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13 ワッツ・エロゲ?

 13 ワッツ・エロゲ?


 秋葉原。この魔都に集いし人々は口に出すこともはばかられる欲望を己が胸中に秘し、その着火剤を求めて店から店をさすらい、銭をば費消して巨悪の素を懐中にする。俺もその一人だった。俺はエロゲを買いに来たのだ。

 エロゲに相応しくない何か、それを探るには下手の横好きが構築したすかすかエロゲ、まあ、つまり俺が作ったエロゲなんすけども、そこから一度脱却し、プロが作った市販の正式なエロゲをプレイする必要があり、それにより俺が保持していたはずのエロゲ脳が復活し、『正しいエロゲ』を帰納的に導き出すことによって『エロゲに相応しくない何か』をあぶり出すことができる。はずである。

 だから秋葉原、エロゲ屋さんにエロゲを買いに来た俺は年齢を詐称するため帽子を目深にかぶっており、一時はネットショッピングも考えたが宅配便を受け取ったのが戸狩照もしくはその両親だと開封されてしまうリスクがあり、っていうか他人様の家で通販するっつーのも傲岸不遜っていうか盗人猛々しいというか、やはり遠慮してしまいますよね、などといろいろ理屈をつけながらも本音を言えば、十八禁ゾーンに足を踏み入れ大人の階段を二段飛ばしで上ってみたい、という、卑小な願望があり、今までエロゲは父母から無料で供給されていたのだが自費購入は初めて、これを人は初体験と云ふ、どきどき、心臓は胸が三ミリぐらい隆起しているんじゃないかと思うぐらいに脈打ち、俺はエロゲ屋さんの狭くて急な階段を下り地下、エロゲが山積みになり異様な雰囲気を発する売り場へと至った。真実、一ミリのずれもないぐらいにいかがわしい雰囲気だった、のは、俺が十八禁という呼称に先入観を持っているからかつまり知識によるのか、それとも場が暗いからかつまり環境によるのか分からない、僕には分からない、って『ねじまき島クロニクル』だったかの冒頭がいきなりテレクラだったよな、どうせぇっちゅーねん、と焦り隠そうとした本を奪い取り読んだ母親が、自分の作品の参考にしてた、なんてのは俺の一家が特殊だからだけどもやはり十八禁、色の物、には後ろめたい気持ちが働くもので買いに来ている他のお客さんもそわそわ、万引き防止Gメンが真っ先に目をつけそうな不審感をオタク特有シャツの裾からはみ出させており、俺はあんなダサい感じにはならないでおこう、常に堂々、栄耀たる我、脳内では『威風堂々』からの『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』、God save our gracious Queen、Long live our noble Queenと歌うことでへこたれそうな自分を叱咤してOK俺は人生初、エロゲを取り上げるぜって赤子を取り上げる助産師のような心持ちでエロゲを物色し、したそばから目移りして、まあまあまあそれにしてもエロゲは世にかくも多く存するものだ、真砂のように増えよ、なんて唱えながら棚の奥に行けば女性と思しき立ち姿、俺は、うわっ、と驚いてしまい、その声が聞こえたのか女性はこちらを振り返った。

 やばっ、と思って、え?と思って、もっかい、え?と思った。判定により、え?が勝利した。

 俺はするすると無意味に身をかがめて女性に近づき、言った。「ちわっす」

 女性は屈託なく笑い、元気いっぱいに言った。「Good afternoon ユウ」

 エイミーだった。

 風がないのに金髪をなびかせ、白のワンピースを身にまとったエイミーは、昆虫採集をしているかのような無邪気な顔で「ジャパニーズエロゲ。面白いですね」とエロゲを棚から取り出し、そこにはエロゲなんだから当然っちゃ当然なんだけどもエロい絵が描かれていて、「あ、う、うん」などと照れる俺にエイミーは悪戯っぽく笑い、「エロゲスタイル!」と発音して白のワンピースの裾をつまむ姿はまさにエロゲ、あとは後方にヒマワリでも咲いていればテンプレエロゲのメインヒロインだよ、と感服し、即座に息を呑んだのはそうだ、ここのところの騒動で忘れかけていたがエロゲの登場人物の服装とは、ベタベタの『正しいエロゲ』とはこういうものだ、これこそがエロゲだ、と俺エロゲ観を揺すぶられたからで、「エロゲスタイル?」と訊くとエイミーは「Yeah、It’s a エロゲスタイル」と笑いその場で一回転、スカートの裾がふわり持ち上がりパンツ見えそう、というところで「モーレツゥ」言ってエイミーが股間を手で押さえるので「それはマリリン・モンローやんか。アメリカンスタイルやんか」と突っ込みを入れればエイミー、「古いの知ってますねえ、さすが男子はエッチですねえ」笑うので「エロゲ屋にいるあんたに言われたくないわ」と切り返すとエイミーは急に真面目な顔つきとなり、「ワタシ、声優目指してマスから、エロゲの声も勉強デス」などと、顔は真剣なれど言ってることは珍妙、「Really?」と問えば「Of course」言って実演のつもりだろう、「あ、あん、あんあん」と喘いでみせる。「もっと艶出して」「あんあん」「もっと繊細に」「あんあん」「そこで大きく」「あっあっあっ」「って止めろやこんな場所で」と遊んでいたら、しまった、店中の客が俺たちのほうを振り返り胡乱な目を向け、やがて店員が近づいてきて「お客様、失礼ですが、お静かに」まで言って勘づいたらしく、「失礼ですが、年齢はおいくつでしょうか」と尋ねられてしまい、「えっと……」と詰まった俺に代わりエイミーが「二十歳デス!」と元気よく答えたが沈黙三秒店員の「なわけねえだろ」により俺たちはエロゲ屋さんから放擲されてしまったのだった。

