変わらずに
「で、みほみー……またどうして朝早くから図書室に?」
次の日の朝、いつもの時間に図書室を開け、しばらくした後に訪れたみほみーに詠深は首を傾げ心底不思議そうに聞いた。昨日晴れて岡本と結ばれたみほみーがこの図書室にわざわざ朝早くから来ることはないだろうと思うのだが……。
「そんなの岡本くんを見に来たに決まってるでしょ」
「……けど、わざわざこんな遠いところからじゃなくても堂々とグラウンドとかで見ればいいんじゃ……?」
ツンっと答えられた言葉に詠深も思っていたことをそのまま返す。実際この図書室からみほみーが岡本を眺めていた理由はこっそりと眺めることが出来るからだろうと詠深は思っていた。
「い、いいのよ! 私はここで見たいんだから!」
「そ、そっか……」
しかし詠深の言葉にみほみーは顔を顔を真っ赤にすると勢いよく言い返す。何故かずいぶんと慌てているようなみほみーの様子と何故そんなことになっているのかわからないという理由で詠深はたじろぎながら返事を返す。
「それはそうと貴女、昨日の双眼鏡が何だったのか……もちろん説明してくれるわよね……!」
「い、いやぁ、あれはその……天文部の先輩と星でも見ようかと……」
「嘘言いなさい! ほんとはあれで覗いてたんでしょ――!」
みほみーから言われた言葉に詠深はそっと目をそらす。これは完全にバレてぇらぁ……。そんな自分の様子にみほみーは確信したのかさらに顔を赤くさせて詰め寄ってくる。
「だいたい、あの時も急にいなくなって……せめて声くらい声かけてよね!」
「まぁ、結果的にうまくいったし……」
「それとこれとは別よ、馬鹿っ!」
そして結局、詠深は授業の始まる五分前のチャイムが鳴るまでみほみーに昨日のことを問い詰められていたのだった。
「というか、みほみー岡本見てなくね……?」
教室の自分の席につき、先ほどのみほみーとのやり取りを思い出し、詠深はひとり呟く。しかしそのつぶやきに答えるものはいない。けれども詠深はなんとなくみほみーが図書室に来た理由を察し、ひとりニヤニヤと笑う。
そしてみほみーはやはりツンデレだと確信するのだった。
その日の休み時間である。詠深は岡本の席の前に立つと座っている岡本を見下ろしながら、思いっきり睨みつけた。
「くっそぉ、はげろ! もげろ!」
「もげろって……田島、一体俺に何の恨みがあるのさ」
「うるさい、みほみーほどの彼女をもった男を恨まずにいられるか!」
「あぁ、なるほどね」
二人が付き合うように加担はしたがそれはそれで別というものである。八つ当たりも兼ねて啖呵を切れば岡本は怒るどころかどこか納得したように頷く。そして照れたようにはにかむ。
その一連の動作に思わず頬が引きつる。なんというか、今の岡本は自分が何をしようと無敵のような気がする。
そんなことを思っていればふらりと隣に人が立った。見ればクラスメイトのひとりが自分以上にやばい据わった目で岡本を見ている。また反対側に人が来たので目線を向ければ同じくやばいくらい据わった目で岡本を見ている。
しかもどちらも少し前かがみで、まるでゾンビのようだ。とりあえずそんな奇妙な二人に挟まれているのは嫌だったので詠深はそっとその場を離れていく。
「岡本、貴様彼女ができたのか」
「しかもまさかと思うがあの学年一の美女と言われている丸山さんのことではあるまいな」
「……うん、まぁ…………丸山さんのことだ、よ……」
「貴様ァ――!」
「我らが高嶺の花をっ――!」
くわっと目を見開き岡本の胸ぐらを掴み詰め寄るクラスメイト2名を遠巻きに眺める。自分も人のことは言えないが彼らも大概酷く理不尽なような気がする。
かと思えば別の場所では……。
「彼女か……あいつに出来てどうして俺にはできないのか……」
「性格じゃね?」
「性格か、なら仕方ねぇな……」
「別にリアルじゃなくてもいいだろ。二次元なんて無限の可能性があるぜ」
という会話が聞こえてくる。流石に気になり視線を向ければ一人はどこか遠くを眺め、もう一人はまるで悟りでも開いたかのようにとても穏やかな表情をしている。
なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして詠深はそこからそっと目をそらした。他にも別の席で岡本とみほみーの名前が上がっていることからどうやら今日一番の話題のようだ。
「付き合ったのね、岡本くんと丸山さん」
「あっ、ゆっきー」
そっと詠深の隣にやってきたのはゆっきーである。ただその視線はまるで哀れむように岡本の方へ向けられている。彼女が出来て幸せな相手に向ける視線とは思えなかった。
岡本はといえば二人のゾンビに詰め寄られて、屍となりかけている。そりゃあれだけ揺さぶられれば流石に本日は愛のパワーで無敵のはずだった岡本もダメージを食らうようだ。哀れ岡本、だが助けなどしない!
