図書室ではお静かに
昼休みの図書室は朝とは比べ物にならないほど忙しいものだ。利用者の数も圧倒的に多い。貸出や返却の手続きをせっせとやりながら本の整理係である図書委員モブ野郎Cを足蹴にしながらこき使い、手があけば適当に本を読んで過ごす。
そんな昼の図書室の中は朝とは違い図書室という静かな印象の場所も随分と賑やかである。
昼は外で部活の活動がない為か例の美人さんを見ることもなかった……筈なのだが……。
カウンターを挟んで目の前に立っているのは朝初めて会話をした例の美人さんである。
「………あれ、いつもは昼はいないのにどうしたの?」
「べ、別に私がいつここに来ようが勝手でしょ」
「そりゃ、まーね」
「ただ、ちょっと……貴方がなんであの人のこと、その知っているのか気になって」
「あぁ~、なるほど」
顔を伏せながらもじもじと手を動かしている姿に詠深はにやりと笑みを浮かべる。
「さーて、なんでだろうねぇ」
「なっ、まさか、貴方もあの人のこと、そのす、す、好きなんじゃ……!」
「あっ、うん、ごめん違います。ただのクラスメイトです」
まさかそっち方面の誤解をされるとは思わなかったのでそうそうにからかうことを辞める。全く、そっち方面にしか考えられないなんて恋をしている人は盲目とはこのことかと思う。
「そうなの?」
「そうだよ、それ以外でどんな関係を求めてるのさ」
「別にそんなんじゃ……あっ」
「あっ、ごめんよ。どうぞー」
本の貸出の生徒が来たので美人さんに軽く謝った後、受付をする。美人さんもそっと邪魔にならないところに移動した。けれどもチラチラと伺うように見ている姿からどうやらまだ何かあるのだなぁと受付をしながら思う。
「んで、告白はしないの?」
「んなっ!?」
貸出の作業も終わったので声をかければ、その一言で一気に顔が真っ赤になった。
「そんな事出来るわけないでしょ!」
「えー、なんで?」
「なんでって、そんな簡単にできるようなことじゃないのよ」
馬鹿言うな、男なんてなぁ、ちょーと制服のボタン三つぐらいあけて、こう腕で胸を寄せるようにしながら上目使いで、付き合ってくださぁい……って言えばイチコロだよ
「おい、適当なこというなよバカ野郎」
「あいたっ!?」
お手本をしめすように腕で谷間を作りながら猫なで声で言えば、頭に重い衝撃と聞きなれた声、ことの犯人を睨むように視線を向ければ思った通りの人物が分厚い本を片手に呆れたように立っていた。
「痛てぇな、モブ野郎C!」
「せめてAにしろよ」
「ツッコミどころはそこなの!?」
美人さんの戸惑ったような突っ込みに反応するように二人で顔を向ける。その視線が居心地悪いのか身じろぎ落ち着きのないように美人さんは佇んでいる。
「てか、丸山さんと詠深知り合いだったのか?」
「もちろんだとも、めちゃくちゃ仲いいよ。ねー?」
「そんな訳ないでしょ、ばか言わないでよっ!」
「……お前めちゃくちゃ嫌われてるじゃねーか」
「あれぇ、おかしいなぁー」
適当に軽口を言いながら、思うのは美人さんの名前についてである。朝から話して今この時まで名前を知らなかったのだ。どうやら苗字は丸山というらしい。
「龍也こそ、知り合いか何か?」
「同じクラス」
「おぉ、まじか!」
モブ野郎Cこと、喜多龍也に聞いたことから詠深は図書の貸出で使うファイルを開く。
図書室の本の貸出は本についているバーコードとこのファイルに入っている各クラスメイトの名前を読み取って行う。つまりファイルには全生徒の名前が書かれているのだ。詠深は龍也のクラスのページを開くと丸山という名前を探す。
「あ、あった。えーと丸山美穂か……じゃあこれからはみほみーって呼ぶね!」
「ちょっと、そんな気持ち悪い呼び方やめてよね……」
「よろしくね、みほみー」
「よろしくな、みほみー」
「ちゃっかり喜多くんも便上しないでよ!」
詠深は笑いそうになるのをぐっと耐える。やばい、みほみー面白い。隣にいる龍也をチラリと見れば奴も口元に力をいれているので笑いを耐えているのがわかった。どうやらこいつも面白がっているようだ。全く、女の子をいじめて楽しむなんて最低だな、と自分のことは棚にあげ詠深は内心で龍也を罵倒する。
「それにしても、やっぱりみほみー好きな人がいたんだなぁ。相手誰なの?」
「やっぱりってどう言う意味よ……。教える訳ないでしょ」
「……すまねぇな、こればっかりは私からも教えられん」
視線で問うてきた龍也に対して詠深は肩を竦めて答える。流石にそこまでデリカシーのないことはできない。
……ほんのちょっと一瞬だけ言おうと思ったことはそっと胸の奥にしまっておくことにする。
