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図書室の受付係  作者: 空が昏れ
窓辺の君
12/14

図書室の受付係

エピローグ

 放課後のずいぶんと遅い時間、もう図書室を利用する人もいない中、詠深はカウンターに座りひとり本を読んでいた。

 利用者がいなくなっても図書室を開けているのは単純に詠深がまだここにいたいからだ。むしろこんな時間まで好きにできるのが受付係の醍醐味といえるかもしれない。


 誰もいないということと本に集中していたせいもあり詠深は図書室に人が入ったことに気づかなかった。

トントンとカウンターの机をノックする音で詠深は顔を上げる。そしてそこにいるのが知っている顔だった為、いつも受付をする時とは違う親しいものに向ける笑みを自然と浮かべていた。


「どうも先輩、あの時ぶりですね」


 あの日の愉快な出来事を思い出してにっこりと微笑んで言った自分とは対照的に、先輩といえばまるで苦いものでも噛み潰したような表情だ。

 はぁ、と疲れたようにため息をつくと先輩はカウンターにもたれかかる。そんな様子にただ本を借りに来た訳じゃないのだろうと悟り、詠深は読んでいた本を脇に置くと椅子にもたれかかりそんな先輩を見上げた。


「探してる本があるんだ……」


「あぁ、それなら作家名か作品名でも言って下さればこっちで検索しますよ」


「じゃあ頼む」


 そうして告げられた名前に詠深は思わず顔が引き攣る。なんというかずいぶんとマニアックなものを指名してきたものだ。

 その本は一部では有名な作者が初期に出した本の一つだ。ファンタジーや推理もの、文芸に至るまで幅広く書かれている。名がしれたものもあればファンでないと知らないだろう物もあるが揃って全て面白い。

 そんな作家だが、何故かとある本だけ色々あるのか一度世に出ただけで再版されずにいるものがある。上下セットで一つのその本は1冊でさえ入手困難なのに両方セットとなると相当なものだ。まぁ、その作者の熱狂的なのファンでもないと存在すら知らないような世間には忘れられた本である。


「流石にそんなマニアックな本は学校の図書室に置いてないです」


「……だろーな」


「わかって聞くとは、いい趣味してますね」


 言葉を漏らした先輩に詠深は思わずジト目で見ながら言い返す。それに先輩は軽く鼻を鳴らすと口を開いた。


「俺があの時されたことに比べたら大した仕打ちでもないだろ」


アハハー、その説は……お世話になりまして」


 思わずそっと目を逸らす。それを言われては何も言えなくなってしまう。


「まぁ、あんまり意味はなかったみたいだが……。まさか知っているとは思わなかった」


「ある意味有名ですしね」


 あの作家の熱狂的なファンなら1度は読んでみたいと思う作品だ。ただ、残念ながらあの本を読もうと思えばそれこそオークションで落とすか、国立国会図書館にでも行かなきゃ無理と言われているくらいのものだ。


「まぁ、探してるってのは本当なんだがな」



 小さな声で呟かれたその言葉はこれといって聞かせるためのものでは無いように思えた。どちらかといえば独り言だったのだろう。けれどもだからこそ、それが本音だという事はわかった。


「ファンなんですね」


「そうだな、一度でいいから読めたらと思わずにはいられない」




 そして先輩はその日は数冊本を借りて帰っていった。

 先輩が帰ったあと詠深も図書室を閉める準備に差し掛かる。そしてあらかた終わったあとに作業室の中へと入っていった。


「百じぃ」


「おや、帰えるのかい」


「うん」


 いつものように帰りの挨拶をするため百じぃに声をかける。相変わらずこの部屋にずっといて何をしているのか不明な人だ。


「あとねお願いがあるんだ」


「何だい?」


 優しく促されるままに詠深はお願いを言う。百じぃも詠深のお願いにいつもの優しい笑顔で頷いてくれた。


 読みたい本が読めないつらさはわかるつもりだ。お金の問題や単純に入手が困難だということで諦めてしまわなければいけないこともたくさんある。

 それでも読みたいのだ。どうしてもその物語にふれたいと思うのだ。




 1週間後借りていた本を返しに放課後の遅い時間に先輩は来た。本を返すだけなのでべつにカウンターに直接渡す必要もないからか先輩は返却ボックスに本を入れ一度自分に視線を向けた後そのまま帰ろうとする。

 そんな姿に詠深は苦笑すると先輩を呼び止めるために口を開いた。


「先輩、ちょっと待ってください」


「…………何だ」


 さも嫌なことでもあるように顔を歪めながらも先輩はその場に立ち止まってくれた。


「まぁ、渡したいものがあるんでちょっと待っててください」


 そう声をかけると詠深は怪訝そうにしている先輩を置いて座っていた椅子から立ち上がり奥の作業室へと入る。そして中いる百じぃに笑みを浮かべると机の一つに置かれている紙袋を手に持つ。そんな様子に百じぃも優しく微笑んでくれた。

