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2 リビーリング・ザ・キャラクター

 2 リビーリング・ザ・キャラクター


 朝チュン。一夜を共にしたカップルが、朝、黎明と共に鳴き出す雀の声を聞くこと。実に風流であることだなあ。俺は詠嘆して目覚めたかった、高校生活最初の朝。

 こんこん、こんこん、こんこん、と二ノック一拍の律義さがドアを叩きその呪術のような執拗さに俺は目覚め、「分かったから!」と一吠えするとノックが止み、ったくよぉ呻きながら二度寝を試みるとベッド脇、いつのまに部屋に侵入したのか、妹が膝立てで俺のそばまで来ていて、「お兄ちゃん、今日入学式があるんでしょ。起きて」などと言う。「んあーもう少しだけ」と呻くと妹は出し抜けにベッドに寝る俺に跨り、いわばマウントポジション、そこから強烈な拳を振り下ろそうとしたので俺は慌てて「わーったわーった、起きるから、起きるから」と言ってみせると妹は拳を止めゆったりと俺から降り、「朝食、もうできてるよ」と言って部屋を出て行った。

「死ぬかと思ったぜ」なんてぶつぶつ言ってしまうのは妹が美人の、華奢で嫋やかな女子ではなく力ばかりむやみに強い肥満体だったからで、以前勧誘用に収録した部活動紹介映像で彼女は林檎を片手で握り潰し、力士のような不明瞭な声で、漫画研究部へようこそ、などと宣ったという。漫画と握力にどのような連関があるのかは不明である。

 とにかく花音、この一歳年下の妹の名前だが、尾前花音は砲丸投げのスカウトが来るほどの力持ちで、デブでもあった。不細工でもあった。この三重苦のため俺はこの妹の存在に引け目を感じ極力避けていきたいと考えていた、が、妹は家だけでなく学校でもやたらと絡んでくるのであり、小学校入学して数カ月は毎日俺と下校したがって俺のクラスに現れ帰ろう帰ろう一緒に帰ろう誘うので一時俺と妹の間に付き合っている疑惑が持ち上がり、危うくキンシンくんとソウカンちゃんなんてあだ名をつけられそうになったわけだがしかしこれから中学と高校、異なる学校に通うようになることに俺は密やかな喜びを感じていた。

 一階に降りて食卓、花音と向かい合って座り、いただきますを言う。いただきますを言う妹の顔は前髪で隠れ、まるで寂れた地方商店街、営業を休止した店のシャッターみたいである。ここ何年かまともにこいつの顔見てないなと思いながら俺は尋ねる。「お父さんは?」

「え?」と花音は首を傾げ、ずるずるのわかめみたいな前髪の奥にご飯を運ぶ。

「いや、え?じゃなくて、お父さんはどうしたって聞いてんの」「お父さん?」「そう」「お父さんは今日から海外行くって言ってたじゃん」「え?」「いや、え?じゃなくて、お父さんは仕事で海外出張って、何日も前から言ってたじゃん」「え? マジ?」「うん、本当だよ」「割とマジ系なアレ?」「うん、マジなやつ」

 聞いてなかった。全然、ってか俺は記憶が飛んでいたのだろうか。紅鮭を吸い込み摂餌し始めた花音はいたって冷静、まるで一足す一の答えを問われたかのように何でもない様子で、俺はやや焦った気持ちで尋ねた。

「じゃお母さんはお母さん」「え?」「え?じゃなくて、お母さん」「……まさかお兄ちゃん、何にも聞いてなかったの?」「聞いたっつーか、うぇ?」と惑乱気味に返すと花音は呆れたようにため息をつき、「仕事で海外出張行くって、お父さんと一緒に行くって言ってたじゃん」と、やはり当たり前のように答える。俺は紅鮭を咀嚼しながら記憶をほじくり返した、が、父母の存在が当たり前すぎて父母の未来などに興味を持ったことがなく、ゆえに予定など、喋っていたとしても馬耳東風これを聞き流していたに違いなく、「あれ? どっか行くっつってたっけ? ふーん」なんて間抜けな独り言を言うばかりで当然と言おうか必然と言おうか花音はまた呆れたようにため息をつく。味噌スープが香っている。なめこがぬらぬらしている。でも、あれ? おかしくね?

