表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/42

27話目秘密裏の英雄表の英雄(後編2)

       ~あれから数日~

ベネット「・・・」ゴゴゴゴゴゴ!

ジャガー「・・・」ゴゴゴゴゴゴ!

月風「・・・」諒の後ろに隠れてる

荒井諒「・・・」頭抱えてる

大和「・・・良いんですか?あの二人ほっといて」

荒井諒「多分あいつら止めようとしても止まらないと思う(真顔)」

大将「おーい解析終わったぞ~」

荒井諒「本当ですか?」

大将「あぁ」

長門「戦艦長門だ!闘いなら任せておけ!」

プリンツ「Ich freue mich, Sie kennen zu lernen.DeutschlandschwereKreuzerAdmiral」

荒井諒「・・・ドルヒ・・・この人は、何て言ってるんだ?」

ドルヒ「え~と私は、ドイツの重巡洋艦プリンツ・オイゲン宜しくな提督・・・だそうです」

荒井諒「・・・ドイツ語勉強しようかな(涙目)まぁいいやとりあえずこちらこそよろしくお願いします」

ドルヒ「Gern geschehenDanke」

プリンツ「いやまあ日本語喋れるけどね」

荒井諒「」

ドルヒ「」

コリブリ「どうかしました?」ひょこ

長門「!?」

長門(何だあいつは!可愛い可愛すぎる!抱きしめたいナデナデしたい!)

長門「」ブンブン

長門(いや、駄目だ!ビック7の誇りにかけてここは、我慢だ!)

荒井諒「・・・長門さ~ん?どうかしました~?」

長門「」ハッ!

長門「い、いやなんでもない!」

荒井諒「?」

長門ながとは、旧長門国を名前の由来に持つ日本海軍の戦艦[3]。長門型戦艦の1番艦である[4]。第二次世界大戦前は日本海軍の象徴として親しまれた[5]。敗戦後はアメリカ軍に接収され、原爆実験の標的艦となり沈没した。


長門

Japanese Battleship Nagato 1944.jpg

1944年10月、ブルネイでの長門。後方に最上、武蔵、大和が見える。

基本情報

建造所呉海軍工廠

運用者 大日本帝国海軍

艦種戦艦

艦級長門型

艦歴

計画八八艦隊計画

起工1917年8月28日[1]

進水1919年11月9日[1]

竣工1920年11月25日[1]

除籍1945年9月15日(米軍に接収)

最後1946年7月29日、米軍の原爆実験で沈没

要目

排水量基準 39,120トン

全長224.94m

全幅34.59m

吃水9.5m

推進艦本式タービン4基4軸 82,000馬力

速力25.0ノット

航続距離16ノット / 8,650海里[2]

乗員1,368名

兵装

新造時

45口径41cm連装砲4基

50口径14cm単装砲20門

40口径7.6cm単装高角砲4門

53 cm魚雷発射管8門


改装後

45口径41cm連装砲4基

50口径14cm単装砲18門

40口径12.7cm連装高角砲4基

25mm連装機銃10基

装甲水線305mm

甲板70+127 mm

主砲前盾457mm

主砲天蓋250mm

副砲廓152mm

搭載機3機(カタパルト1基)

特記のないものは改装後の諸元

完成当時の1920年(大正9年)では世界最初であり、かつ最大口径の16.1インチ(当時日本はメートル法を採用していたため実口径は41cmちょうど)主砲と、当時の戦艦の中では非常に高速である26.5ノット(公試26.443ノット)の機動力を持つ高速戦艦で[6]、世界の軍事史や軍艦史にも大きな影響を与えている[7]。


2番艦の陸奥と共に各国海軍から注目され、大艦巨砲主義が最盛期をむかえていた列強海軍の熾烈な建艦競争にワシントン海軍軍縮条約による一定の歯止めを与えるきっかけとなったのも本艦であった[8]。


完成後に連合艦隊旗艦となり、その任を陸奥と交代で務めた[9]。第二次世界大戦後に有名になった大和型戦艦の大和、武蔵が戦中は存在そのものが極秘だったこともあり、戦前と戦中には長門、陸奥こそが日本海軍を代表する戦艦として国民から親しまれている。『陸奥と長門は日本の誇り』といういろはカルタが制作された程である。


太平洋戦争開戦時の連合艦隊旗艦で、連合艦隊司令長官 山本五十六大将が座乗していた。1942年2月、連合艦隊旗艦は大和に移った。以後、大和、武蔵に次ぐ主力艦として温存され、太平洋戦争終盤まで最前線に出ることはなかった。終戦時、横須賀にて中破状態で残存。稼動可能な状態で生き残った唯一の日本戦艦である。アメリカ軍に接収された後、1946年7月にビキニ環礁で実施された原爆実験「クロスロード作戦」に標的艦として投入、二度の核爆発により浸水が進み沈没した。