 作業室を出ると先輩も自分が手に持っている紙袋に目を向ける。流石に渡したいものがこの紙袋ということに気づいているのだろう。それでも中身がわからないからか怪訝そうな表情は変わらない。


「はい、先輩お待たせしました」


 そっと紙袋をカウンターに置く。すると先輩の眉間の皺がひどくなった。


「何だ、これ……」


「まぁ開けてみてください!」


 そういった瞬間の先輩の嫌そうな顔といったらない! もう、完全に自分に対して警戒しかしていないという事実がここまでくると逆に面白い。それでもそっと、警戒しながらも先輩はゆっくりと紙袋の中を開ける。

 そしてその中身を見た瞬間のひゅっと先輩の息を呑む音が聞こえた。そんな姿にそっと微笑むと詠深はいつもの定位置のカウンターに腰を下ろす。


「ご迷惑をかけたお詫びです」


「な、んっ…………まて、そもそも……どうやって」


「百じぃ……じゃなくて、九十九先生に頼んだんですよ。あの人が持っていない本なんてないんじゃないかなって私も不思議に思いますよ」


 コレクターなのかただの本好きなのかとにかく日本はもちろん、海外の本でも何でも、画集から図鑑や絵本に専門書まで本というのならあらゆるものを持っているらしい。ちなみに自分もたまに頼んで本を借りていたりする。


 聞いているのか聞いていないのか先輩は紙袋の中から目を離さずにいる。そしてそっと手を中に差し入れると2冊入っているウチの1冊の本をゆっくりと取り出す。

 本を撫でる手が優しく、その手が少し震えているのが見えてしまったのでそっと目をそらした。何だか見てはいけないものを見てしまったような気分だ。



「読んで、いいのか……?」


「もちろんです。貸出はいつも通り一週間でお願いしますね」


「……借りて、借りていいのか?」


 唖然と呟かれた言葉に流石におかしくて笑ってしまう。笑いをおさめて未だにどこか緊張して強ばっている先輩を見上げる。


「いいのかも何も、ここは図書室ですよ。本を読んで、貸出できるのは当たり前じゃないですか!」


 にやりと笑みを浮かべ見上げながら言ってやると、先輩は驚いたように目を見開いたあと手に持つ本を見るようにそっと顔を伏せた。



「全く、お前はいったい何なんだか……。よくわからねぇやつだな」


 下からちらりと横目で見上げたが顔を伏せた状態にも関わらずうまいこと顔が隠れており表情を見ることはできなかった。それでもその声が相変わらず呆れたような、それでいて笑い混じりのものだったからほっとした。どうやら泣いてはいないらしい。



「何なのかなんて、そんなの――」


 質問に答えるためそっと静かに言葉を紡ぐ。そうすれば視線を向けられたのを感じたのでこちらも顔を上げて目線を合わせる。

 顔には自然と笑みが浮かぶ。あの問いに対して返そうと思い浮かんだ言葉は、なかなか洒落ていて何よりも自分を愉快にさせた。



「図書室の受付係、ですよ――」


 堂々と言えば先輩は少し驚いたように目を見開いたあと、クっと喉を鳴らしながら笑う。横を向いて肩を揺らし、クツクツと笑うその姿は自分が先輩と関わった中で初めて見る笑顔というもので少し驚いた。

 基本会う時は起こっていたり呆れていたりだったので余計にかもしれない。……まぁ、主に原因は自分にあるのだろうが。

 そんな風に思いを馳せていれば、少し笑いをおさめた先輩が笑みはそのままにこちらに向き直り口を開いた。


「なるほどな……。じゃあ期待してるぞ、図書室の受付係さん」


 そう言った先輩の声はずいぶんと親しみが込められてそれでいて優しいものであった。それにしても笑った顔を向けられたのがどうにもむず痒い。今までのギャップもあるのかもな、そう思いながら詠深は胸の内を悟られないようにとそっと視線を外してしまう。

 こんなに嬉しそうにするのだからよほどこの本を探していたのだろうな。そう結論に至ると同時にだからこそ、それに貢献できたことがなんだか小っ恥ずかしいながらもやはり嬉しく感じる。


「もちろんです」


先輩の言葉に詠深は頷きながら応える。

求めている本を提供するのも、図書室の受付係として自分が行うべきことだと思うから。


「また探している本があれば言って下さい」


その時は自分がきっと見つけて見せましょう。


暫く見つめ合った後、詠深は先輩と互いにおかしそうに笑い合うのだった。

その後の物語はいつの日かまたどこかで……。

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