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図書室の受付係  作者: 空が昏れ
窓辺の君
9/14

風の向かう先は

「ざけんなよ岡本おおおお!! でれでれしてんじゃねぇよおおおお――!!!」


 覗いていた双眼鏡から目を離して詠深は大声で叫んだ。もちろんそんな叫び声は新しくできたリア充には届かない。とりあえずみほみーに手を握りしめられながら鼻の舌を伸ばす野郎は明日速攻シメると固く誓う。あんなやつもう呼び捨てで十分だ!

 しかしむっつり野郎の気持ちもわからないでもない。泣きながら嬉しそうに手を握るみほみーはくっそ可愛いと双眼鏡で覗きながら詠深も思う。



「――うるせぇよ! てめぇ、まじでいい加減にしろよ……」




 ものすごく低い声が隣から聞こえ双眼鏡で覗きながら声のした方を見れば、なんだかよくわからないものが映る。まぁそりゃそうだ! と、思いながら双眼鏡を下ろせば眉間に皺を寄せてこちらを睨む人相のめちゃくちゃ悪い男子生徒が視界に入る。まぁそりゃそうだ! と、これも納得する。


 図書室から去った後、詠深が向かった先はこの学校に存在する天文部の部室である。岡本と昼に約束を取り付けたあたりから一体どこで覗こうと考えた詠深は天文部にある双眼鏡の存在を思いついたのだ。

 そして授業が終わってすぐに学校の先生に場所を聞くと……まぁなんということでしょう、位置的にも図書室を覗けるベストポイントということがわかったのだ。

早速天文部の顧問らしい先生に頼み込み、部員に迷惑をかけないのならということで許可を得たのだ。もちろんその場では頷いておいた。


 そして図書室から去った後、全力でこの天文部に訪れ勢いよく扉を開いた先には男子生徒がひとり驚き目を見開いた状態で立っていた。あれ、なんだかどこかで見たことあるぞ……という感想を抱きつつも早速双眼鏡を勝手に拝借し、なんだか隣で騒がしかったのを無視し告白現場を観察し続け今に至る。


 ちらりと今見たネクタイに入っているラインの色から先輩だということが分かった。やべぇ……と詠深は微かにだが焦りを覚える。そしてやはりその顔に見覚えがあるのだ。はて……どこでだったか?


「いきなり無断で入ったかと思えば、あまつさえ道具も勝手に使って……ふざけんのも大概にしろよ」


 いやぁ、ごもっとも!

 これで怒らない方がおかしいぐらいに失礼な状況だと我ながら自分でも思う。しかしながらことを進めるには強引さというものも必要だったのだ。けれど悪かったのは紛れもなく自分だっということもわかっている。



「――ご迷惑をお掛けしてどうもすいません」


 深く頭を下げたあとゆっくりと頭を上げれば少し眉間のシワが取れ、代わりに驚いて目を見開いている先輩の姿があった。そんな先輩に詠深はニヤリと笑みを浮かべると、くるっと体を回転させ窓辺にもたれ掛かり双眼鏡をのぞき込む。


