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岡本くんと言えば、クラスでも優しいことで有名である。クラスの中でも親しまれており、その優しさでもちろん女子にモテる……というわけではないのが現状だ。
もちろん、女子の印象も岡本くんは優しい、ということで有名なのだが如何せん岡本くんってとってもいい人だよね! 止まりなのである。冴えない顔がモテない原因なのかそうでないのかはわからない。ただ、優しくていい人の割には何故かモテないのが岡本くんなのだ。
いい人ではどうにも乙女心はつかめないようだ。……いやはや、哀れなり。
そして今日は朝からそんな哀れな岡本くんをみほみーへのネタのために一日観察することにした。詠深が朝の図書室から戻ると岡本くんはもう席について友人と話している。そういえば、岡本くんは朝から部活をしているが汗で気持ち悪くないのかとふと疑問に思うが、部活をしている人はそれなりの対策をしているのだろう。
いやはやほんとに大変だなと他人事のように思う。自分なら朝から汗かいてまで運動なんてただの地獄だと感じる。もちろん昼だろうが夜だろうがその考えは変わらないだろうが。
そして岡本くんといえば野球部だからか随分と髪が短い。ただあの中途半端な長さでは坊主の特権であるジョリジョリ感は残念ながら味わえないだろう。個人的にそのことを少し残念に思う。
ところで野球部といえばみんな坊主のような髪型をしているからか詠深は個人を認識するのに苦労する。今はクラスメイトなら見分けがつくが前まで全員同じように見えていた。たとえば野球部全員が並んで俺達兄弟です! なんていわれたら納得する自信があった。そもそもなぜ坊主にするのかも謎である。あの髪型にいったい何の意味があるのか!
とりあえず、今日岡本くんを観察していてわかったことがいくつかある。
まず岡本くんはノートではなくルーズリーフ派、そしてあくびをする時は手で隠す、寝るときは顔を机に伏せないなどなどまさにどうでもいいことばかりである!
くそぉっ、これじゃあみほみーが喜ばないじゃないか!! 自分の無力さに打ち拉がれ思わず机にバンッ、
と拳を力強く叩きつける。
ちなみに自分はノート派、あくびは50%の確率で手で隠す。寝ている時はガッツリ顔を伏せさせてもらってる。
「な、なぁ田島、もしかしておれなんかしたか?」
打ち拉がれた状態から顔を上げれば今日一日観察していた岡本くんが困ったような表情で見下ろしていた。……どうしたのだろうか?
「えっ、なんで?」
「いや、だってまるで親の敵でも見るように今日一日睨んでたから」
「あぁ~……バレた?」
てへ、と笑いながらいえば呆れたようにため息をつかれた。ふむ、どうやら岡本くんは視線に対して敏感なようだ。
そういえば授業中も何回か視線が合ったのだがあの時にはもうバレていたということか。意外に侮れないかもしれない。
「いや、なんでバレないと思うんだよ。てかほんとにおれなんかした?」
「いや、ぜんぜん」
むしろあなたが何かしたのは私ではなくみほみーの方です、と詠深はこっそり胸のうちで弁解する。そう、君はとんでもないものを盗んでいきました。それはみほみーの心です!
「全くタチの悪い輩だぜ」
「えっと……ねぇ、なんのこと田島?」
「いやなんでもないよこっちの話。あっそうだ岡本くん! ついでにスリーサイズ教えてよ!」
「いや、意味がわからないよ! それについでって何!?」
「うるせぇ、いいから黙って教えやがれ!」
バンッ、と机を思いっきし叩き理不尽な怒りをぶつける。自分でもなぜ怒鳴ったのか半分わからない状態だ。とりあえずノリというやつだ。
もう岡本くんは困ったどころか眉を下げて情けない顔で自分を見下ろしている。その姿はここから早く開放されたいようにも見えた。
しかし詠深とて今ここで岡本くんを手放すわけにはいかない。それも全てみほみーのために、とりあえず岡本くんのスリーサイズを聞き出す必要があるのだ!
