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図書室の受付係  作者: 空が昏れ
窓辺の君
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図書室の受付は朝から

 朝の授業が始まる前の時間と昼休みそして放課後の時間に図書室は開いている。そこではほぼ毎日同じ生徒である受付係が貸出や返却を取り締まっている。図書委員の中で最も不人気のその役目に当たったのは一年の田島たじま詠深よみである。

 意味のわからない上下関係により大変で面倒なものは一年、そこから学年が上がる事に本の買い出し当番などの面白そうな役目が割り振られていく。そして見事一年の中で、正々堂々とした真剣勝負(またの名をじゃんけん)で見事ボロ負けしたのが詠深であった。

 まさか一発目で、しかも数人の生徒が集まった中での一人負けをするなんてある意味運命を感じた瞬間だった。そしてその後の図書委員内でのネタとして度々からかわれているという有様だ。


 今日も朝早くから所持を許可されている鍵を使って図書室を開ける。朝に図書室を開ける時間は一応自由だが、詠深は授業が始まる三十分前に開けることにしている。幸い学校から家まで徒歩で行ける距離なのでそれほどの苦労はないが、早く来ていることに代わりはないのでなんとも言えない。

 ふぁ~、とあくびを隠すこともせずにすると詠深は受付の席に座る。返却されたばかりの本が置かれた棚から、適当な本を取ると椅子に深く腰掛けただらしない姿で読み始める。

 朝から図書室を利用する生徒は少ない。多い日でも片手で足りるくらいだ。それでもゼロというわけではないのが不思議なものだ。本を返しに来るだけの生徒や新刊を一番に借りにくる生徒、勉強をしに来る生徒や本を読んでいる生徒などと日々様々だ。

 朝早くは苦手だがこの図書室の時間が嫌いではないのでついつい真面目に来て受付係をしてしまう。それに当番をしている中でこのもっとも静かな空間というものも悪好きだ。またそれを提供することができるのなら多少苦労してもいいかなとも思っているのだった。



 そんな朝の図書室に最近イレギュラーとも言える出来事があり詠深は気を持っていかれている。というのもここ一週間、朝と放課後に来る女子生徒が原因だ。その女子生徒はというと特に本を借りるでも読むでも、はたまた勉強するわけでもなく。ただひたすら窓から外の景色を見ているのだ。一体何を黄昏ているのかと最初の時は思ったものだがそれが続くとなれば何か理由があるのだろうと察することもできる。もちろん、それが何かまではわからないが……。

 今日も朝から件の生徒が来ていたので詠深は本から視線を少しあげてその生徒を観察する。窓からはグラウンドの景色が見えるぐらいしかないはずだ。そこに何かあるのだろうか。

 詠深もつられるように窓に景色を向ける。あいにくと詠深の座っている場所からは空の景色ぐらいしか見ることができない。ただ朝から部活の練習だろう掛け声が閉じられている窓から微かに聞こえていた。


 詠深は窓に向けていた視線を外すと室内を見渡す。今日の来訪者はどうやら件の女子生徒一人のようだ。そう確認すると詠深は椅子から立ち上がる。そして例の女子生徒が覗いている窓に向かい歩き出した。

近くにたっても女子生徒は詠深の存在に気づくことも無く。夢中で窓を覗いている。このまま大きな声を後ろからかければとても良い反応が返って来るだろうが流石にこらえる。

 代わりに、同じように隣に並んで窓をのぞき込む。ここでようやく驚いたように女子生徒は詠深を見た。ピクリと跳ねた反応に笑いで歪みそうになる口元を耐えながら詠深は口を開いた。


「いつも何見てるのさ、何か面白いものでもあるの?」


 外に向けていた視線を女子生徒に向ける。上履きのラインの色で同じ一年だとはわかるのでタメ口だ。女子生徒はといえば驚いて目を見開いて固まっている。ここ最近見かけることが多いが詠深はそこで初めてこの女子生徒の顔を認識することができた。いつも髪型や窓に来ているという事実などで判断していたのでどんな見た目かとあまり気にしていなかったのだ。

 印象としてはなんだか気が強そうな子だなというものだ。今なお驚き見開いている猫のような大きなつり目が理由だろうか。ただそれがこの女子生徒の魅力をなんとなく引き立てているような気がした。そしてサラサラの長い髪にきめ細かくニキビひとつ見つからない白い肌、つまり随分な美人さんだ。


「な、何よ急に!?」


 少し裏返った声とこちらを睨むように伺う姿は完全に警戒心全開の猫のようだと思った。いきなり声をかけたらそらビビるよなぁ、と内心で思う。ということで、まずはコミュニケーションの基本から入ることにした。


「あぁ~おはよう」


「は、はぁ!?」


 しかし、相手の警戒心は解かれない。どうやら効果は今ひとつのようだ。コミュニケーションの始まりは挨拶からではなかったのか。

 うーん、どうしようかと悩んだのは一瞬だ。相手の警戒心などどうでも良くなったのだ。


「いやぁ、最近ずっとここにいるから何かあるのかと思って」


「別になんでもないわよ!

