3.旅は道連れ世は情け
3.旅は道連れ世は情け
ああ、久しぶりの自由の匂い。
しっぽをフリフリ、塀の上を歩く。ご機嫌な時に上から猫語で声をかけられた。
『ハチさん、ハチさんどこへ行くんですか?』
『ん?』
ブロックで出来た塀の上、さらにその上を見上げると、白い家のベランダに一匹の猫が居た。
『ああトラじゃないか。ぼくあ旅に出るのさ』
『旅?かっこいいなぁ』
『トラも付いて来るかい?』
『ああ行きたいな。でも、とても僕なんか無理だよ』
そう言ってトラは尻尾を下ろしてしまった。
茶トラのトラは素直な良い子だが、生まれてこの方箱入り猫で、自分に自信がないのが玉に傷だ。
『無理ってどうして決めたんだ』
『だって、僕は生まれてから自分の足で一歩家を出た事が無いんだ』
なるほどなるほど、彼には外の世界へ出るのはとても勇気の要ることなんだろう。
『それにそれに、このベランダからは出られない』
『前の家の屋根にひょいと乗ってごらん。すぐにそこから出られるよ』
それでも、もっと尻尾を下げてトラは続ける。
『それに、それに……』
『できない理由を見つけるのが得意だな。でも、できない理由を考えるより、できる理由を考えた方が人生楽しくないかい』
『できる理由?』
耳を立てて、ぼくの話を聞くトラ。
『そうさ、ぼくあ今からお伊勢さんにお参りに行くのさ。ぼくには立派な四本の足があるし、この賢い頭もある。だからできるのさ』
今決めた。婆ちゃんの代わりに、お伊勢参りに行く旅だ。前に犬がお参りに行った話を聞いた事がある。あれにできて、ぼくにできない筈がない。
『僕にもできるかな?』
『さあね。トラができると思ったらできるかもね。でも、できないって思ってるなら、できないままさ』
でも、と続けた。
『ぼかあ君にもできると思うけどね』
『そうかな?』
『そうさ、そこからひょいと飛んでみな』
いつのまにか、下がっていた尻尾は天を指している。
『えい』
軽い身のこなしで、ベランダから隣の家の屋根の上に。そして屋根を辿ってぼくの前に。
『できちゃった』
『うん』
『ドキドキする』
『うん』
らんらんと目を輝かせたトラが、せわしなく尻尾を振っている。
『じゃあ、ぼかあ行くよ』
『あっ行くよ!行くよ!僕も行く!」
そうして、ぼくたちは二人の旅になったのさ。旅は道連れ世は情けってね。