5.揺られ揺られて
5.揺られ揺られて
あれから歩くこと二、三日。伊勢の「い」の字も見えては来ない。
どうしたものかと思っていると、にわかに地面に黒い丸が現れた。その黒いシミが増えていく。ぽとりと頭に冷たいものが落ちて、目を閉じた。『雨だ』と一言。
『うわあ雨って冷たいんだね』
『そうさ窓越しに見る雨と、降られる雨は違うだろう』
『うん、ちょっと楽しくなってきた』
「そうかい、ぼかあ雨は嫌いだね』
トラはのんきだが、雨に打たれて濡れるのはごめんだ。きょろきょろと辺りを見回して、避難できる場所を探す。
『ひとまずここに隠れよう』
そう言って顔を向けたのは、人間がいつぞやトラックと呼んでいた乗り物だ。荷台にはほろがかかっていて、雨やどりするにはちょうど良い塩梅に見えた。ぼくらはひょいと軽々飛びのって、緑色のほろの中へ滑り込んだ。
『雨って本当に本当に水が降ってきているんだね、僕はまだワクワクしているよ』
『そうかい。ぼくあ世の中に嫌いな物が三つある、そのうち一つが雨なのさ』
『他のはなんなの?』
大きな瞳で見上げるように聞いてきた。
『ひとつは追いかけて来る人間の子供さ。悪気は無くても、うっとおしいったらありゃしない』
短いヒゲをぴくぴくさせながら、何もない空に視線を向けた。
『じゃあ最後のひとつは』
『最後のひとつは、追いかけてくる人間の大人さ。ふざけているのはまだ良いけれど、たまに本気で追いかけて来るのがいて、手に負えない』
『怖い?』
怖いよと答えると、ぶるりとトラが身を震わせた。その様子がおかしくて、しばらく脅かしてからかってやった。
じめっとした荷台に二匹でまるまる。
荷台のほろの中は暗くて、ばたばたと音を立てる雨音に耳を傾けているうちに眠くなった。
『雨終わらないね』
話しかけて来るトラに、うんと返事をしたのは覚えている。でもその後何を話したのかは覚えていない、あとの全ては夢の中だ。
ごと、ごと、ごと、ごと。
一定のリズムで身体が揺れる。
ごと、ごと、ごと、ごと。
ふと目を覚ましたら、目の前いっぱいにトラの顔があった。
『なんだ、近いよ』
『大変だよ大変だ、ごとごと音がして地面が動き出したんだ』
『地面が?』
そうだよ、と外を見る。なるほどトラックが動き出したようだった。すごい勢いで景色が後ろに流れて行って、ぜんぜん止まる気配が無い。
『ああ、これは地面じゃなくてトラックが動いているのさ』
『トラックって動くの?』
『動くさ、トラックだから』
そうなんだ、と彼はひとまずの落ち着きを見せた。
『いつまで動くの?どこに行くの?』
『さあね』
そう言うと、再び目を閉じた。風の吹くまま、気の向くまま。回り道はしても、どの道も結局行きたいところに繋がっているモノなのさ。