「なあ花音」「うん?」「お父さんとお母さんってエロゲ会社に勤めてて、シナリオライターと原画家やってんでしょ?」「うん」「お前エロゲやったことある?」「お父さんの会社で作ってるのは、一応」「あ、そ。じゃエロゲのなんたるかは分かるわけだ。あれって、要するに在宅でぽちぽちかちかちやって作るわけでしょ?」「私製作過程を見たわけじゃないから」「見なくても分かるだろっつの。どう考えてもパソコン使って家かオフィスでやる仕事だろ。海外行く必要ねえだろ」と言うと花音は首を傾げ、すだれのようになっていた前髪が少し開き、炯炯と光る目と視線がぶつかった。「シナリオハンティングとか、そういうんじゃないの、たいがい」とあっさり済ます花音に俺は食い下がり、「いや、外国行く意味絶対ねえから。家で済ませろよってか会社あほなの? ただでさえ衰退してきてんのに社員海外派遣してる余裕あんのかよ財政に。無駄じゃん」と疑義を呈したが我が妹は「行くって言うんだから行くんでしょ。っていうかもう行っちゃったんだから関係ないじゃん」とあっけらかんと言うのだった。

「まあ、そりゃそうなんだけども……」と事の顛末に今更ながらに狼狽していると、花音が、前髪でよく見えないけれど不吉に微笑んだ。

「心配ないよお兄ちゃん。お兄ちゃんのお世話は私がするから」

「え?」マジまじぃなと俺は直覚した。「そんなの悪いし」ってか俺、お前と一緒に行動するとか無理なんですけどー、な雰囲気を一滴も汲み取らず妹は楽しそうに言った。

「遠慮しないで。私お兄ちゃんの世話するの、だぁい好きだから」

 前髪の奥でウインクすると同時に、ぶっ、とその肥満体から放屁する妹の向こう側の、道路に面した窓からちゅんちゅん雀の囀る声が聞こえていた。こんな朝チュンを迎えたかったわけじゃなかった、俺の人生。


 途中まで一緒に登校しようと粘着する妹を振り切って家を出て待ち合わせの場所に行き着き最初に目に入ったものは、これは凶兆なのか、烏二匹が生ごみを漁っている姿で、ターゲットにされた生ごみの袋は中身を四散させながら黄色い液体を垂れ流している。腐ったバナナの臭い。俺は時計を見た。予定時刻二分後。しかし相方は来ない、来る気配がない、いるのはゲスの極みの烏の二匹でガアガア不吉に鳴いている、嫌だな、と思い睨みつけてもガアとやり返してくる、彼奴らはやりたい放題で収まるところを知らない、俺の威嚇も超然と無視、新しくごみ袋を突いて穴を開けては中身を貪りまた他のごみ袋を漁り中身をまき散らす、なんて傍若無人の限りを尽くし、しかも攻撃的な目つきで睥睨することも忘れず険呑極まりない。高校入学の最初の日にわざわざ危険にかかわりあって負傷するのもおこの沙汰のように思われたので回避優先、俺はスマホで待ち合わせの相手であり親友であり悪友であり下僕でありその他いろいろである大盛に電話をかけた。三コールで出た。「あ、大盛?」「はあはあ、あ、何?」「何、じゃなくて、今どこで何してんの?」「あ?」大盛は乱れた息で時折強烈な鼻息を通話口に吹き込んでくる、というので俺は大体察して、電話しながら歩き始めた。

「大盛さあ」「はあはあ、何?」「走ってんの?」「あ? よく分かったね」「よく分かったじゃねえよ、どうせ家で飯食ってたら遅刻した、そういうパターンだろ」「あ、よく分かったね」「だからよく分かったねじゃねえよ、高校入学式に遅刻とかマジ勘弁だわ」「だから今走ってんじゃん」「何今どこなの?」「家出たとこ」「はあ? 間に合うわけねえじゃん、俺先行くから」「ま、はあはあ、待って」「もう待ち合わせとかいいからお前もまっすぐ学校目指せよ、じゃあな」「いやいやいや待てよ」「待たねえよ」「あと十五分で着く」「なめんな、それだけあったら」と会話に夢中になっていたところで十字路の角、住宅の壁の影からいきなり出てきた物体に俺は「あぶっ」ぶつかった。

