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01

R15と残酷描写警告は保険。

 と言うか、これはない。

 今、俺の前には見たこともない二人の男女。

 知り合いではない。確実に。しかし二人は飼い主を見つけた大型犬のように目を輝かせ、夕暮れの歩道で俺をフェンスに追いつめた。

「ご先祖様!」

「ご先祖様!」

「キンでございます!」

「ギンでございます!」

「お目に掛かれて身に余る光栄!」

「望外の誉れ!」

「全力を尽くしてお守りいたします!」

 最後のセリフはきっちりと声をあわせ、彼らは素早くアスファルトに膝をついた。

 俺、どんびき。

 彼らは妙に昔っぽい格好をしていた。男の詰襟は俺が着ている学生服とほぼ変わらないが、上に羽織ったマントのせいでギリギリアウト。女は女で着物に袴の編みあげブーツ。

 お前らは、どこの大正ロマンかと。

 いつもと変わらない下校の途中で、二人の不審者からかしずかれるとか。何だこれ。

 いや、不審者は言い過ぎか。妄想をこじらせた思い込みの激しいコスプレ趣味の人、と言う可能性もなくはない。なくはないけどそれでも充分めんどうくさいし、ご先祖様て。

 どう見ても俺と変わらない年なのに、その設定はむりがある。最近は変質者界にも低年齢化の波がきてるのか。気の毒に。

 無意識に距離を取ろうとしていたらしい。腰の高さのフェンスにぶつかり、それ以上は下がれない。追いつめられた感じが深まる。

 その向こう、フェンスで区切られた歩道の下はコンクリートで整備された川だ。水はほどんど流れていないが、三メートルほど深さがあるからできれば飛びおりたくはない。

「そっかあ、それはご苦労様。でも、人違いだと思うよ。俺は結婚しないし、子供も作らないからさ」

 子供がいないと、子孫は残らない。子孫がないなら、ご先祖様にもなり得ない。

 さりげなく横移動しながら、自分なりにやんわりと否定した。失敗だった。

「なぜでございますか!」

「その様な事を仰ってはいけません!」

 二人は夕暮れでも解るほど顔を青くし、つかみ掛かる勢いで責めた。反射的に謝りそうになったが、自分たちがびびらせていると解ったらしい。はっとした様子で体を離した。

 しかし、なぜだ。萎縮のあまり逆にへらへら笑う俺と、その前で泣きそうになっている彼ら。この図式だと見た感じ、どっちが悪いのか解らない。

「千年続くニクマル家が……」

「わたし達やお父様も存在しない事に……」

 首をかしげる俺の前で、ひそひそと二人は戸惑うようにささやき合った。感心する。その内容はどこまでも設定に忠実だ。そして背筋に、ひやりと冷たいものを覚えさせた。

 ニクマルは、うちの名字だ。

 珍しい名前だと思う。小学校でからかわれるくらいには。だから、多分。偶然はない。

 何のために? 解らない。だけど、こいつらが俺を狙って声を掛けたのは間違いなかった。それって、単純に気持ちが悪い。

 逃げるべきだと、ちょっと考えれば思いつく。だけどその選択肢が頭の中に浮かぶ前に、考えることさえジャマされた。

 男のほうがキン。女のほうがギン。ついさっき二人は、そう名乗った。

 だから、突然足を振りあげて俺を歩道から蹴り落としたのがキン。フェンスを乗り越え落ちる俺を抱えつつ、コンクリートの川底へ着地したのがギンだ。

 ……何これ。

 ほとんど流れてない川だけど、水がないわけじゃない。着地と同時に雑に捨てられ、俺の制服は冷たく濡れた。これって、結構最高に不愉快だ。でも、ギンは気にもしてない。

 ブーツを鳴らして背を向けた、彼女の手には槍があった。着物の袖をはためかせ、両手でつかんだ長い棒を振り回して叫ぶ。

「いざ!」

 て言うかね。蹴られたし、放り出されたのも痛かった。意味も全然解らないし、文句くらい言いたい。でもむりだ。まぬけな顔でぼうぜんと、この光景を見ているだけで精一杯。

 その音がどんなふうだったのか、説明の仕方が解らない。

 鼓膜を圧迫するような、深い水の中で上空の雷を聞くような。とにかく何かが周囲の空気を一瞬歪めて、それを耳で感じた気がした。そして、弾ける。ただし、静かに。

 コンクリートの川底に尻もちをついた格好で、ギンの背中越しに上を見る。そこにはフェンスがあるはずだった。けど、ない。フェンス、て言うか歩道。地面からごっそり。

 ほかは無事だ。ほかはあるのに、ちょうどさっきまで俺がいた場所だけなくなってた。

 コンクリートで固めた川の壁面と、その上の路面が直角に交わる角。その一部だけが、かじられたみたいに丸く削れて消失している。

