4 スターティング・ザ・ゲーム・ウィズ・フル・オブ・ホープ
4 スターティング・ザ・ゲーム・ウィズ・フル・オブ・ホープ
エロゲ攻略における基礎の基礎。それは、攻略対象を決め、その女の子と優先的に親睦を深める選択を選択しまくることで、では常人は、いったいどうやって攻略キャラを決めるのだろうか。それに関しては別段アンケートを取ったことがないので真実は闇の中だが単純に、この子とヤりたい!と思った子を選ぶのが男の本能というものだろう。で、この子とヤりたい!をどうやって決定するかというと、まず、顔である。ヴィジュアルね。それからキャラ見せ時の会話、この時の反応により世間一般の男はこの子とヤりたい!を決めるのであって当然俺もそうなのであって、まずはヴィジュアルで検証してみましょう。妹は論外、奏姉は優しそうだけど身近感ありすぎかな、戸狩照様はご立派なツインテをしてつり目がちの美人でいらっしゃるが攻撃的かつ獰悪、ゆえにやはりしたがって正統派美人の一条京子が一番良い、有り体に言ってしまえばこの子とヤりたい!ってなるかな。次にキャラ見せ時のやり取り、これはまだゲーム開始から日が浅く、底の浅い論評しかできぬけども妹はよくいるエロゲ的妹と言えば理解してもらえるよね、で奏姉は優しい姉キャラちょっと天然おとぼけ入りとでも言えばよいかな、戸狩照様とは入学式の日以来会話がないけれどありゃ単純明快痛快なまでに勝気キャラ、ツインテであるところを鑑みると攻略後はデレデレになるツンデレキャラと思われる、んで一条京子に関しては。
一条京子は圧倒的にお嬢様である。本人の自己申告通りかつての華族一条家の系譜に連なる家らしく、その振る舞いは楚々として麗しく、指先にまで神経の通っている所作によりわずか三日で教師たちの信頼を獲得、というと聞こえはいいが要するに贔屓にされるようになった。しかしそれは当然の摂理、地球には重力が働いていて木から林檎は落ちるし時に猿も落ちる、ぐらいに当たり前なことなのだという事実の片鱗を示したのが学級委員長選出事件、酷く痩せた、突き出た頬骨がその下の骸骨を隠し切れないほどに痩身の女子山田と、太眉、唇がたらこのように腫れあがって鼻梁がモアイ像みたいになっているくせに目だけは冗談のように小さく細い太木という男子が、「私が委員長」「オレが委員長だ」「私よ、私がなるって前世から決まってたの」「オレは委員長になるために合格したのであってなれなければ学校辞める」「ふしゃー」「きぃー」と熾烈な言い合いを始めて収まらず担任はあわわわ言って機能せず見てるこちらが辛い、俺たちは新生活の長をこの猫女か猿野郎に委任しなければならないのか、と絶望していた時に、一筋の光明、一条京子はすっくと立ち上がり、「先生」「あわわわわ」「先生、私は鮫島さんを推薦します」と、この学級に在籍する全員が薄々、あの人がよさそうだなあ、と勘づいていた人を推挙したのだった。山田と太木は当然狂乱、プロテストを試みたがしかし推薦された鮫島さんに論理的に言い負かされ敗北を飲み込まざるを得ず、となると、論破した鮫島さん偉い。となって、その次にはその鮫島さんを推挙した一条さん偉い。となるのが人情で、入学式で新入生を代表していた一条さんが並々ならぬ才媛であることを皆知ることとなり、その気高さや一条京子はどこまでも圧倒的なお嬢様なのである。
一条京子はパーフェクトである。お嬢様であれば大概『深窓の令嬢』と形容され病弱文弱虚弱なイメージ、なよなよした感じになりがちだがしかし一条京子は違った。壮健かつ強靭であった。体力測定において彼女は他の女子を圧倒し、場合によってはひ弱男子さえ屈服させ、目を見張る記録を次々打ち立てて行ったのであり、文武両道、眉目秀麗才色兼備、女子たちはきゃーきゃー黄色い声を飛ばし百合の花を咲かせる者もおり、男子の中には早くも「オレ一条好きかも。ってかやべえ」などと言う者もあり、そう、実際のところすごすぎて「やべえ」なんて卑俗な言い方しかできないくらい、一条京子はパーフェクトなのである。