腕を組んで首を傾げて考えている龍也の姿に詠深はにやりと笑みを浮かべる。カウンターに肘をつくとニヤニヤとした表情を隠すことなく見上げるようにして龍也を見ると完全にからかうためだけに口を開く。
「なんだよ龍也くん、わかんないのか?」
「……わからなくていいのよ」
「私は一発で当てれたぞ~」
「なんだ、詠深は当てれたのかよ。ふーんなるほどなぁ……。悪いな、これは相手分かっちゃったかもしれねー」
「「えっ!?」」
あまりのことにか二人揃って驚き声をあげていた。龍也はといえば先程まで詠深がしていたものと同じような笑みを浮かべている。つまりすごくニヤニヤしている。
くいくいっと手の指を曲げるので顔を寄せる。みほみーもつられるように龍也に顔を寄せていた。
そして小さい声で龍也が言った名前は見事に正解だった。恐ろしい、なぜわかった。みほみーは悪あがきの様にどもりながらも違うと繰り返しているが、残念なことに真っ赤な顔でそんな事言ったところ意味はないと思われる。
「どうやらビンゴみたいだなぁ」
「うぅ~、なんでわかるのよ貴方達……」
「ほんとに、お前なんでわかったのさ?」
どうやらもう、みほみーのライフはゼロのようだ。声すら弱々しくなっている。そして流石に詠深も不思議に思い龍也に聞く。龍也はニヤニヤとした笑みを浮かべながらも口を開いた。
「まぁ、簡単なことさ。放課後に意味あり気に外の景色眺めてるから運動部ってことは確か、それにみほみーは朝も確か来てたろ? ここ最近朝練してるのなんて野球部ぐらいだし、それにこいつが一発で当てれるほどよく知っている野球部員ってなると一人だけだしなぁ」
「おぉ、お見事」
どっかの誰かさんとは違った名推理である。龍也は腕を組むと得意顔で自分を見下ろしている。なんだかムカつくし、悔しいが今回は素直に推理の負けを認める。
おそらく自分がまぐれで答えを導き出したことは龍也にはばれているのだろう。
「ちょっと待ちなさいよ、これって貴方が余計なこと言わなければ喜多くんもわからなかったんじゃないの?」
「……まぁ、そうなるな」
「あらら、えーと」
みほみーからのジト目で言われた言葉に追い討ちかけるように龍也が援護する。するとますますみほみーからの睨みがきつくなった。なんというか美人の睨みというのは怖い。
さて、どうしようかと視線を漂わせて詠深は考える。頭の中にはいくつかの選択肢が浮かんでいる。
『逃げる』
『誤魔化す』
『謝る』
とりあえず謝っても許してもらえなさそうなので逃げたいのだが、残念ながら受付をしなければいけないのでそれは不可能だということはわかる。つまり残された選択肢はひとつ!
「……て、テへペロ」
とりあえず、誤魔化すことにした。
「~~~もう、ばかっ!!」
「ご、ごめんなさーいっ!」
しかし、結局謝るに越したことはないということを思い知っただけだった。龍也はといえば腹を抱えて爆笑である。
クソ野郎後で覚えてろ、と内心で毒づききながらも詠深は本を借りる生徒が来たので受付の作業に移る。
ちなみにみほみーのばかっ、という罵倒にやっぱり内心ときめいたのは内緒である。Мではない、決して……。
「で、みほみー告白しないの?」
「……貴方達二人とも同じような事聞くのね」
「そりゃやっぱりこの質問に行き着くでしょーよ」
「だから、しないわよ。そんなこと……」
「いやぁだからみほみー、ベッドの上で真っ裸で告ればイチコロだってさっき言ったじゃん。そのままベッド・インだ」
「そんなこと話してなかったでしょ!? 全然違うことになってるじゃない!」
「そうだっけ?」
受付の作業が終わったので話に加わればみほみーから鋭いツッコミが入る。みほみーの顔はもう、憐れなぐらい真っ赤だ。
「お前、シチュエーションは選べよ」
「でもされたら嬉しいだろ?」
龍也の呆れたような指摘に詠深が当然のことを言っているように答える。男がベッドインで落ちるのは確実だ。
それを行うのがみほみーとなればそりゃもう心理学なんてこの世に必要ないとすら思える。
「バカ野郎、最低限隠れてるのがいいんだろ。大体脱がす喜びってもんがあるだろ」
「しまった! 失念していた」
パチンと詠深はわざとらしく自分のオデコを叩く。それに合わせて龍也が肩を竦めてやれやれとでもいうように首を振っている。
「お前は考えが甘いなぁ」
「くっ、……まぁ、ということでみほみー告るなら最低限着ていた方がいいぞ」
「だからしないってばぁ、もうっばかっ!!」
「あっ、みほみー図書室では……」
「「お静かに」」
「もうなんなのよっ、この人たちぃ~っ!!」
