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図書室の受付係  作者: 空が昏れ
窓辺の君
8/14

傍にいたくて

 体が小刻みに震えているのが自分でもわかった。握りしめている手は薄らと汗ばんできてどんどん冷えていく。

 もう日は暮れ始めている。窓からグラウンドを見てもいつも眺めている人はもういない。当たり前だ、もう部活も終わったのだから。

 図書室には今、みほみー以外誰もいない。

 詠深はといえば「ちょっと待ってて!」と一言明るく言うとどこかへ言ってしまったのだ。あれから数分は経っている。一体何をしに行ったのかはわからないけれど早く戻ってきて欲しいとは思う。じゃないと岡本くんが来てしまうかもしれない。せめて詠深が一緒にいてくれればまだ心強いのに……。

 この時間までずっとなんだかんだで詠深と話していたから緊張はまぎれていた。それがいなくなった途端に岡本くんが来ることを意識してしまい緊張してしまったのだと思う。


 何度も何度も不安と緊張で出入り口である扉を見てしまう。



 すると図書室の外からこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえてきたのでみほみーはハッとなり扉をじっと見つめる。もしかして詠深が戻ってきたのだろうか、とどこか期待していた。


 そしてゆっくりと閉められていた扉を開けて現れた人の姿にみほみーは息を呑む。……彼――岡本くんは一度カウンターの方に視線を向けると不思議そうに首をかしげる。きっと詠深を探しているのだろう。

 そして岡本くんはぐるりと図書室内を見回すように首をめぐらすと窓際に佇む自分を目にし驚くようにゆっくりと目を見開いた。

 そんな岡本くんの姿をみほみーもじっと見つめ返す。どうしよう、何を言えばいいのかと焦りばかりが胸を満たす。詠深はまだ帰って来ないのかしら、と内心少し怒りを覚えながらふとみほみーは思い至る。

 あの時の図書室を出ていく時の清々しいまでの笑顔を思い出す。あれは用事で出て行ったのではなくて、もしかして自分と岡本くんを2人きりにするためだったのでは……と。自分の体温がさらに低くなったような気がする。手足の震えも収まることはない。


 これはほんとにどうしたらいいのかわからなくて、泣きそうだと思った。


「えっとごめん丸山さん。田島がどこに行ったか知らないかな?」


「……へっ?」


 話しかけられるとは思わずに思わず間抜けな声がでてしまった。そしてしばらく反応出来ずに惚けたように岡本くんを見る。

 岡本くんは居心地悪そうにそっと視線逸らし辺りを彷徨わせる。その顔色は夕日に照らされてか少し赤くみほみーには見えた。


「えっと……わかんない……。さっき出ていったから……」


「あぁー、そっか。うわーどうしよっかな……」


 悩むように図書室を見回すと岡本くんは結局待つことにしたのか近くの椅子に腰掛けた。自分はといえばもう頭の中がパニック状態だ。正直何をどうすればいいのかなんてなんてわからない。





『だからさぁ、やっぱり告白するべきだと思うのだよ』



 そんなのやっぱりできない。だって怖いもの……。もしも振られてただ遠くからも見ることさえできなくなったら、そう思うと何も出来なくなる。

 今のままで充分だ。あの日の優しさを胸に、そっと遠くから見ていることがきっと一番平和だ。告白した結果がいいことである可能性なんてとても少ないのだから。



『けれど何かを変えたいのなら行動を起こす、これが真理だ。結果がどうなろうとそこからまた新しい物語が始まるんだから』


 いいえ、何も変わる必要なんてない。ただ、遠くから眺める今のままでいい。そしてこの思いをそっと胸に抱いたまま時が解決してくれるのを待つから……。

 そう思うのに……どうしてこんなにも胸が苦しいのだろう。目の前には岡本くんがいて、いつも窓から見ている距離に比べたらずっと近くにいるのに触れることすらできなくて……。ただただその事実を苦しく思う。


「丸山さん、大丈夫? 何か顔色が悪いけど……」


 そしていつの間にか近くにいた岡本くんに心配されてしまう始末だ。ただ、そんな岡本くんがあの時の姿と重なってしまってなんだか泣きそうになった。

 とても優しい人。ひとりで泣いていた自分に声をかけてくれた優しい人だ。あの時自分がどれだけ救われたか、ひとりだと思っていたそこに自分を気にかけてくれる存在があると知った時の喜びと安堵をきっと貴方は知らない。