一条京子は身長170cmである。女子にしては高身長で、黒板の上端にも手が届きそうな身長170cmなのである。
そんな無双状態の彼女をクラスメイトとして眺め俺は、凡百の人同様やべえと感じ、「やべえ」と口にし、気づくと「やべえな。一条京子やべえな」と鳥が囀るかのように大盛に囀っていたわけで、これが攻略対象キャラなのですか? Oh, really? こんなすごい子と、その、×××できちゃうの? Oh, incredible! 信じられなーい! と夜中の通販番組のノリで脳内で騒いでいた俺は、ええやん、一条京子を攻略対象に設定した。
で、攻略。攻略するには一条京子とまずは会話するイベント、親睦を深めるファーストコンタクトイベントを発生させなければならず、しかしチキンの俺は彼女の威風堂々、人を寄せ付けないオーラについつい及び腰となってしまい、放課後、同じ班で教室掃除をしていたら人気種目『モップ』の取り合いとなり、なんてあほな作戦を練ったが高貴なる一条京子がそんな闘争をするはずもなく彼女はモップを俺に譲り箒で静謐に掃き清め始め、じゃあ、机を運ぼうとしたら手が重なり、ぽっ、なんて偶然を装った強引な作戦も発案したがいかにも不細工で成功しそうになく、実際挑戦したが一条京子を付け回す気持ち悪い人みたいになってしまいやはりの断念、それから、教科書忘れちゃった、てへぺろ☆、見せてー作戦を発議するもこれは却ってマイナスの印象、入学からまだ日も経たないうちに教材を帯同しなくなる無政府主義者と勘違いされるとまずいので封印、などとだらだらすべてを詳述する気はないが結論から言うと俺は話しかけることもできず、ゴールデンウィーク明け、中間テストを迎えてしまった。
あなや。
あなや、というのは古典の授業で習った昔の人の悲鳴であり、
あなや。
と叫ばずにいられなかったのは発表されたテストの点数がずたぼろ、敗戦処理投手が九連続安打されワンアウトも取れずこれでは試合が終わらない、しょうがないからお前やれよ。え、やだよ、お前がやれよ。え、やだし。っつってたら永久に帰れないからしょうがない俺やるよ。とうんざりした敵がわざと三振する。結果ワンアウト取れました良かったね降板、みたいな絶望的点数だったからで、ところで平安人らは本当にあなやと叫んだのだろうか、と俺は懐疑する。あなやでは叫ぶのに難しいし、絶叫感や危機感に乏しい。彼らはあなやと叫んだかもしれないし、叫ばなかったかもしれない。
などと村上春樹調の文体で尋ねると大盛は「知らねえよ。ってかどうでもいいよ」とぞんざい口調で切り捨てた。
「てかさあ」各教科の点数や学年での自分の順位が記されている細い紙、通称いかそうめんをひらつかせながら大盛が、晴れた日、窓辺から流れ込む薫風に髪をなびかせていた一条京子に、さらりと尋ねた。「一条さんはどうだった、テストの点」
一条京子は一瞬面食らったように目を皿にし、それから美しい笑顔で言った。「学年一位でした」
「へえ、どの教科が?」と続けて尋ねる大盛に一条京子は完璧な笑顔を持続し、「全教科です」と答え、あ、と思った俺はここを先途と大盛から会話を奪い去った。「え、一条さん全教科学年トップなの? すごくない?」
「え? ええ。それほどでも」一条京子が俺のほうを向く。笑顔。
「いやいやすごいって。じゃ、テスト全体の点数も学年トップってこと?」