プリンツ・オイゲン(Prinz Eugen)は、ドイツ海軍の重巡洋艦。アドミラル・ヒッパー級の3番艦。1番艦のアドミラル・ヒッパー、2番艦のブリュッヒャーの設計に若干の変更を加えているため、アドミラル・ヒッパー級第2グループとされている。艦名は17世紀末から18世紀初頭のオーストリアの軍人プリンツ・オイゲンに因んで命名された。強運の巡洋艦として有名。


プリンツ・オイゲン

PE Atomtest 1.jpg

基本情報

建造所クルップ・ゲルマーニア造船所

運用者 ナチス・ドイツ海軍

艦種重巡洋艦

艦級アドミラル・ヒッパー級

艦歴

発注1935年11月16日

起工1936年4月23日

進水1938年8月22日

就役1940年8月1日

最後原爆実験供用後1946年12月に座礁

要目

排水量基準:15,000トン

満載:18,400トン

全長212.5m

幅21.8m

吃水7.2m

出力136,000shp(98MW)

速力33.5ノット(62.04km/h)

航続距離7,200海里(20ノット時)

乗員1,600名

兵装20.3cm砲x8門

10.5cm砲x12門

37mm機関砲x12門

20mm機関砲x8門

533mm魚雷発射管x12門

搭載機Ar 196x3機

建造編集

1935年11月16日発注。1936年4月23日にキールのクルップ・ゲルマーニア造船所で起工。1938年8月22日に進水。その後1939年9月に第二次世界大戦が勃発し、ドイツはイギリスやフランスとの間で開戦し、就役前の1940年7月1日に、キールでイギリス空軍機による爆撃を受け軽微な損害を受ける。1940年8月1日就役。


ライン演習作戦編集

1941年5月、プリンツ・オイゲンは戦艦ビスマルクと共にライン演習作戦に参加する。18日、ゴーテンハーフェンを出撃、スカゲラク海峡を通って北海に出る。24日、2隻はデンマーク海峡でイギリス海軍の巡洋戦艦フッドと戦艦プリンス・オブ・ウェールズと交戦する。フッドはビスマルクの砲撃で爆沈し、プリンツ・オイゲンもプリンス・オブ・ウェールズに命中弾を与えた。その後、プリンツ・オイゲンはビスマルクと別れる。


6月1日、駆逐艦フリードリヒ・イン、ブルーノ・ハイネマン、エーリッヒ・シュタインブリンクに護衛されてブレストに入港した。7月2日、空襲で被弾。


ツェルベルス作戦編集

1942年2月、シャルンホルスト、グナイゼナウ、プリンツ・オイゲンをブレストからドイツ本国に帰還させるというツェルベルス作戦が実行された。この作戦は、フランスのブレストからドイツのブルンスビュッテルまで、ドーバー海峡というイギリスの目の前を通過するという作戦だった。


3隻は2月11日の夜にブレストを出航した。2月12日、ドイツ艦隊はイギリス駆逐艦の攻撃を受けた。この戦闘でプリンツ・オイゲンとグナイゼナウはイギリスの駆逐艦ウースターを大破させた。なお、この時シャルンホルストは触雷のため、2隻とは離れていた。2月13日、プリンツ・オイゲンは無事にドイツに到着した。


ノルウェーとバルト海編集


プリンツ・オイゲンのスクリュー。キール近郊のラーボエにあるラーボエ海軍記念碑のそばに置かれている

1942年2月21日、プリンツ・オイゲンと重巡洋艦アドミラル・シェーア、駆逐艦リヒャルト・バイツェン、パウル・ヤコビ、ヘルマン・シェーマン、フリードリヒ・インはノルウェーへ向かった[1]。Grimstadfjordに短時間立ち寄り、それからトロンハイムへ向かった。2日後、Trondheimsfjord沖を航行中にイギリス潜水艦トライデントがプリンツ・オイゲンを雷撃[2]。艦尾に命中した魚雷によりプリンツ・オイゲンは大きな損害を受け操艦不能に陥った。プリンツ・オイゲンはLofjordへと曳航され、そこで数ヶ月にわたって修理が行われた。艦尾はすべて切り取られ、板で覆われて手動の舵が備え付けられた[3]。


5月16日、プリンツ・オイゲンは自力でドイツへ向け出発した。キールへの航海中、イギリスの爆撃機19機と雷撃機27機がプリンツ・オイゲンを攻撃したが命中弾は無かった[2]。10月まで修理のため戦列をはなれ、10月27日に公試を開始した。それから2ヶ月間はバルト海での訓練に費やされた。1943年1月初め、ドイツ海軍はノルウェーに展開する部隊への増援としてプリンツ・オイゲンにノルウェーへ戻るよう命じた。1月中に2度プリンツ・オイゲンはシャルンホルストとともにノルウェーへ向かおうとしたが、イギリス軍機に発見されたため引き返した。ノルウェーへの移動が不可能であることがあきらかとなると、プリンツ・オイゲンは練習艦隊に配属された。9ヶ月間、プリンツ・オイゲンはバルト海で士官候補生の訓練に使用された[4]。