「あんたが関わることは全部惨事になっていくわね」
「ひどい、ゆっきー!」
ゆっきーのあんまりな言い草に思わず叫ぶ。確かにクラスメイトはゾンビと化し岡本は屍になりかけ、他にも黄昏ているものと嘆いているものがちらほら見られるが……惨事までにはいっていないはずだ!
「それにしても、よく二人をくっつけようと思ったわね。丸くは収まったからいいけど、もしかしたらうまくいかない場合もあるでしょうに」
どこか責めるようなゆっきーの口調もわからない訳では無い。流石にあんなやり方、傍から見ていたらとてつもなく強引というものだろう。
決して良い行いというわけではなかったと自分でも思う。うまくいったから問題ないが、もしもいかなかったその時はただ傷つける行為でしかなかっただろう。それは詠深もわかっていた。
けれども――。
「両片思いの2人ってのは馬鹿みたいにから回って遠回ってすれ違わないでもしない限り、うまくいくものさ、ゆっきー」
「両片思いって……岡本くんもってこと!?」
ゆっきーの驚いたような声に詠深は肯定するために頷く。
あれはお互いがお互い好いていたとわかったから詠深もあんなおせっかいな行動に移したのだ。
自分に興味のないはずの岡本から最近よく視線を感じることがあった。そして決まってそれはいつも自分がみほみーの話をしている時だった。そこから想像出来ることなんて大方決まっている。それはあのみほみーが岡本の従姉妹を彼女と勘違いした以前からわかっていたことだ。だからこそ彼女なんてありえないことだと思ったのだ。
どういうことか問うように見つめるゆっきーに詠深は岡本の方を向きながらそっと微笑み、答えるために口を開く。
「ただの本を読む者の感さ」
本を読めば色んな描写や感情が文字としてそれはそれはご丁寧に書き出されている。恋をしたことなんて自分はないけれど、本から得た情報で行動も感情も察することはできる。
自分がもっていない感情も、わからない想いも全部本から学んできた。文字の中に広がる世界は空想と想像のものかもしれないけれど、そこに広がるモノはあながち間違いではない……。
「はいはい、さすが図書室の受付係はいうことが違うわ」
ただそんなことよくわからないのだろうゆっきーは自分の言葉に呆れたような反応を返すだけだった。そんなゆっきーに詠深は一瞬だけ苦笑した後すぐにニヤリとした笑みを向ける。
「まっ、図書室の受付係たるもの恋の悩みくらいお手の物! ってやつさ」
「あんたは何目指してるのよ」
くすくすと笑いながら突っ込むゆっきーと詠深はいつも通り和やかな会話を楽しむ。もちろんどんどん愉快という名のカオスになっていく周りは放っておいて、だ。
そして詠深は知らない。この時の言葉がきっとのちの図書室の受付係をする上でフラグとなっていたなど……まだこの時の詠深には知る由もなかったのであった。