俺の質問に一瞬眉をひそめたような気がして、なんか悪いこと言ったかなあと思ったけど、あ、謙遜するタイプなのかなと解釈し、「いやいやいや」といやらしいおっさんのように言い、「すごいよ、すごい。俺なんかこんなだもん」と言って俺はいかそうめんを彼女に手渡した。一条京子はそれをじっと見つめ、それから。
ふん。
と鼻で笑った。
鼻で笑って彼女は、形状記憶合金のような笑顔を歪め冷嘲の顔つきとなり、手から俺のいかそうめんを落とすとひらひら回転し床に落ちたそれを上履きで踏みつけにしたのだった。
豆鉄砲を食らった鳩なんて見たことないがきっとこんな顔をしているのだろう、俺は目を見開き、口を半開きで顔右半分だけ引きつらせ、「え?」と零した。一条京子は間髪入れず「間抜けですね。昔水族館でハコフグを真正面から見たことがありますが、それに劣らぬ愚劣面ですね」と冷笑し、「学年で280番しかも赤点あり、なんて人が実在するんですねこの高校にも。私、絶滅危惧二類のトノサマガエルは昔爺やに言って現物を見せてもらいましたけどこんな点数を取るHomo sapiensは生まれて初めて見ます。本当に私と同じく空気を吸って生きているのですか、酸素を活力に活動しているのでしょうか、脳みそは何グラムなのでしょうか、全教科で学年一位ならば当然テスト全体の点数も一位となる、こんな自明の理が分からないあなたは本当に同じ人類なのでしょうか、それとも鶏のように十秒経つと記憶がなくなってしまうほどのshort memoryなのでしょうか、あるいは日本語が通じてなかったりしますか?」と一息に述べた。
「ニホンゴ、ワカリマース?」混乱した俺が疑問符付きで言うと彼女は蔑みの表情で「日本語、分かりませんか? 拙いのですか? Should I speak in English?」と訊くので慌てて「あ? あぁー、No?」なんて訳が分からずに言うから余計に訳が分からず、さらに嫌悪の一睨みをされたので思わず「ゴーメンナサイ」と片言で謝っていた。日本人の悪い癖。一条京子は目で会話を打ち切ると小さく舌打ちして自らの席に戻った。
いっやあ、怖いわあ。と俺は思った。「いっやあ、怖かったね」と隣の大盛に言った。「お、おう」と言った大盛もビビっていた。ふう、と一息ついて考える。晴れた空、青くて美しいなあ。じゃなくって、もしかして一条さん、今日は機嫌悪かったのかなあ、なーんてね、きっとそう、お嬢様なんだから、正統派美人キャラなんだから、だから他人を口を極めて罵倒するなんてゲーム的におかしいし、そんなのクソゲーの現実世界と同じであってほら、エロゲってのは非現実的っていうか、女の子は嫌なところが消臭された偶像でなくてはならないわけで、あ、空が青いねスカイブルー、そう、この澄み切った空のごとく、白々しいまでに正統派美人キャラは正統派美人キャラでなくてはならず、昔井上五月というキャラがいた。彼女は女性にも苛烈な男主人公に髪を引っ張られたりきつく当たられながらも常に笑顔、健気、夫の三歩後ろを音もなく歩くというスタンスを崩さなかった。そのゲームのツンデレキャラは凶悪な犬歯を生やしキレた際はそれで噛みつくなどの乱行し放題だったがしかし井上五月は決して主人公を攻撃しなかったし呪詛しなかった、ましてや罵倒など論外であり、それこそがエロゲの正統派美人のあるべき姿で、ではいったい今、何が起きているのか。現在から未来の俺へと成長する際に罵倒や打擲を受けることを好む変態性欲に目覚めてしまい、ドMの未来の俺が彼女にこのような言動をプログラミングしたのだろうか。そんなことがあり得るだろうか。いや、ない。と反語的に考察しながら床のいかそうめん、拾いあげると紙に薄茶色の線、上履きの跡がくっきりついていて。
「一条さんさあ」