「おいっ――!!」


「いやぁ先輩、人には譲れないことというものがありましてね」


「……ほぉ、のぞき見がか」


「これが正しい双眼鏡の使い方!」


「そんなわけあるか!」


「またまたぁ、そんなこと言って先輩だってほんとはこっそりとここから――」


「てめぇと一緒にするなよ、シメるぞ」


 隣からなんだか殺気を感じながらも詠深は図書室を覗くのを続行する。むしろなんだか隣に顔を向けることが恐ろしくなってきた。……おかしい、どうしてこうなった。


「そもそもてめぇはどこ覗いてんだよ」


「あぁ、図書室ですよ」


「……はぁ? 何でてめぇがそんなとこ……」


 心底意味が分からないという先輩の声に詠深はニヤリと笑う。そして覗いていた双眼鏡から少し目を離して横目で先輩に視線を向ける。


「もちろん、みほみーのことを見守り隊の隊長としての任務です」


「……全く意味がわからん」


 きりっと決め顔で言えば、先ほど以上に心底意味がわからないという声とともに今度は目線でも呆れたようなものを向けられる始末だ。ちょっと傷つきそうになる。


「そして今さっき岡本撲殺し隊の隊長にもなりました」


「…………おい、一体何する気だ」


 うっすら笑みを浮かべすわった目で双眼鏡をのぞき込みながら言えば隣からツッコミが入る。もちろん半分ほど冗談だ。


「――はぁ……。で、その活動はいつまで続くんだ」


「えっ? あぁ、もちろん2人が図書室を出るまで…………はっ!!」


 そこで気づく、一体あの2人はいつになったら図書室から出るのかと……。そもそも岡本を図書室に呼んだのは自分である。しかしもちろん自分が岡本を呼んだ理由はみほみーのことでだ。用事などでは勿論ない。そして理由を察してるであろうみほみーがうまく岡本に誤魔化しながら説明できるとは思えない。

 つまりだ、あの2人が図書室を出るにはあそこに自分も行かねばならないということではないだろうか!


 そっと覗いた双眼鏡の先では未だに出来立てほやほやのリア充がいちゃついている。どうしようか、あんな場所流石に自分でも行きたいとは思えない。

 こんな時いつもどうするか共に考える幼馴染みの野郎は好きな小説の新刊が数年ぶりに出たということで悠々と帰っていった。

 くっそぉ……自分も今度借りよう!


「…………仕方ない。ということで先輩、行きましょう! 赤信号も皆で渡れば怖くありません!」


「行かねぇよ! てか、てめぇと渡る赤信号ほど危険なものはねぇ、この短い時間でもなんとなくわかった……」


「究極に刺激的な信号無視をお届けしますぜ!」


「ひとりでいってろ」


 堂々と親指を立てて言えば相手からは中指を立てられ吐き捨てるように言葉を返される。そんな先輩の様子に諦めたようにふっと詠深は息を吐き出す。そしてそっと手元の双眼鏡に視線を向けた。


「これだけはしたくなかったのですが……仕方ないですね」


 窓辺から離れると詠深は先輩の横を通り出入口の前に立つ。先輩は眉間に皺を寄せ訝しげにこちらに視線を向けている。


「おい……?」


「ということで、この双眼鏡は預からせていただきますぜ――!」


「……あ? 

………………あ゛ぁあ!?」


 先輩が叫び出したと同時に出入口の扉をスパーン! と勢いよく閉めて全力で走り出す。「待ちやがれこのやろおお――!」と叫ぶ先輩の声と扉がまたもスパーン! と勢いよく開かれる音が背後から聞こえる。すまない、扉! と内心で謝罪しながら全力で走る。

 後ろから走って追いかけてきている足音が聞こえるが距離が近づいて来ることは無い。ただ離れることもないが……。


「ふざけんな! てめっ、待ちやがれ! てかなんで、んな速いんだよっ――!」


 昔から逃げ足だけには自信があるのだ。だから今も先輩が自分に追いつくことは無い。階段はもちろん曲がる時にも速さを落とすことなく走り続ける。ただ後ろからの殺気はもちろん体力的にも死にそうではある。


 全力で走り、見慣れ通い慣れた部屋への扉に手をかけ走ってきたそのままの勢いで開け放つ。

 バーン! と、引き戸とは違う大きな音がなり、中にいたリア充2人の視線が扉に持たれかかり息を荒らげている自分に向けられる。

 そして「田島!?」「詠深……!」と声を揃え驚いたように名前を呼ばれる。一緒のタイミングで呼ぶだなんて仲がいいですね。……そしておかげでフルネームが完成しました。手なんて未だに離されることなく繋がれたままだ。うん、もうお腹いっぱいです。