「そこはさ、十八歳のほうが、まだましだったよね」と反省会の俺たちは電気街をさすらい、メイドがカフェーのチラシを配るのをむげにできず受け取り、「とりあえず、行く?」と訊くと「行く」と答えたエイミーはあくまでエロゲ屋に行きたいのであってエロゲエロゲうるさいしつこいくどくどしい、「またつまみ出されるかもよ」「大丈夫デス、ユウは十八歳以上のおっさんにしか見えません」「うるせえな。でもエイミーは外国人補正で大人っぽく見える」「だから、人生初のエロゲをお母さんに選んでもらってる態で」「無理あるわ。ってかそんな親子あらへんわ」とやっているうちに電気街の端まで来たのでUターン、「ユウの両親ってどんな人デスか?」「普通?」「なんで疑問形なんデスか?」「ちょっと自信ないっつーか、二人ともエロゲ制作を職業にしてるんだけどね」「What a job!」「なんで突然英語なん?」「気分」「よう分からんけど、うちは父母共にエロゲ会社勤務で、あ」「What’s up, men」「俺、人生初のエロゲ」「ふんふん」「お母さんに選んでもらってたわ」「HAHAHA、マジデカっ」「マジだわ」とやっているうちに電気街の端まで来たのでUターン、どうでもいい話を続けるうちに話題はエロゲの歴史へと進み、「確かに、エイミーが言う通りエロゲは日本固有の文化かもしれない。ガラパゴス進化の産物でユニークかもしれない。でもね」と俺は哀調、Aマイナー、刑事ドラマの刑事が曇り空にふっと煙草の煙を吐くように、「もう、斜陽だよ」と言った。「斜陽?」「そ。廃れてきてる。一時のエロゲブームはラノベとかに取って代わられ、今じゃそのラノベ様もネット発の小説に行き場を奪われている有様で、だからエロゲはいずれ滅びるんだ、数々の原人たちが今地上に生き残っていないように、きっと滅んで――」

「エロゲは滅びないと思いマス」

 叫ぶ、まで行かないものの、エイミーの決然たる口調だった。

「人間には、性欲がありマス。妄想力も逞しいデス。この二つが途絶えない限り、きっとエロゲは生き残りマス。おっぱいが揉みたい、あのかわいい子とsexしたい、という男子のお下劣な欲望が絶えない限りは、エロゲは生産され続けると思いマス。きっとエロゲって、夢だと思うから」

 はっ、とした。

 そうだ。エロゲとは思春期、あるいはその後も含めて、あの子とヤりたい、かわいい子と閨の事を行いたい、という純然たる欲望、原始的欲求、ある意味ピュアな衝動に従って制作されるもので、だから様々規制されても、登場人物は全員十八歳以上ですよなんて苦しい言い分を付記してでも発売される。なぜならそこに夢があるから。

「でも、きっと、不犯なんだよ人生は」と俺はうわ言のように言う。「仏罰なんだ。きっと、欲望に忠実すぎる人間どもに仏様はお怒りになり、ちゃんと性欲をコントロールしなさいと仰った。それが近年のエロゲ業界の退潮にも表れていて――」

「でも、人間から欲望を取ったら何が残るんデス? 性欲だって、恋愛だって、食欲だって欲デス、ひとくくりに欲望デス。それを奪い去ってしまったら、それは高度に発達した人工知能と変わりないデス」

「それは、そうかもしれないけども」テーン、とピアノ音で単音が鳴った。ような気がした。

「いいえ、電気羊だってエロい夢見るかもしれません。だいたい、性欲を否定してしまうと、人間増えられないデス。子孫途絶えマス」エイミーがまっすぐな瞳で言う。

 テーンが反響し、何かが俺の脳をぎゅんぎゅん絞るのを感じる。「でもほら、やっぱりセックスはまずいっていうか、この際だからコンシューマー版を推奨、普及していくべきなのかもって」

「コンシューマー版?」ときょとんとするエイミーは、エロゲは知っているのにコンシューマー版という仕様を知らないらしい。「ほら、アレだよ」「初耳デス。なんデスかそれ?」と首を傾げるので、「えっと、コンシューマー版ってのは、エロゲの恋愛要素を抽出して、だから攻略パートだけ遊べるようにしてだな、えー、全年齢を対象に販売できるようにしたゲームのことでだな」と額に手を添え思慮深く思考を紡いでいると、「要するに、何が違うんデスか?」と苛立ちのエイミーに尋ねられ、俺はよくよくの思弁呻吟の後、「要するに、セックスシーンがあるかないか、だな」と答え、電気街往復の間に顔見知りになったメイドの差し出すビラを片手で断りながら俺は、sunrise、だだっ広い海、風に舞い散る砂、波飛沫、その先にようよう上り来る朝日を見た。という感じの、脳裏を走る思考を見た。

 コンシューマー版とは、有り体に言えばセックスシーンのないエロゲである。逆に言えば、エロゲとはセックスするためのゲームである。だから、バグの正体、エロゲに相応しくない何か、とは――


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