 もちろん今ならもっと周りにはたくさん自分のことを見てくれる人がいることを理解している。ただ、自分がどうしようもなく馬鹿で弱いせいで周りととけ込めずにいたこともわかっている。

 ひとりだったのは全部自分が悪いということも痛いくらいに理解している。それでもあの時あの瞬間、とてもつらくて、ひどく苦しくて、どうすることもできないくらい悲しかった自分を救ってくれたのはまぎれもなく彼だった。


 そんな人を好きになるのはきっと必然だった。


 あの日以来、彼のことが気になって、気づけば目で追っていて、探して……そうしていつの間にか好きになっていた。クラスと名前、どこの部活に入ってるか知って……ずっと見てきた。こっそりと、気づかれないようにと願いながら遠くから見てきた。

 けれども……けれど――。


 あぁ、詠深。貴女のせいよ……貴女がこんな機会を作ったりなんかするから……。ずっとここから眺めているだけでほんとに良かったのに。もう、きっと取り返しなんてつかないことになってしまっている。


「ま、丸山さん……ほんとにどうしたの? えっと保健室にいく?」


 手で顔を覆いそっと首を横に振る。ただこの溢れる想いをどうすることもできずに首を振った。

 近づけば自分の願いなんて霞んでしまうほどの想いが溢れてきてしまう。あの日、あの時からずっと積み重ねてきた想いを止めるすべなんてもうきっとない。


 いつも外を見ていた窓から風が流れ込んできた。そっと髪を撫でていく風に吹かれて顔を上げればあの時と一緒の困ったようにこちらを見つめる視線と合った。





 もう、いい。この先の結末がどんな結果であろうと構わない。今はただ溢れてきてしまう想いを伝えるだけだ。例えそれが悲しい結末だろうと大丈夫だ。


 だって、そこからもまた新しい物語が始まるんでしょう? ねぇ、詠深――。



 みっともないほど手足は震えて、呼吸をするのさえつらい。けれどもゆっくりと震えながらも想いを音に乗せ伝える為に口を開かずにはいられない。
















「――――――――――好きです。貴方が、好きです…………」








 想いと共に雫が零れた。告げた言葉はみっともないほど震えて、掠れて、小さなものだったけれど……。どうやら相手にはちゃんと届いたようで驚いたように目を見開いた姿がそこにはあった。





「…………好きって……ほんとに……?」



 もちろん、嘘なんかじゃない。岡本くんが唖然としたように呟いた言葉にもうまともな言葉なんか出せないから何度も何度も頷く。この思いを嘘だと思われるのは嫌だった。

 ぼやけていた視界が一滴涙が落ちたことで明らかになる。そしてそこには片手で口元を覆い夕日に照らされただけではない思えるほど顔を赤くした岡本くんがいた。


 驚き瞬きをしたと同時にまた雫が流れる。



「うわぁ、まじか……やばい。そっか……そっか…………」


 何度かキョロキョロとあたりに視線をさ迷わせながら岡本くんは独り言のように呟く。そして最後に思っていた以上に真剣な視線が向けられ心臓が跳ねた。驚いたせいで止まっていたはずの震えがまた襲ってくる。


 大丈夫、大丈夫だ。どんな結末でもここから動き出す。



「それじゃあ丸山さん、よろしかったらその――俺と付き合ってくださいます、か……?」



「…………えっ?」


 告げられた言葉の意味を理解するのに時間がかかった。そして理解してまたとめどなく雫が溢れてしまう。もう言葉を出すことなんてできなかったから差し出された手を握りしめて必死に頷いた。

 握りしめた手は思っていたよりもずっと大きくて少し驚く。そしてもう近くにいれて触れることもできるのだと気づき嬉しくなる。


 そうか、これが始まりになるのか。良かった……と、握りしめた手の温もり嬉しくて涙と一緒に笑みが零れた。









「……やばい、可愛い」



 手を握りしめ、嬉しさと安堵で胸が一杯だった自分は岡本くんがボソリと呟いた言葉に気づく事は無かった。

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