⒈ぼくあこんな性分だから
⒈ぼくあこんな性分だから
ぼくあ猫だ。
猫と言っても、そんじょそこらの猫じゃあないぞ。なにせ人間ことばが、半ば理解るんだ。猫ことばしか話さないボンクラどもとはわけが違う。
ぼくあ生まれつき、ナワバリってやつが気に入らない。ふらりふらりと風来坊、これが野良猫の矜持ってもんじゃないのかね。
ついた名前も、十余個は下らない。
シロクロ、ニャア、タマ、ミミスケ……。
なまじ人間ことばが理解るもんだから、寝る場所と食い物には困らない。本当にあいつらぼくの飯を用意するのが好きなんだ。
色気を出して、ちょこんと膝にでも乗ってやれば、家の中まで連れてってくれる。
風の吹くまま気の向くまま、しばらく間借りするんだ。気に入らなくなったら、ふらりふらりと次の家へ。
これが、ぼくの生き方だ。
今のすみかは、まぁまぁ気に入っている。うるさい子どもも、いちいち構ってくれる人間も居ない家だ。
この家には婆ちゃんが一人っきり。ぼくの世話も婆ちゃんが一人でする。
お客が来る事は殆どない。ときおり義理の娘さんが、(と言っても五十を回ったおばちゃまだが)婆さんの様子を見に来るくらいだ。
今日は窓の前に、丁度いいあんばいの陽だまりができていた。日がな一日、日向ぼっこをする事に決めた。
窓の前の椅子には、うぐいす色の座布団が敷いてあって、これがまた具合が良いんだ。身体を収めるのにぴったりの広さだ。
前足を折り畳んで、身体の下にしまって座る。目をうっすら閉じて、うつらうつら。
「そこ、ぬくいか」
落ち着いた低い声で、婆ちゃんが言った。
テーブルに手を付きながら、ゆっくりと歩いて近づいて来た。婆ちゃんは目も悪いが、足も悪い。心持ち頭をそちらに向けて、撫でさせてやる。
「ハチはええな」
そう言って、頭を痩せた手で撫でた。首の下をゴシゴシされる方が好きなんだが、黙って撫でられてやる。
「ご飯食べよか」
ここでは、ぼくあハチだ。しろくろハチワレだからハチだそうだ。どこかの忠犬みたいじゃあないか。
婆ちゃんは、またテーブルに手を付きながら台所へ戻り、カリカリを皿の上に開けた。ざあと飛び出した茶色の粒達からは、皿をあふれて転がる者も出た。
どんぶり勘定も良いところだが、婆ちゃんのちょっと曲がった指先は細かな動作に向いていない。
でもそれで良い。たいして美味くも無いカリカリだが、不器用に婆ちゃんが皿に開けたモノだから食ってやるのだ。
ふんふんと匂いを嗅いでから、一口づつ頬張る。
カリッカリッ……
顔を上げて、噛み砕く。ふっとこちらを見る視線を感じた。婆ちゃんは色の薄い唇を少し上げて、こちらを見ている。いつもそうだ。
ぼくが飯を食っているのを見るのが好きなんだと。人間ってのは変わってる。
畳に転がった一粒まで食べ終えて、また椅子の上に戻った時、後ろから声が聞こえて来た。
「婆ちゃんな、手術せなあならんで。しばらくおられんのよ。その間よし子さんが来てくれるでな。世話してもろてな」
どうやら、ぼくに言っているらしい。顔は窓の方に向けたまま、耳だけを婆ちゃんの方へ向けて聞いてやる。
「今年は伊勢のお参り、行かれんなぁ」
その呟きがあんまり悲しそうだったから、『そうかい』と返事をしてやった。
感動とかは無いと思います。
旅番組的な軽い感じを目指してます。