2.ぼくと旅立ち
2.ぼくと旅立ち
ある日、普段見慣れない大きなカバンが玄関に現れた。何事かと思っていると、これまた見慣れない男が、ずかずかと家の中へ入って来る。
ぼくあ警戒して冷蔵庫の上から観察する事にしたんだ。すると、その男は婆ちゃんの手を引いて外へ連れて出た。それで理解した、手術っていうやつがついに来たんだと。
「じゃあ、よし子さん。お願いしますね」
かしこまったような言い方で、車に乗り込んで行く婆ちゃん。いつも以上に、その背中は小さく頼りなく見えた。
手術というのが何なのか、よく分からないがあんまり歓迎できるものでは無いらしい。
ぶおおという間の抜けた音と、臭い匂いのけむりを吐いてそれは去って行った。
「さて、ハチちゃん。よろしくね」
家にはおばちゃまが残った。よし子と呼ばれたこの人間は、婆ちゃんの義理の娘ってやつだ。どうやらこいつが、これからぼくの世話をするらしい。
愛想無く冷蔵庫上から見下ろしたままにしていると、飽きたのか何事か呟いてどこかへ消えてしまった。ぼくあ一人、冬にストーブの前で焦がして短くなってしまったヒゲを撫でた。
そこからしばらくは、ぼくと、定期的に世話に来るおばちゃまの二人暮らしが続いた。
良く撫でてくるし、初めは良かったんだけれど。しばしば本当に気に入らない事をする、ぼくの性格とそりが合わない。
まず、この首輪だ。こんなものを首に巻きつけられて邪魔で仕方がない。楽しみのご飯も、こしゃくなことにカップで量を測ってからカリカリを出してくる。
一つ気になる事があると、もう一挙手一投足が全部気になってくるもんだ。
こうなって来ると、もう脱走してやろう。そんな考えを持つようになった。そして、そのチャンスはすぐにやってきた。
ある日、両手に買い物袋を持って訪れたのだ。おばちゃまが玄関を開けた、その瞬間。股の下を抜けてぴゃっと飛び出した。
「あっ!ちょっとハチちゃん!」
気付いたおばちゃまが追いかけようとして、足をからませてこてんとコケた。それを尻目に歩道を駆け抜ける。
隣の家の花壇を横目に、自転車を避け、ボールで遊び子供たちを避け。ぐんぐん婆ちゃんの家が離れて行く。振り向く事はなかった。
家が見えなくなった頃、ふわりと風が吹いた。それは懐かしい自由の匂いがした。
どこに行こうかな。また婆ちゃんが帰って来たら、戻ってやっても良いかな。
そうして、ぼくの旅は始まったのだった。