 全力で走った疲れとは違うものが体を襲っているのは気のせいではないだろうと詠深は遠い目をしながら思った。


「はぁ、はぁ……っ、おめぇら……とりあえずっ…………解散だぁ――!」


「えっ!? 何で……いや、とういうか大丈夫か田島……?」


「大丈夫だ、問題ない――ゴェホッゴホッ!」


 息切れが激しい自分に岡本が心配そうに聞いてきたのにきりっと決め顔で答える。しかしその瞬間思いっきり咳き込んでしまい余計に心配そうな表情をされる。みほみーでさえおろおろと心配そうに見てくれている。

 そんな二人に詠深は咳払いを一度すると片手を上げて心配ないと応えた。


「んと、ちょっと予定ができたから、二人とも申し訳ないっ、けど……っ」


 きりっと決め顔でようやく追いつきちょうど後ろに着いた先輩を示すように親指で指す。すると後ろで荒い息を整えるためにか、ものすっごく大きなため息が聞こえた。そしてものすごく視線を感じるが気にしないでおく。


「予定ってそのぶら下げてる双眼鏡と関係でもあるのか?」


「いやぁ、まぁ……えーっと…………ちょっと違うかな……」


 何となしにだろうが、問いかけられた岡本からの質問に詠深は思わずしどろもどろになってしまう。後ろにいる先輩からとそしてみほみーからの視線が冷たくなったように思うのは気のせいではないだろう。

 なんということでしょう、岡本は今一番触れてはいけないものに触れてしまったのです。そう、それはこの双眼鏡です! 質として先輩から拝借し、そしてみほみーと岡本の告白現場を覗いていた代物である。もはや爆弾と同程度の威力を持っていると思ってくれて構わない。

 そしてあのみほみーの視線はこの双眼鏡がどういった意図で使ったのか完全にバレている。走ったせいで出た汗とは違う汗が額に浮かびあがってくる。


「もうやめてくれ岡本よ……どうか今は、何も言わずに帰ってくれ」


「お、おう……」


「あぁ、それと――オメデト、お二人さん」


「……えっ?」


 伝えた言葉の意味がわからなかったのかしばらく惚けたような表情を浮かべていた二人だが、じっと詠深が見ている視線の先に気づくと二人揃って真っ赤になる。その慌てようからどうやら無意識だったようだ。うん、ほんともうお腹いっぱいです。


「あっ、えっと………その――うん、ありがとう」


 照れながらも誤魔化すことなくお礼を言った岡本にみほみーも嬉しそうに微笑んでいる。そんな二人はなんだかんだでやはりお似合いだと思った。お互い嬉しそうに微笑み合う2人の姿は部外者が見れば勘弁してくれと感じるくらいのリア充っぷりだ。

 しかし生憎と当事者と呼べる立場にいる者のひとりだからか、そっと安心したように詠深は笑みを浮かべた。


 けれどもそんな詠深の姿は一瞬見つめ合っていた二人はもちろん後ろにいた者も気づく事はなかった。


「じゃあ俺は行くよ――えーっと丸山さんは……?」


「い、一緒に行く!」


 と、二人が確認しあっているのには流石に頬がひきつる。そんなこといいからとりあえずさっさと帰りやがって下さい、リア充ども……。

 「じゃあな」とようやく廊下に出て岡本が口にした時、みほみーも当然ながらこちらに視線を向けていた。そして目が合うとその表情が、ふっと一瞬緩んだ。嬉しそうな、そしてとても安心したような柔らかい微笑みを浮かべ、音にすることもなく自分に『ありがとう』と口だけ動かし言葉を伝えた。


 ドキリと心臓が跳ねた。そしてそのまま瞬きを繰り返すことしかできず詠深は廊下を並んで歩く二人を見送ることしかできなかった。


「……お前、もしかして――」


「ゆ、百合ちゃうわ!!」


 ドキドキといまだに跳ね続ける心臓を持て余しつつまだ内容を告げ切っていない先輩の言葉を遮り声を上げる。違う、自分は断じて百合ではない! 普段ツンケンしているみほみーに1箇所にデレを凝縮したような表情をされて、つい過剰にギャップ萌えを起こしてしまっただけである。

 そもそもみほみーほどの美人に微笑まれて心臓が落ち着いている猛者などありえない!