「あれ、てか男のスリーサイズって女と一緒なの?」
「そうなんじゃないの……」
「えぇ……なんかそれってあんまり意味なくねぇ?」
「じゃあ、意味のあるものに変えりゃいいんじゃね?」
「あっ、龍也」
いつの間にか後ろに立っていたらしい。今はお昼の時間なので一緒に図書室に行くために向かいに来てくれたのだろう。手には図書室と繋がっている作業室で食べるための弁当を持っている。
しかし、なんだかんだでちゃっかりお話に参加する気満々であるのが詠深にはわかった。どうやら興味をそそる話題らしい。
「で、意味のあるものってなんなのさ」
なんだか思い当たる物があるようなので詠深は龍也に聞くことにした。どことなく龍也も胸を張り堂々とした姿である。恐らく自信があるのだろう、何がかは良く分からないが……。ちなみに岡本くんはなんだか龍也がきた時から疲れたような諦めたようななんとも言えない表情である。
一体何が彼をそんな表情にされているのか分からない。とりあえず「問題児が揃った……」という絶望的な声は聞こえなかったことにした。
「まず、男にとって気になるのは身長だ。そして一応胸筋的な意味でバストは残しておこう」
「ほうほう」
「そして! 何より男として一番大事なモノがあるだろう!」
「はっ、まさかそれは……っ!?」
「なんだろう、すごく嫌な予感がする」
恐らくだがこの三人の中での考えは一致している。岡本くんは顔を引きつらせ、詠深はお前まさか言ってしまうのか!? とでもいうように驚きに目を見張る。だが、もちろん止めはしない。
そして、龍也は声高々に宣言するように息を吸い込み、秘められし言葉を口にしようとした――。
しかしその瞬間だった!
「――ちんっ「何わけわかんないこと言ってんのよ、あんた達っ!」こほぉっ!?」
「いだぁっ!?」
パシンッパシンッ、と小気味よい音が二回連続で響く。大事な言葉も言えたような言えてないような微妙なものになってしまった。
痛みを訴える頭を押さえ事の要因である人物を恐る恐る見上げる。すると片手に丸めた教科書を持ち蔑んだ目で仁王立ちでしていらっしゃるゆっきーと視線が合う。
ちなみに龍也はといえば顔面をやられたのか顔に手をやってうずくまり「目がぁ、目がぁ〜あ゛あ゛あ゛ぁ゛~!」と叫んでいる。どうやら戦闘不能のようだ。
「――って、おい! 早く復帰しろ龍也! この魔王に一人で立ち向かわせるな!!」
「本田さん……」
岡本くんのホッとしたような声が憎らしい。まるで救世主でも現れたような反応である。こっちからすればラスボスの魔王が目の前にいるというのにだ!
「誰が魔王よ……あんた達はほんとに、二人揃うとろくなこと言わないわね」
「ゆゆゆゆっきーっ!?」
「いってぇなぁ、ゆっきぃっ!!」
「何か文句でも?」
「「……」」
低い、ゆっきー声低い! めっちゃ怖い、声据わってるから! と、内心で叫ぶ。もちろん決して声には出さない。龍也もゆっきーのあまりの恐ろしさに意気消沈したのか何も言葉を発しない。
だめだ、こんなの絶対勝てない。
詠深と龍也の心はシンクロする。とりあえずお互いちらりと視線を通わせると小さく頷く。
「よ、詠深っ! ひとまず退却だ!」
「うぃっす!」
とりあえず逃げるが勝ち、とでもいうように二人して教室から廊下に一目散に駆け出す。その間、詠深は自分の分のお昼も忘れることなく手に持つ。向かうはもちろん図書室だ。
「全く……」
「本田さんも大変だね」
教室に残された二人は二人顔を合わせお互いを労るように苦笑を浮かべた。
「うぅ~、結局岡本くんのスリーサイズは聞けなかった……」
「お前なんか変態みたいだぞ……てか、それ聞いて意味あんのかよ?」
「……ないんじゃない?」
「だろーな」
岡本くんのスリーサイズは別に知らなくてもいいとわかったところで二人は図書室へと入る。今はまだお昼を食べている時間だからか図書室を利用しているものは誰もいない。とりあえず二人はお昼を食べるためにカウンターの奥にある作業室の扉を開ける。
「失礼しまーす」