そんなこんな話していれば、すぐに昼休みも終わりに近づく。予鈴の五分前あたりから貸出をする人が増えて来るので詠深はせっせと受付の作業をする。龍也も手伝ってくれているので作業はスムーズに進む。
みほみーは先に戻るのかと思えば受付のそばで変わらずに詠深達の作業を見ている。どうやら待ってくれているらしい。
とりあえず、受付の仕事も終わり、図書室の奥の作業室に引っ込んでいる先生に声をかけて図書室を三人で出る。
「ねぇ、貴方達付き合ってるの?」
「はぁ!?」
あまりにもありえないことに思わず、二人揃って叫ぶ。そんな姿にみほみーは仰け反りながら驚くように大きく見開いた目をパチパチと何度か瞬きをしている。
詠深は苦虫を噛み潰したような表情をすると龍也の方へ向く。龍也も同じような表情をしてこちらを見ていた。そんな風に同じような反応をするからだと思う、というみほみーの呟きは無視である。
「龍也と付き合わないと死ぬと言われたら……私は迷いなく死を選ぶ」
「酷いな。ちなみに俺は迷いなく言った相手を抹殺する」
「……どっちも酷いわよ」
「まぁ、それくらいありえないってことさ、あぁやばい鳥肌が……」
詠深は鳥肌が出てしまった腕を手でさする。そしてありえない考えを振り払うように頭を何度も振る。龍也も自分ほどあからさまではないものの似たような反応をしている。むしろ口元を抑えている姿から多方吐き気でも耐えているのだろう。ある意味こちらの方がひどい。
「でも、ただの友達としては随分と仲が良いじゃないの」
「そりゃ、幼なじみだからねぇ」
未だに自分の腕を摩りながら詠深が言う。それに応じるように龍也も口元から手を離して口を開く。
「幼稚園の頃からだからな」
「どうりで息がぴったりなわけよ」
「「まぁ、それは否定しない」」
またしても声を揃えて言えばみほみーから苦笑が返ってくる。詠深と龍也もお互いに顔を合わせて笑い合う。
「そう言えばその、貴方のこと……なんて呼んだらいい、かしら……」
「えっ?」
随分と歯切れ悪く言われた言葉に詠深は反応しきれずに間抜けな声をあげてしまう。みほみーはといえば顔を下に向けたまま手をもじもじと動かしている。
チラチラと髪の間から伺うように除く瞳は計算されているのかと思わず疑ってしまう。ぶわりと胸に広がるこの感情は――いやいや百合じゃないっ、と内心ひとりで焦りながら弁解する。
「そ、そうだなぁ………じゃあよみよみでいいよ!」
「呼ぶわけ無いでしょ、ばかっ!!」
内心の焦りが少し出てしまい吃ってしまったが、あだ名の提案をする。しかし速攻却下されてしまった。まぁ予想通りだ。詠深は頭の後ろで腕を組むとわざとらしく苦笑を浮かべる
「仕方ない、普通に詠深とか、田島でいいよ」
「貴方の名字、田島って言うのね」
「あぁ、そう言えば自己紹介してなかったもんね。うん、田島詠深といいます。どうぞよろしく」
「よ、よろしく、その……よ、詠深……」
「はいよー!」
名前を呼ばれたので勢い良く返事をしておく。そのままなんとなしに隣に歩いてるみほみーの姿を横目で見て思わず詠深は歩みを止める。
照れて顔を伏せているが赤く染まった頬と嬉しさを噛み締めるように浮かべる笑みがバッチリと見えてしまっている。ドキンと一度強く胸が鳴った。唖然とした状態で胸に手を当て立ち止まったままの詠深に気づくことなくみほみーは歩いて行ってしまう。詠深はそんなみほみーを見つめて見送る。
「おい、龍也、この高なる胸の意味を教えてくれ……」
詠深は同じように立ち止まり隣に並んでいる龍也にそっと尋ねる。このこみ上げてくる思いの正体がなんなのか、知らねばならないと思ったのだ。この先自分はもしかしたらいばらの道を進まなければならないのかもしれないと内心で身構える。
龍也は未だに一人で歩いていってしまっているみほみーに視線を向けながら口を開いた。
「お前そりゃあれだよ、萌えというものだ」
「萌えっ、だと……っ!?」
はっ! と思わず息を呑む。頭の中で何かが弾け、清々しい気分になるのがわかった。龍也といえば「あぁ、ツンデレ萌えと言う奴だな」と言いながらうんうんと頷いている。
「龍也くんや私は今、鱗から目が落ちた気分だよ」
「落ち着けバカ野郎、逆だ逆。目から鱗が落ちるんだよ」
「うむ、そうとも言う」
「ちょっと貴方達、早く着なさいよ。授業に遅れるわよ!」
ようやく一人で歩いていた事に気づいたらしいみほみーが振り返り叫んでいる。それに返事をすると詠深は龍也と歩き出す。
追いついて隣を歩きみほみーからの小言を聞きながら詠深は納得するように一人頷く。なるほど、これがツンデレかと。
この日、高校一年にして田島詠深はツンデレ萌えに目覚めたのった。