 しかし先輩はといえば心底どうでもよさそうな表情をこちらに向けているだけだった。


「……はぁ、そんなことより、さっさとそれ返してもらおうか」


「あぁ、どうもすいませんでした!」


 首からかけていた双眼鏡を渡せば先輩から物言いたそうな視線を寄越される。どうかしたのかという意味で首を傾げれば、先輩は返された双眼鏡を確認するように見ながら口を開いた。


「だいたい、ここに俺がいた意味はあるのかよ」


「もちろんですよ」


 じとりと見下ろされながら言われた言葉に詠深は堂々と言い返す。そんな詠深に理由を求めるように先輩が方眉だけ器用に上げて促した。それに答えるように詠深も片目を瞑りどことなく胸を張りながら先輩を見上げる。


「いないよりも居てくれた方が理由として信憑性があります!」


「……つまり居なくても別に問題なかったってことだな」


「いやいやいや、決してそんなことは……!」


 先輩から先ほどと同じくらい大きなため息が返される。いやぁ、ほんとにどうもお手数をお掛けしてしまったようで……。

 そして大きなため息をついた後何も言わずに踵を返した先輩の後ろ姿を詠深は不思議そうに見返す。


「あれ先輩、ついでに寄っていかないんですか?」


 不思議そうな詠深の言葉に先輩は足を止めて顔だけ振り返る。その表情は何か探るようなものが含まれていることに詠深は気づく。そしてもちろんその理由も大方察しがついた。

 先輩の無言の問いに答えるように詠深はにこりと笑みを浮かべる。


「まぁ、どうぞまた時間が出来た時にでも来てください。先輩なら迷惑もかけたので融通きかせますよ」


 この図書室に戻ってきて先輩に何故見覚えがあるのか思い出したのだ。頻度はそこまで多くないが、先輩は放課後の人もいなくなったくらい遅い時間に図書室を利用することのある生徒だ。

 借りる本の数も多くて、なんだか難しそうな資料や図鑑系のものをよく借りているのでなんとなく記憶に残っている。そのことをついさっき思い出したのでついでによっていかないのかと不思議に思ったのだ。



「……たかが、図書室の受付係がそんな大層なことできるのかよ」


「もちろんですよ」


 どこか馬鹿にするように言われた言葉にも詠深は自信満々に応えてみせる。そんな詠深に先輩は続きを促すようにまたも器用に肩眉だけを上げた。それに答えるように詠深も威張るように胸を張り同じく片目だけを瞑って先輩を見返す。


「受付係だからこそ、ある程度好き勝手できるんですよ!」


 どやっと、威張りながら言ってやったことに先輩は驚いたように瞬きをすると顔を前に戻してしまう。ただその肩は少しだけ小刻みに揺れている。


「……まっ、期待はしないでおこう」


 どこか笑いを含んだ声で応えると先輩はそのまま廊下を歩いていった。詠深はしばらくそんな先輩を苦笑とともに見送ると図書室に入りいつもの定位置に座った。

 時刻は遅い時間だが今日は色々あり、なんだか物足りずまだここで過ごしていたいと思えたのだ。








 風が入り込んできて髪が揺れる。

 視線を向ければそこには開かれた窓と揺れるカーテンがあるだけだ。いつもいる少女の姿はいない。


これでみほみーの姿をここから見ることはもうないのだろう。そのことが少し勿体なく思い、そしてそんなことがおかしくて詠深は髪を風に揺らせれながらくすりと笑った。

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