9.おかげさまで
9.おかげさまで
電車を降りて、二、三日。人様の軒先を借り暮らしながら、ふらりふらりと旅をする。
ある時、随分風流な街並みが見えて来たから、見に行ってみる事にしたんだ。
沢山の人間の匂いと、猫の匂い。姿は見えないが、どうやら野良猫もいるようだ。
日も沈もうかと言うのに、未だ活気のある町は、気持ちをワクワクさせる。
どうやら沢山の店が並んで商売をしているらしい。店先には美味しそうな匂いのするものや、鮮やかな色をした何物かが所狭しと並べられている。犬が旗を背負った人形まである。
ひとつ路地を入って、暗がりから人の流れを眺めていると、後ろから声がかけられた。
『おや。見ない顔だね、新顔かい?』
『やあ。ぼくらは旅の野良猫さ』
『へぇ旅の野良猫ねぇ』
現れたのは、黒猫だ。相当年季が入っているような婆さん猫だ。ぼさぼさの黒毛を揺らして、のそりと歩いて出た。
緑のまあるい目で、ぼくの耳の先から、尻尾までを見透かすようにじろじろと見た。
『まぁいいか。そう言う事にしておくよ』
ひとしきり眺めると納得したのか、そう言って、石畳に伏せた。
『お婆さんは、ここのボスなの?』
ちょこりと、ぼくの後ろから顔を覗かせたトラが尋ねる。それを聞いた婆さん猫が、体を膨らませて笑った。
『うわははぁはぁはぁは!』
仰々しく笑って見せた歯は、左の犬歯が欠けている。トラはびくっとして、ちょっと跳ねたかと思うと、またぼくの後ろに隠れてしまった。
『ボスか、そうかもねえ』
にやあと笑って、『よく来たね、おかげ横丁に』そう言った。
『おかげ横丁って言うのかいここは?』
『そうさ、人間達はそう呼んでいるよ』
『へぇ、じゃあ伊勢神宮って言うのは近いのかい?』
『すぐそこだよ』
ぱっと明るい顔でトラがこちらを見る。ぼくも振り向いて、顔を見合わせた。
『ハチさん!』
『ああ、なんとかなるもんだね』
そんなぼくらの姿を見た、婆さんの黒猫は立ち上がる。
『ここは人も猫も多いからね、ゆっくりしていくと良いよ。楽しい町さ』
そう言いながら、路地の奥へ消えて行ったのだった。