6.ぼくらと彼らと
6.ぼくらと彼らと
目が覚めると、トラックは停まっていた。緑色と緑色の隙間から、黒い色が漏れている。
あんなに賑やかだった雨の音も、アスファルトを蹴るタイヤの音も聞こえてはこない。
どうやら、静かな夜のとばりが下りてきたようだった。
『ハチさんハチさん。どうしたらいい?』
『うん、お腹も空いたし外に出よう』
トラの問いかけにそう答えるが早いか、ぱっと外に飛び出した。
月の無い夜だったが、チカチカと光る建物と、大きな車達がぼくらを出迎える。
じんわりぬるい風が毛をなでた。
『雨上がりは毛がべとべとするなあ』
『あっ地面に水がある!』
トラがぱしゃぱしゃと水たまりを踏んだ。一つ足を落とすごとに飛沫が跳ねた。何やってるんだと、口調に少しだけ非難を込めて言ってやった。おかげで自慢の白黒毛並みに、茶色の水玉模様が仲間入りだ。
『もうちょっと離れてやってくれ』
はあいと、悪気のない返事が返ってきた。彼は少し離れて飽きもせず、水溜まりを覗き込んだり、踏んで見たり。一人で遊び始めた。
『ぼかあ向こうを見てくるよ』
そう言って、一人で探索する事にした。
どっどっどっどう、そんな音がそこかしこから聞こえてくる。広く黒い地面が広がり、今まで見たこともない車の数だ。
近くの人間達の話を聞く限りじゃあ、ここはサービスエリアという場所らしい。
ああ、そうか。
以前聞いた事がある、車で旅する人間達は、途中途中でサービスエリアという場所に立ち寄るそうだ。
大きな建物の灯りに誘われてふらりふらりと歩いているうちに、どうにも良い匂いが鼻先をくすぐった。これは美味しい食べ物の予感。
まとわりつく湿った空気も気に留めず、足がどんどん進んで行く。
『うわあ』
食べ物の匂いを追うその途中で、聞き覚えのある声が聞こえてきた。耳をピンとたて、そちらをうかがう。
ごにょごにょと、何か小さな声での話が聞こえて来るが、その合間に『ハチさん』とぼくを呼ぶ声が混ざっていた。
『ああ全く、なんなんだ』
ため息一つ。
食べ物の匂いを追うのを中断して、声の方へ足を向ける。
大きく光る建物の、ちょっと手前のひさしの下。そこには、何匹かの猫が集まっていた。
『おい、お前余所モンだな。ここじゃ俺らがルールなんだ。勝手されちゃ困るんだよな』
『さっきから下向いてやがって、なんなんだお前』
『兄貴やっちまおう』
三つの猫影がぐるぐると、真ん中一つを囲んでいる。もはや厄介ごとの雰囲気しかない。
『ハチさあん……』
『おっ?ハチってなんだ犬か?』
『犬がこんなところに来るかよ』
『兄貴やっちまおう』
彼らの顔が見えるところまで来たら案の定だ。うちのトラが野良猫三匹に囲まれている。野良は大きなキジ白一匹と、黒猫が二匹。
『あっ!ハチさん!』
ぼくの姿を見つけたトラが、涙声で助けを求めて鳴いた。怯えているのだろう、小さくうずくまったままだ。
『ハチって犬か!?』
『犬が来たのか!犬か!?』
『兄貴どうしよう』
三者三様、口々に何か言って、同時にこちらを振り向いた。八個の目玉が集まって、視線は全てぼくの目玉。何事か言うべき雰囲気かと思ったが、向こうから先に口を開いてきた。
『おい、ハチってなんだよ猫じゃねえか。見世物じゃねえぞ』
ボスらしい一回り大きなキジ白が、一歩踏み出して言った。反論を許さない威圧感が、その口調から読み取れる。
『気軽にぼくの名前を呼んでくれるじゃあないか』
『余所者は消えな、ここは俺たちのナワバリだぜ』
向こうもどうやら腕っ節に自信があるらしい、ずいともう一歩前に出る。こちらも黙って引いては猫の名折れだ。身体の側面を見せながらゆっくり近づいて行く。
『そいつあできないね』
『ならこっちにも考えがあるぞ』
もうお互いの鼻がつきそうな距離だ、できれば喧嘩なんぞしたくは無いが。向こうが引かないのであれば是非も無い。
『へぇどんな考えだい』
『この爪に聞いてみな』
足を伸ばしながら、爪をちらりと見せる。光モンを抜きやがったな。
『喧嘩とあっちゃあ、ぼかあトコトンまでやるぜ。目が潰れて、耳が欠けるまで。覚悟は出来てるんだろうね』
ぼくも背中の毛を逆立てて、じろりとボスの目玉を真っ直ぐに見据える。これで引かないなら、やるっきゃ無い。
『……』
向こうも、黙ってじっとぼくの目を覗き返す。どれだけ時間が経っただろう、ボスはふいに目線を外して後ろに引いた。
『ちぇ、もういいよ。喧嘩しても損しかねえ』
『あ、兄貴?やっちまわないのか?』
『こいつは本気だ、やってられねえよ』
そう言って、ぼくらに背を向けて離れて行く野良猫が三匹。影が見えなくなるまで、その背中を追いかけた。
彼らの姿も匂いも無くなって、ふぅと一つため息をついた。なんだか久しぶりに緊張したな。そんな事を考えていると、腰が抜けたトラがよろよろ近づいてくる。
『ハチさあん、僕、僕』
涙目に鼻水をすすりながら。情けない声を上げるトラ。家猫にゃあ、ちと怖かったかもな。
『ああ、もう良いよ。それよりぼかあお腹が減ってるんだ。晩御飯を探しに行こう』
『ぐすっ……、はい』
ああ、泣くのは良いんだが、鼻水ついた顔でぼくにくっつくのはやめてくれ。