「きゃん!」

 俺は尻もちをつき、ぶつかった相手も軽く吹っ飛び横様に倒れ「いたたた」などと呻いていて、すぐに立ち上がって「大丈夫?」と手を差し伸べたのだが相手はそれを払いのけ勢いよく立ち上がり、番犬が不審者を見つけた時のように猛烈な勢いで吠え始めた。

「痛いじゃない! どこ見て歩いてんのよこの唐変木! 目玉ちゃんとついてんの? 飾り? クリスマスオーナメントかっつーの! 最悪だわ! せっかく今日入学式なのに、いきなり制服汚れちゃったじゃない!」

 と唾も飛ばんばかりに猛抗議する女は制服を、しかも俺と同じ学校の制服を着用していて、「あ、小井亜井高校の生徒ですか? 実は俺も――」なんて不用意に話しかけたもんだから火に油、女は花火のように怒りを炸裂させる。

「あんた真正の馬鹿なんじゃないの? 見りゃ分かるでしょ! ってか初めての制服が台無しじゃないのよ! あー、どこも穴開いてないわよね……うわ、土埃で汚れちゃってるじゃないのよもぉー」

「あ、袖んとこ、汚れ付いてるっすよ」

「うるさい! 誰のせいだと思ってんのよ! あーもー最悪……よかった破れてはいないっぽい……よかったあ、って全然よくないわよ!」女は自己完結したかと見えたが再び、獲物を前にした肉食動物のように攻撃的な雰囲気を醸す。「せっかくのハレの日、初登校のうきうき状態であったのに、癒しがたい精神的苦痛を味わいました。誠にもって遺憾です。ついては謝罪を要求します。戸狩照様申し訳ありませんでした。土下座してお詫び申し上げます。ついでに靴をお舐めします。ぺろり。これワンフレーズよ。やりなさい」

 女は、戸狩照様は自らが謝罪を受けて当然とばかりに傲然と反り返り右足を前に差し出したからには本気で謝罪ワンフレーズを要求しているのであり、俺は、まあ、俺も悪かった、電話してたから前方不注意だった可能性があり交通事故で言うなら六対四ぐらいで俺が悪かった、たしかに俺の過失のほうが大きいかもしれない。けどもやで。

 吹っ飛んだスマホを拾い上げる。通話はもう切れていて、大盛の野郎登校初日で遅れやがって、と思うと猶のこと憤懣が喉元をせり上がって来た。

「なんていうかさあ」俺は言った。戸狩様が、あ?みたいな顔をする。「ないよね。ないよ。ナッシングだよ。謝罪? 土下座? お舐め? 舐めるのはそっちだっつのってか人生舐めてんの? そら、俺はスマホで電話しながら歩いてた、それは集中力を削ぐことになっただろう、また、音が聞こえにくくなり状況把握に甚だ不適切で――」

「はあ? あんた馬鹿なの?」

「馬鹿じゃないのは理知的な喋りから察してください、弁護を続けます、ゆえに甲に過失があったと考えられ、がしかし乙もよほどの速度超過を犯していたものと考えられ――」

「そういうのいいから。さっさと謝りなさいよ」

 戸狩様はこの世に重力があることを疑わぬように自らの無罪無過失を信じきっておりすべて俺が悪いゆえにお前謝れの一点張り、ATフィールド全開なわけで、俺は温厚であり忍従深いほうだと自認しているけどもこの糾弾にはさすがにクるものがあり、絶対に負けない、絶対に譲らない、こいつに謝るぐらいならうんこに触ったほうがまし、という、冷静になるとよく分からない強情を張って抗弁を繰り返しやがて俺たちは罵倒合戦へと移行、泥沼化、もはや和平の余地はなかった。