二人で声を揃えて言いながら中に入る。作業室は何する場所かはよくわからないがパソコンやら資料やら色々置かれている。主に委員会での必要なものもここに置かれてたりする。
「はい、いらっしゃい」
「百じぃ!」
「こんにちはー!」
ひょっこりと奥から顔を出したのはつるりとした頭と反比例するように伸びた白い髭を持つ仙人のような見た目の推定年齢500歳ぐらいのおじいちゃんである。常に閉じられた目元が穏やかな印象を与える彼の名は九十九一と言う名の人物だ。
いつもこの作業室にいるのだが、何をしているのかは謎である。図書委員会の担当の先生というわけではない。授業を受け持っているようでもないので先生かも良く分からないのだ。この人の正体についてはこの学校の七不思議のひとつとも言われている。
ただ本については知らないことはないんじゃないかというぐらい異様な知識を持っているということだけは確かだ。
ちなみに詠深は苗字と名前の数字を足して親しみを込めて百じぃと読んでいる。もう、あからさまに狙っているだろうと思う名前から呼ばずにはいられなかったのだ。しかしこの呼び名を言っているのは自分くらいである。
先生達がいる前でこの呼び名を使ったときは恐ろしいものでも見るような目でいつも見られたものだ。肝心の本人である百じぃが構わないと言ったので詠深は気にせず使っている。
「二人ともご苦労さんだね。どれ、いいものをあげよう」
そう言って渡されたのは綺麗な紙に包まれたお菓子である。恐らく和菓子だろう。両手の平に載せたそのお菓子を包むと詠深は笑みを浮かべて百じぃを見る。
「百じぃ、ありがとう!」
「あっ、どうもありがとうございます」
「どう致しまして」
百じぃはうんうんと笑みを浮かべながら頷くと二人の頭をそっと撫でたあと作業室の奥に戻っていった。詠深と龍也はそれを見届けると空いている席に適当に座り昼食を食べることにする。
「うひ、百じぃ優しいなぁ」
「お前、ほんとに九十九先生好きだなぁ」
「おうさ!」
貰ったお菓子を眺めながら詠深は勢いよく頷く。恐らく図書委員の中で一番図書室に来ることが多いためか百じぃともよく関わるがいつもよくしてもらっている。
ちなみに怒ると百じぃは尋常じゃないほど恐ろしかったりする。それもゆっきー以上だ。あの常に閉じられた瞳がうっすらと開き背筋が凍るような思いをするのだ。なぜそんなこと知っているのかなんて不躾なことは聞いちゃいけない。
ただどれだけ怒っても恐ろしくともそんなこと気にならないくらい詠深は百じぃを好きなのだ。
パクリと昼食であるコンビニのパンに詠深はかぶりつく。隣では龍也が弁当の蓋を開けているところだ。のぞき込めば相変わらず綺麗な彩りだ。この中に冷凍食品なんて一個も入っていないのだからすごい。
「ほら、一個やるよ」
「おっ、やったー! ありがとう!」
そう言って詠深は龍也の弁当から迷わず卵焼きを頂く。龍也のお母さんである京子さんの料理は絶品だ。そしてそんな中で何故卵焼きを選んだかは単純にお弁当の定番だからである。
ふわりとした卵とほんのり甘めに味付けされたなんとも言えない味わいが広がる。さすが京子さんだ。
「……もう最高だ、卵焼きがこんなに美味しいものだなんて私は知らなかったよ」
「はいはい、そういえば今日来るだろ」
「……行く」
龍也の家には昔から定期的に晩飯を食べにお邪魔している。毎日行くのは申し訳ないので週に3日お邪魔させていただいている。
そして今日もその日だ。京子さんの料理は死ぬほどうまいので毎日でも食べたいし、龍也の家の人も気にすることなく毎日おいでと言ってくれるがこればっかりはけじめだと一人で決めたのだ。ただそれでもお邪魔させてもらっている時点で大いに甘えているということは理解している。
「ほい、あげる」
ちぎったパンを龍也の弁当箱の上にのせる。京子さんの卵焼きのお礼だ。龍也は別にいいのにとでもいうように苦笑を浮かべたあと「どーも」と一言呟く。
「今日のご飯なんだろうなぁ」
「さーな、でも肉がいい」
そして適当に会話をしながら二人で昼食を食べるのだった。