 それをただ不思議だと、のんきに思うのは俺がまだ状況を解っていなかったからだ。

 恐いと思うべきだった。だってキンに蹴り落とされてなかったら、俺は今ごろ地面と一緒に何かにかじられ消えていた。

「キン!」

 こちらに背を向け、女の子は片割れの名前を悲鳴のように呼んだ。その理由はすぐに知れた。詰襟とマントで黒く包まれたかたまりが、上の歩道からふっ飛んできたせいだ。

 頭から落ちるように見えたそれは、くるりとねじれて体勢を変えた。川底に手足をこすりつけ、水しぶきをあげながら着地する。そしてそのまま、転がるように強引に駆けた。

 やばい、死ぬかも。濡れて輝く剣を片手に、飛ぶように走ってくるキンの姿に一瞬思った。恐かった。誰かに聞きたい。何でこいつら、あたり前みたいな顔で武器装備してんの。

「失礼いたします」

 すぐ横で、小さく断るのはギンだった。駆けつけたキンと一緒になって、左右から俺の体を持ちあげる。そして跳んだ。

 避けるためだと、あとから解った。この時、さっき聞いた不思議な音がまたしていた。

 二人に抱えられて跳躍したあと、俺はちょっと背中を打った。川の両側にある、コンクリートの壁面でだ。痛いのと、おどろきと。

 整備された川の幅は、十メートルほど。そのほぼ真ん中辺りから、壁で背中を打つほど跳べるのか? 人を抱えて、助走もなしで?

 それに、よく考えればさっきのも変だ。一応男の俺を抱えて、女の子のギンが三メートルの高さから無事に着地するなんて。そこまでは考えられたけど、結局よく解らない。

 キンとギンが背中を向けて、素早く俺の前に立つ。まるで守ろうとでもするように。

 守る? 何から? ――浮かんだ疑問は、すぐに消えた。二人の肩越しに目をやれば、男がそこに立っている。こいつも、変だ。

 両脇の耳みたいな部分を頭のてっぺんでくくった帽子。丈の長いコートの上に短いマントを重ねたような、めずらしい上着。

 ……だからさ、どこの英国紳士探偵かと。

 そして、それより。男は、少し前まで俺がいた辺りに立っていた。その足元にはでかい穴。さっきまで、それはなかった。

 その穴は歩道をかじったものと多分同じで、避けなければ一緒にかじり取られて消えていた。そう言うこと、だったのだと思う。

 男の手には、アンティークっぽい拳銃があった。その銃口をこちらに向けて、肩の高さまで持ちあげる。耳を圧迫するような、あの感じ。さっきと同じ、音と呼べない音がする。

 俺の知識だと、拳銃から出てくるのは弾丸だ。でも違った。それが何か、よく解らない。

 男が引き金を引く瞬間に気がついた。その音は、こちらを狙う拳銃から響いていると。

 ギンは長い槍をくるりと逆さに持ちかえて、刃先をコンクリートの川底に突き立てた。その後ろにキンが立ち、――多分、自分たちを盾にした。俺をかばうためだけに。

 胸くそ悪い、と。どうしてだか思う。

 周囲の空気が何かに歪み、やはり静かにそれは弾けた。ここまでは、さっきと同じ。けれども今度はあまりに近く、それを感じた。

 地面に突き刺し構えた槍の、少し手前で何かがぶつかる。ぶつかった、と思う。押されたような衝撃のあと、ギンの足元がばっくりと三日月状にえぐれていたから。

「ギン!」

 一人が叫ぶとほとんど同時に、しかし二人は別の方向へ駆け出した。俺を起点にⅤ字を描く格好で、足元のコンクリートへ剣と槍の切っ先で傷をつけながら素早く走る。

 この時点で、おいおい待てよと思ってはいた。だってこいつら、めちゃくちゃだから。

 立ち止まると、二人は足元に刃を突き立てた。そして互いに向かってそれを振る。

 足元のコンクリートは刃で触れていない部分まですっぱりと切れ、裂け目は二人の中間でつながった。斬撃を飛ばす、と言うやつだ。

 わあ、すごいねー。少年まんがの主人公じゃなくてもできるんだ、こう言うの。初めて見た。へえー。……って、バカ。何だこれ。

 川底のコンクリートに入った切れ目は、大きな三角形で英国紳士を囲んでいた。嫌な予感しかしなかったが、男もそんなアホなことをされるとは思わなかったのだろう。

 俺も思わなかった。と言うか、やめて。お願い。って思ってた。しかし願いもむなしく二人は武器の切っ先を傷に差し入れ、川底をよいしょとはがしてひっくり返す。

 あ。死んだな、俺。

 瞬間的にそれだけが頭に浮かんだが、単に恐怖を感じる余裕がなかっただけだろう。それくらい、あっと言う間のことだった。

 せめて方向を考えろ、と。飛んでくる巨大なコンクリートと英国紳士を見ながら思った。

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