「ふん! ばっかみたい!」戸狩様が先に踵を返した。「あんたみたいな脳みそおぼろ豆腐野郎と喋ってたらこっちまで脳が液状化しちゃうわ。さっさと行こっと、遅刻したくないし」

「人として最低限のマナーも守れない奴とは関わりたくないわ。えんがちょーん。さ、学校行っこおっと」俺も言い返して歩き出した。

 三歩進んだ。戸狩様が言った。「ついてこないでよ」

「別について行ってんじゃねえから。方向が同じだけで」と俺は言った。目的地が同じなので当然のごとく俺たちは並んで歩くことになってしまったのだった。

 睨み合い。昔父に連れられて沖縄、マングースショーを見た。マングースショーなんて茶番で、人間が無理やりに作り上げた駄見世物で、あいつらやる気なんて少しもないから、全然面白くないよ、と大盛に言われていたのにマングースとハブは目を合わせたまま動かず張りつめた空気で均衡を保ち、しゃーとハブが牽制するとマングースは優秀なアウトボクサーのように距離を取り、それから再び睨みを利かし隙を窺う、みたいな、手に汗を握る勝負を、否、殺し合いを展開したのであり、実際俺は手に汗を搔き、腋に汗を掻き、背中にまで汗を掻いて最終的に極度の緊張で卒倒しそうになったので場を辞した。俺は思った。喧嘩は良くない。All you need is love。でも。今まさに俺は戦っていた。ハブかマングースか、狩られる側か狩る側かは分からない、分からないから俺は努力する、威嚇する、そして最後はマングースとしてハブを縊り殺すのだ。ワオン。マングースはワオンなんて鳴かないと思う。

 俺は鎌首をもたげる戸狩様とつかず離れずで学校へ急いだ。


 互いに譲らず小井亜井高校正門前、「最悪だわ!」「こっちの台詞だっつーの」とやり合っているところを金髪の女子に挨拶された。「おはようございますデース! あちらへドーゾ」彼女は腕章をつけているからには案内をする在校生、生徒会役員か何かしら係りの者だろう、なんて理知的に考える前に、金髪だ、と俺は思った。といって別に俺は金髪マニアでも何でもなく、ただ国際色が豊かな学校なのかもなあ、などと推量気味の詠嘆をしていただけなのであり断じて邪な妄想をしていたわけではない、のに、戸狩様は、ふん、と俺を見下し切った鼻息を吹かして金髪言うところのあちら、クラス分けを示す掲示板のほうへ歩いて行った。奴と離れるチャンスだなと思い、何気ない調子で「Hello」と金髪に声かけしたところ金髪は「I can’t understand English」と言い「分かってるやんか」と突っ込むとてへぺろを返してきた。

 クラス分けを確認して校舎内、指定のクラスで待っていると肩で息する大盛が現れ、「同じクラスだな」「嬉しいやら悲しいやら」「いえーい」「いえーい」「いやー、走ったわ」「走って滑って転んどけばいいのに」「いや、転んだわ」「マジで? ってか俺も変な奴に絡まれてさ」などと無駄話しているとまもなく校内放送があり、我々新入生は並んで体育館へ向かいまだ底冷えする館内、蟻が行列するように行進し席に座って始まった入学式、校長が何々何々と長々語り続いて在校生代表として生徒会長が喋りそして新入生代表の挨拶の段となった。「新入生代表、一条京子」司会の声に続いて俺のクラスの女子が立ち上がり壇上へ、「麗らかな春となり快き時候なれば」云々と玲瓏たる美声で読み上げその後ろ姿が凛々しく美しく溢れる育ちの良さオーラ、まるでお嬢様みたいだなと思っていたら最初の授業、LHR、自己紹介において彼女は一条家なる家系について触れ、どうやら真実真正良家のお嬢様らしかった。他を圧倒する雰囲気。カリズマ。一条京子の美には排他性があり、俺は横の席に座る彼女を振り返ることさえできなかった。


