8.追いかけてくる白い手
8.追いかけてくる白い手
カタン……コトン……
窓から射し込む黄色い日差しを浴びながら、ぼくらはシートに座っている。車窓にはいろんな風景が映っては、過去に過ぎ去っているようだ。
結局乗ってきたトラックは、その翌日にはある場所から動かなくなり、仕方無く降りた先に人間達が乗り込む電車という乗り物があったのだ。これ幸いと、今度はそこに乗り込んだ訳だが。
自動車と違い、この電車という乗り物は良い。何が良いかと言うと、まずは荷台より遥かにフカフカな寝床がある。次に妙な臭いの煙が出ていない。
さらに言うと、今日は人間の乗客もまばらで、ひろい寝床を独り占めなのである。
『『ふわぁー』』
向かい側に丸まったトラと、あくびが重なった。旅に出て数日、久し振りに快適な寝床に日頃の疲れがぽっと現れたようだった。
思い返せば、婆ちゃんの家を出てからというもの、寝床といえば暗いアスファルトの上か、臭いトラックの荷台であったのだ。
それはトラも同じだ。
すでに目の前には、すやすやと寝息立てている彼の姿がある。この旅は生粋の飼い猫には辛かろうが、良く耐えてきたと思う。
『まぁ、たまにはいいか』
誰にともなく呟いて、ぼくもくるりと身体を丸めた。野良やってる時は、常にどこか緊張しているものだけれど、今ばかりは警戒を解いて眠ってしまっても良いかな。そう思って目を閉じたのだった。
……
プシュー、がたがたがた。
何か物音がしたなと思って目を開けると、目の前に白い大きな手が二つばかり飛び込んで来た。
『なんだい一体なんだ!?』
半ば寝ぼけながらも、そう言って反射的にそれをすり抜けてシートの上から飛び降りた。
「猫がいるー!」「かわいー」「何でいるの!?」
気がつけば人間の声が四方から聞こえて来ている。追いかけて伸びてくる白い手から、するすると逃げながら、未だにぼうっとしていたトラに駆け寄り頭を叩いた。ぽすっと音もなく柔らかな感触だけが肉球に返ってきた。
『いてっ』
『いて、じゃないよ。走るよ!』
寝ぼけているトラを叱咤して先導する。
そこかしこにいる大小さまざまな人間たちに、捕まらないように素早く駆ける。左右に大きく開かれたドアから外に飛び出した。気がつけば電車は止まり、人間の沢山いる建物に到着していたようである。
『気を抜くとすぐにこうだ』
誰にともなく、一人口の中で呟いた。人間の数に、呆気にとられているトラを小突いて走らせる。
『こここここどこ?』
『さあね、でも追いかけてくる大人がいるよ。早く逃げよう』
『ど、どこへ?』
外にも居た、白い手を持つ人間の股下をすり抜け、声を上げた。
『ここでなけりゃどこでも良いさ!』
殆どの人間がぼくらに道を開けるなか、この白い手を持つ人間達だけが、邪魔をする。どこまでも追いかけてくるのが本当に厄介だ。
階段を駆け上がり、駆け下り。夢中で走っているうちに、人間たちがいない場所までたどり着いた。
『はぁっはぁっ』
『ふぅっふぅっ』
ぼくあ疾風のように走る事は得意だけど、長く走るのは大の苦手だ。
『ねぇ、もう大丈夫かな?』
『たぶんね、ぼかあもうくたびれたよ』
ぐるりと顔を回して、あたりを見た後、腰を下ろした。人間の沢山いた建物からはちょっと外れて、今は小さな四角い建物の裏だ。
『えっ、ハチさんもくたびれるんだね』
『……そりゃそうさ』
ベロを出して、疲れているよと態度に表してやった。本当にくたびれたんだ。
『あはははっ』
『おかしいかい?』
『だって……うーん。ううん別に』
そう言った。
ぼくらは、顔を付き合わせて笑ったあと、並んで休憩することにした。