東部戦線においてソ連軍がドイツ軍を押し戻し始めると、プリンツ・オイゲンを砲術支援艦とする必要が生じた。そのため、1943年10月1日にプリンツ・オイゲンは戦闘任務に復帰した[4]。1944年6月、プリンツ・オイゲンと重巡洋艦リュッツオウ、第6駆逐隊は第2任務部隊を編成し、それは後にティーレ任務部隊(Thiele Task Force)と改称された。8月19・20日、プリンツ・オイゲンはリガ湾に入り、トゥクムスを砲撃した[5]。4隻の駆逐艦がプリンツ・オイゲンの搭載機Ar 196とともにそれを援護した[4]。プリンツ・オイゲンによる砲撃はソ連軍の撃退に効果があった[6]。


9月初め、プリンツ・オイゲンは要塞島、ゴーグラント島攻略作戦を支援したが、作戦は失敗に終わった。それからプリンツ・オイゲンはゴーテンハーフェンに戻り、フィンランドから脱出するドイツ軍を運ぶ船団を護衛した[4]。6隻の貨物船からなる船団は9月15日にボスニア湾から出発し、第2任務部隊の全戦力がそれを護衛した。スウェーデン軍の航空機と駆逐艦が船団を追跡したが、妨害はしなかった。翌月、プリンツ・オイゲンは砲撃支援任務に戻った。10月11・12日、メーメルのドイツ軍に対する支援砲撃を実施[5]。2日間にわたる砲撃で約700発の主砲弾を発射した。弾薬の補給後、再び砲撃に戻り、14日と15日にさらに主砲弾370発を発射した[4]。


ゴーテンハーフェンへの帰投途中の10月15日にプリンツ・オイゲンはヘル北方で軽巡洋艦ライプツィヒに衝突し[4]、ライプツィヒの乗員19人が死亡。この事故は濃霧により発生した[7]。ライプツィヒは危うく分断されるところであり[4]、2隻は14時間繋がったままであった[5]。プリンツ・オイゲンはゴーテンハーフェンへ送られ、そこで1ヶ月にわたって修理が行われた[4]。ライプツィヒも応急修理を受け、翌1945年には何とか自力航行が可能になるまで回復した。11月20・21日、プリンツ・オイゲンはソルベ半島のドイツ軍支援のため、主砲弾約800発を発射した。


1月中旬、プリンツ・オイゲンはザームラントのソ連軍砲撃に派遣された[8]。プリンツ・オイゲンはケーニヒスベルクへ進撃するクランツのソ連軍に対して主砲弾870発以上を発射した。この時点でプリンツ・オイゲンは主砲の弾薬を使い果たしていたが、軍需品の欠乏のため3月まで港にとどまり、それからゴーテンハーフェンやダンツィヒ、ヘラ周辺のソ連軍に対して砲撃を行った[9]。4月8日、プリンツ・オイゲンはリュッツオウとともにスヴィーネミュンデへ向かった[5]。4月13日、34機のアブロ ランカスター爆撃機が港内の2隻を攻撃。だが、この日は厚い雲のため攻撃は失敗した。2日後に再び攻撃が行われ、リュッツオウが撃沈された[10]。それから、プリンツ・オイゲンはコペンハーゲンへ向かい[5]、4月20日に到着。5月7日に退役し、翌日イギリス海軍に引き渡された[9]。


戦後編集


パナマ運河を通過するプリンツ・ユージン

プリンツ・オイゲンは激戦の続く中、終戦まで生き残った幸運艦であった。戦後アメリカ軍が接収し、「USS プリンツ・ユージン(USS Prinz Eugen, IX-300)」としてアメリカ海軍の艦籍に入る。ビキニ環礁での原爆実験標的艦として使用されたが、計2発の爆撃を受けても沈まず、調査と除染のためにクェゼリン環礁に運ばれた。しかし、原爆実験による浸水が増大したことから沈没を防ぐために浅瀬に座礁させられたものの、翌日転覆した。放射能汚染された船体が解体されて市場に出ることを避けるため、アメリカは解体せずに放棄することにした。浅瀬で沈没したために、船尾は海面上に出た状態で現在も放置されており、衛星写真などでも見ることができる。しかし、船体内部には燃料が大量に残されていること、放射能汚染が続いていることなど問題が残っている。


プリンツ・オイゲンのスクリューは海軍出身者による団体Deutscher Marinebundの尽力により1979年に回収され、ドイツ本国に帰還している。魚雷発射管1基はブレーマーハーフェンのドイツ海洋博物館(ドイツ語版)に展示されている。また、船鐘はアメリカ海軍国立博物館(英語版)に展示されている

後書き

(^・o^)ドイツ語についてですが、全くわからなかったので全部調べました。はい。(ドヤァ

荒井諒「いやドヤれねえよ」

(;^・o^)長門ですが、決してロリコンでは、有りません可愛い物好きなだけです。はいそれでは、また次回!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