それに、何かあったとしても貴方には関係ないでしょ」


「うん。でも気になったからねぇ……。

あぁ~それにしても朝から部活とは大変だねぇ…………よいしょ!」



 窓を開けると詠深は顔を出して下のグラウンドの景色をのぞき込む。図書室は二階にあるのでグラウンドの景色が一望できる。どうやら朝っぱらから練習をしていたのは野球部のようだった。

 隣の女子生徒は開けた窓から強く伝わる声に反応するように視線をチラチラと向けているが、詠深が気になるのか先程のように食い入るようには見ない。


「誰か、知り合いでもいるとか?」


「べ、別にそんなんじゃないわよ!」


「あぁ、なるほど察した。好きな人でも見ていたのか、ふむふむなるほど」


「ち、違う!」


「………ってあれ、まさかのビンゴ?」


 適当にからかうために言ったのだが白い肌が真っ赤に染まっている反応がどうにも正解としか思えなかった。そしてその可哀想なぐらい真っ赤に染まった頬がまるでトマトのようだとなんとなく思った。


「あぁ、トマト食べたいなぁ」


「はぁ? 何でトマト?」


「いやいや、なんでもないよ。

それよりも誰なのさ好きな人って」


「ちょっと、ほんとに違うんだからね!?

ねぇ、ちょっとこっち向きなさいよ、アナタ!」


 ねぇ、ちょっと!? ほんとに違うから! と横で騒いでいるのを無視し、うーんと唸りながら詠深は目を細めて部活に励んでいる野球部を観察する。その中で見知った生徒に似た姿を見つけ思わず目がいく。そして目が行くついでに勝手にターゲットにさせてもらうことにした。


「わかった。岡本くんでしょ!」


「な、なんでわかったのよっ――!?」


「……あれぇー」


 完全に裏返った声で正解と答えをもらってしまった。逆に当たってしまい。色んな意味で驚いたのは詠深の方だ。ただクラスメイトなのでその名を言ってみただけだったのだが、まさかの正解だとは恐ろしいものだ。どうやら今日は名探偵の日らしい。


「ま、まぁ、私にかかればこれくらいのことお見通しさ」


 ふっと、息を吐きながら髪をかき上げ適当なことをいう。女子生徒は得体のしれないものを見るように詠深を見ているが、なんてことないトリックさ、要はただのまぐれだ。と、内心で答えるだけで決して伝えはしないでおくことにする。


「それにしても、岡本くんかぁ」


「何よ」


「いやいや、なんでもないですよ~」


 全く個人的な意見だが正直いってここまでの美人さんがとなりに並ぶと岡本くんがとても残念なことになりそうだと思ったことは内緒だ。岡本くんは別にブサイクという訳ではないがイケメンとも言い難い。どこにでも溶け込める冴えない見た目の顔立ちをしている。

ただ、笑った顔はとても愛嬌があるなというのが詠深の勝手な印象だ。

 しかし、性格のイケメン度ならむしろMAXだろうとも思っている。詠深はある日の出来事を思い出す。


 そう、あれは友達をコインで攻撃した時のことだ。ちょっとはまっていたアニメの主人公の真似を悪ふざけでしようと思ったのだ。威力重視とそして友達に対するせめてもの情けと言う意味で百円を使ってしまったのだ。しかし指で飛ばすのは思っていた以上に難しく、百円は友達に当てることはできず、見事ゴミ箱の中に入ってしまったのだ。そして、指が痛かった……。

 この御時世、貴重な百円をゴミ箱に入ったからといって諦めることなんて出来る訳もなく。ゴミ箱をあさっている姿にクラスメイトが笑っていた中、なんと岡本くんは一緒にゴミ箱の中をあさってくれたのだ。岡本くんのおかげか見事に百円は見つかった。そしてその百円を使い感謝の気持ちを込めてジュースを奢ったという弁解はさせてもらおう。

 ちなみに友達には百円攻撃をしようとしたことがバレ、後で一発拳をもらったのは情けないので内緒だ。今度いつか仕返しをするつもりでいるというのも内緒だ。


 しかしそんな内面はイケメンな岡本くんを好きになるなんてきっとこの美人さんは目の付け所がいいのだろう。そういう意味ではこの美人さんと性格イケメンの岡本くんはとてもお似合いなのかもしれない。



「まぁ、岡本くんすごくいい人だもんねぇ」


「そうよ、すごく素敵な人なのよ」


 岡本くんを見ながら過去を思い出し、しみじみとした気持ちでつぶやけば隣から綺麗な声で返事が帰ってくる。ちらりとと隣を伺えば一心に窓から野球部が活動している方を眺めている美人さんがいた。

 風に靡く長い美しい髪の真似をするようにカーテンがふわりと広がる。朝の光を浴びてか、はたまた別のものがそうさせているのかはわからないが淡く煌めくその姿は、陳腐なたとえだが芸術品のようだと思った。


「顔が真っ赤ですよー」


「うるさいわよ、ばかっ!!」


 真っ赤な顔のまま、焦ったような裏返った声で言われたばかっ、にときめいたのは気のせいだ。おかしい確かに自分はノーマルのはずだ、決してMでも百合でもない、と必死で詠深は自身に弁解する。


「全く、変な扉開かせかけないでくれよ」


「はぁ? なんのことよ……」


「いやいや、こっちの話」


 結局この後すぐに他の図書室の利用者が来たので詠深は受付に戻った。詠深が受付に戻った後も美人さんはしばらくそわそわと落ち着きがなかったが、野球部の声が聞こえなくなるまで窓から離れることはなかった。




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