 なんやかんやで日は高く、なんてかんてで下校時刻、一条京子の鼻梁を見送ってから鞄を背負い大盛と帰ろうとすると「あ、いたいた」と女子が教室に入って来た。桂奏、一学年上の幼なじみだった。「あ、奏姉。こんちゃーっす」「こんちゃす。あ、そういえば南米のサッカーチームにコリンチャスっていうのがあってね」「うん、で?」「コリンチャスっていうチームがあるっていう、それだけの話」「奏姉さあ」「うん?」「ちゃんとオチ考えてから喋ろうね素人じゃないんだから」「そっか、うん、ごめん」「ま、毎回言ってることだから、期待はしてない」「そっか、うん。うん?」奏姉は曖昧な笑みを浮かべて自らの髪に手を遣り、という仕草からも今のやり取りを全然理解していないのは明らかで、そのポンコツぶりに俺は嗜虐心をそそられ「ところで桂奏姉」「うん?」「その髪ってカツラなの?」と訊くと「え? どうしてそう思うの? これはね」と奏姉は真に受けてしまうのであり「いや、そのかつらとちゃうわでいいから。真面目に答えなくていいから」とフォローするまでが毎度のパターン、幼少期から育んできた俺と奏姉のいわば絆のようなもので、「で」と前置きを済ませてから尋ねる。「なんで学校にいるの? 今日在校生休みじゃなかったっけ?」

「あ、うん、そうなんだけど、わたし、吹奏楽部で、国歌演奏とかで駆り出されたの」奏姉はいつもにこやかに微笑んでいる。

「あ、そうなんだ。ふーん。で、なんか用?」

「あ、あのね」と奏姉は小さく手を叩き、鞄の中に手を入れるとすぐに細長いラッピングされた箱を取り出し、「はい、悠くん、入学祝い」と差し出す。昔からの名残で悠くんとくん付けで呼ばれているわけだけど、この、ちょっと上から目線、がこそばゆくて心地よいのだった。

「あ、いいな悠、羨ましいぞこの野郎」と絡んで来る大盛を手をかざし黙らせ、「開けていい?」と奏姉に訊くと頷いたのでラッピングを慎重に取り外し、というのは俺は神経質でラッピングの紙をびりびり破ることを犬の糞をジャンプしながら踏んで滑ってこける、ぐらいに嫌っていたからだけども今はそんなことどうでもいいよね取り出した箱、開けると。

 数珠。

 え?

 入学祝いと数珠との連関が理解できず動作不良を起こしてしまった俺を差し置いて奏姉は数珠を持ち上げ、楽しげに語る。「あのね、この数珠、面白いの。ここ。この頂点の数珠玉に、ほら、小さな穴が開いてて、覗き込むと仏様が見えるの。すごいでしょう。ちょっと装飾的っていうか、外法のような気もしたんだけど、もう一つのアメリカ先住民の首飾りみたいな無骨なやつよりかわいいと思って、これにしたの」

 奏姉が数珠を箱に降ろしたところで、えー、審議です、今のはどういうことだったのでしょうか。俺Aはどのように思われますか。俺A「奏姉なりのボケだと思います」。俺Bはどのように思われますか。俺B「そっすねー、よく分かんないっす」。俺Cはどのように思われますか。俺C「ギャグじゃないっすかね」。俺Dはどのように思われますか。俺D「特別な意図はなく、奏姉が恒常的にぼけているという事実の証左ではないでしょうか」。俺Eはどのように思われますか。と脳内ブリーフィングを行った結果これは奏姉による高度なボケであると多数決により採択され、「なんでやねーん」と奏姉の天頂をチョップしてみたら思いのほかクリーンヒットしてしまい奏姉が本気で痛そうに頭頂部を押さえうずくまったので、あわわ、「あああごめんごめんごめん」と惑乱気味に言うと奏姉は「大丈夫大丈夫大丈夫」と録音されたような正確さで返し、「お前、奏さんに何やってんだよ!」と滾り立つ大盛に「だって入学祝いに数珠とか、突っ込み待ちとしか思えねえだろ」などと抗弁しているとまだ痛そうに頭頂を押さえながら奏姉が言った。

「数珠じゃ、なんかまずかったかな?」

 天然って怖いな。と俺は思った。


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