声をかけても一条京子は涼しい顔で返事すらしない。ムカつきが、蛇口を捻っていくシャワーのように勢いを増して噴出する。「俺のこと、舐めてるよねってかけなしたよね明らかに」「おい、やめろって」と制止する大盛を脇に除け「何? そら、なんでもできちゃう君からしたら、俺なんてちゃんちゃらおかしい、人参から生えたひげ根ぐらいに意味のない存在だと思えるかもしれない、けど、実物の俺は人参のひげ根なんかじゃなくて人間だ、だからそんな風にそしられると腹が立つ。正直殴りたい。けど殴らないのはあれだ、ほら、博愛主義っていうか、非暴力思想っつーか、あれだよあれ」と思考したそばから喋っていると「伝達したいことをきちっとまとめてから喋ってください」と一条京子に痛いところを突かれ、「だ、だから!」と気色ばんだと見せて内心狼狽している、ということさえ察知されてなおのこと気まずい、という心情の俺に対し一条京子は、冷やかに言った。
「私は、理性と知性を兼ね備えた人以外と付き合いたくありません。喋ることすら吐き気がします。私と対等に喋りたいのであればせめて学年で百番以内に入ってください」
失礼します、と言って一条京子は席を立ち、俺に侮蔑の一瞥をくれてから教室の外へと立ち去った。おそらくトイレか何かで時間を潰し次の授業まで隣の席には戻ってこないつもりだろう。実に傲慢で、増長していて、パーフェクトで、実際、彼女の怜悧な顔つきは形容しがたい美しさだった。
その日の夕方、俺は大盛と仲良く下校した。
「でもさあ、ビビったな、悠」と大盛が言った。「何が?」「一条さん」「一条京子? ああ、なんつーか、すげー高飛車っつーか」「赤点取ってる奴は同じ人間と見做さないっていう、排他的ななんか感じたよな」「選民思想みたいな、な」「オレさあ」「あん?」「悠の野郎、オレから会話権取りやがったなってむかついてたけど」「あ、ばれてた?」「うん。でも、よかったわ逆に。オレも人非人扱いされるところだった」「お前学年で何番だったっけ?」「300番台」「はは、俺よりあほ」「うるせえな、下忍と下忍の争いじゃねえか。目糞鼻糞を笑うだよオレらなんか」「ま、そうだよな。俺らなんか低能だもんな」「そうだよ。一条さんがやべえんだよ」
やべえ言い放った大盛に「やべえ?」と俺は訊き返していた。
「そうだよ。一条さんやべえって、みんな言ってるし、悠もいつも言ってんじゃん」
「やべえ、か」そうだ、と俺は考える。正統派美人の攻略は他キャラに比してやや難しく、なぜなら彼女らはその地位から話の本筋、そのゲームのメインストーリーと密接に関わってくるからで、初めての場合俺は攻略しやすそうなツンデレキャラから攻めていく傾向があった、しかし、一度しかないリアルエロゲ、どうせなら一番スペックの高い正統派美人キャラを攻略したい、すればこそ咲く花もあれ、ってか単純にムカつく、なんやあの態度は、殴りたい、殴ってやりたい、あるいは頬をぴーんと引き伸ばしてぐりぐり渦を巻いてやりたい、そうだよ上等だっつの言われた通り百番台にってか場合によってはお前を引きずり下ろして学年一位となり、あ、元学年一位の一条さんですか、今は零落された、って屈従させてやる、その上で俺が上位者となって二人で付き合い、そして事を為すのだ。いいね、それで行こう、「やってやろうじゃん!」
「あ?」と首を傾げる大盛に「俺、一条京子と付き合ってみせる」と宣言すると大盛は「え? えええ?」と懐疑的な視線を俺に向けながら、道すがらコンビニで買い求めたポテチを開封、これを口に運ぶ。俺は大盛の揺れる頬を見ながら一条京子の頬をぐりぐりする様を思い浮かべ、ようとしたがその前に「あれ?」「ん?」「大盛さあ、なんか少し太った?」と、艶やかになった大盛に尋ねていた。大盛は、うーん、五キロぐらいね、と何でもないことのように言い、またポテチに手を伸ばした。