「出てけぇぇぇぇぇぇえ!!!!!!!!」
青年は叫ぶ、すると
青年のその叫びとほぼ同時に、背後にある剣が眩しいほどの光を放つ。目の前まで来ていた鬼は、まるで光に吹き飛ばされるようにドームの外へと弾かれた。
「...は?」
吹き飛んだ鬼はどうにかしてドームの中に入ろうとしているが、まるで結界が拒むように衝撃が発生し、再び鬼の身体ごと吹き飛ばす。
「┯├┯┤┨┯┰┼┷┗╂┥┰╂!?」
「┗─┠┤┃┼┠└─┘┼!!!」
鬼は何度もこちらへと来ようとするが、その度に結界に弾かれている。
これは
「はは、ははは...」
ばたりとその場に寝そべる。
「助かった...!」
安堵の息が漏れた。
青年は知らない。この場所が、この世界のどこよりも危険な場所だと言うことを。
青年は知らない。この近くに人が住めるような国や、村などないことを。
青年は知らない。この場所が、「果ての世界」と言われる、人類未到達地点であるということを。
彼の名前は清。「果ての世界」出身、竜に殺された者。運命に振り回され続ける七人のうちの一人。
神に祝福された、不幸な魂の一つである。