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クリスマス・エンド・ロール2

作者: 椎名乃奈

 誰かがクリスマス・イブに隕石が落ちて来る――なんて話をしていた。そんなことあるわけないじゃん。どうせ、一人ぼっちでモテない寂しい人達の必死な足掻きなんだろう。そう心の中で決め込んで、馬鹿にしていた。


 だけど、まさか――本当に地球に隕石が落ちて来ようとしているなんて、誰が想像しただろう。こうして目の前に現れるまで、信じようとすらしなかった。地球滅亡、絶体絶命、危機一髪。どの言葉を用いても、ヤバい状況には変わり無い。


 もちろん、ありとあらゆる手段を用いて隕石の落下を食い止めようとした。最終的には、落下中の隕石を目掛けて大量のミサイルが撃ち込まれたけれど、隕石の落下は止まることは無かった。


 そして、最期のミサイルが放たれると、諦めてしまった。それが、まるで運命かの様に受け入れてしまったのだ。だけど、私は運命だからしょうがないだなんて理由で、絶対諦めたくなんかない。


 それに、万策尽きたわけじゃない。万策が尽きると言うのは、出来る限りのありとあらゆる手段を試して駄目だった時に初めて使う言葉だ。だったら、まだその時じゃない。


 なぜなら、まだ――最終兵器の私がいるからだ。


 ▶ ▶ ▶


 金属バットを手に、校庭で仁王立ちをする。


 隕石がこれから落下して世界が崩壊しようとしているにも関わらず、以外に登校している生徒や教師がいた。どうせ、終わるのならいつも通り過ごそうと決めているんだろうか。


 まあ、斯く言う私も学校に来ているわけだけど。


 九回裏。二死満塁。私史上最大の大舞台に今立っている。ちょっと大袈裟な表現の仕方かもしれないけど、地球の存亡を賭けたこの一打席を超える最大の舞台は、きっとこの先の私の人生では、用意されていないだろう。


 だから、それぐらい誇張しても問題ない……はず。


 ここが私の人生のピークだ。私は高校生にして、もう人生のピークを迎えようとしてるのだ。ここがピークだと考えると、正直ちょっと萎える。だけど、それで、上等。いつだって、ぶっつけ本番。先の事なんかどうせ分からないんだから、考える必要なんて無い。


 だったら、私はこの今と言う一瞬で過ぎ去ってしまう時間に、全身全霊でフルスイングしたい。


 私は胸を鷲掴みし、高鳴る鼓動を強引に落ち着かせようとする。しかし、当然鳴り止むことをしない。それどころか、鼓動はどんどんと速くなる。けれど、この緊張感は嫌いじゃない。


 頭に、ヘルメットを被る。正直、隕石相手にこのヘルメットは間違いなく役に立たないだろう。だけど、バッターボックスに入るならこの方が落ち着くし、何よりそれが野球をやる上での礼儀作法だ。


 私は、バッターボックスへ入る前に脱帽し、一礼をする。人によっては、審判の印象が良くなるだとか、相手に礼なんかしてて打てるのかなんて言う人もいるけれど、私はいつもそうするようにしている。なんとなくだけど、気持ちが引き締まる様な気がするから。自分に対しての覚悟の様なものだ。


 そして、私は左打ちのバッターボックスの後方へと入り、右足で砂を前の方へと押し上げ軽く穴を蹴って掘る。踏ん張りが効くように足場を固め、ホームベースの角をバットで小突き確認をし、左手に持ったバットを二度回す。


 ここまでは、いつも通りの私のルーティンワークだ。


 だけど今日はいつものに加え、左腕を斜め四十五度へビシッと止め、決めて見せた。俗に言う、ホームラン予告だ。ホームラン予告なんてやったことが無かったけど、なかなか気持ちが良い。


 バットの先には、空を覆う様に落下している隕石。


 相手を馬鹿にしていると言うわけじゃ無く、むしろその逆。不足の無い相手だからこそ、最大限の力で迎え打ちたい。そんな気持ちが湧き上がって来る。だから当然狙いはただ一つ――ホームランだ。


 ◀ ◀ ◀


 遡ること、一週間前。


 ピッチングマシンが、ボールを放る。球速は、このバッティングセンター最速の150キロ。対戦相手に不足は無し。私は放られたボールに狙いを定め、しっかりと踏み込み、そしてバットを思い切り振り切る。


 手応えあり。


 金属バットは、キーンと金属音を発する。しかし、ボールは前へは飛んでいない。だとすれば、金属バットを霞めて後方へとファウルボールを打ち上げたのだろうか。後方を確認するが、ボールは無い。


「はあ……今日も駄目か」


 そう――私は、バットで打った物を消してしまう特殊な能力者なのだ。いや、正確には能力者になってしまったのだ。なってしまった、と言うからには元からこんな体質では無かった。


 ふと気付くと、こうなっていたのだ。


「また、テメエかっ! 二度と来んなって言ったろうがっ!」


 落胆している私に、バッティングセンターの管理人が怒鳴り散らす。今月だけでも、もう12回目だ。200円で20球プレイすることが出来るこのバッティングセンターで、合計240球を消し去った(・・・・・)のだ。


「うわ、バレた。ごめんなさ~い」


 荷物を手際よくまとめ、足早にバッティングセンターを後にする。


 一度は皆、特殊な能力者と言うモノに憧れるだろう。


 例えば、手から炎や雷を出したり、空を飛んだり――私もそういうモノを特殊な能力だと思うし、そう言う人を能力者と呼ぶべきだ。だとすれば、私のこの役に立たない能力は何と呼べば良いのだろう。


 と言うか、一体何の為の能力なんだ?


 ▶ ▶ ▶


「まさか、こんな役立たずの能力が役立つ日がやって来るとはね」


 まるで、今日この日の為に授かったかのような能力だ。やっぱり、何があるか分かったもんじゃない。だけど、こうして未来を切り開くチャンスを与えられたのなら、一寸先は闇じゃなくて――光だ。


 隕石は、轟々と迫り来ていた。


「さあ、来いっ!」


 私は、バットを構える。けれど、妙に力が入り過ぎている気がする。それもそのはずだ。空振れば地球滅亡。打てば地球存続。そんな世紀の一球限りの大勝負が女子高生の一振りに掛かっているのだから。


「まだ……まだ……」


 焦ってはいけない。球は大きいんだから、ギリギリまで引きつけてスイング。たったそれだけ。それが分かっていながら、どうしても体はこの緊張感から早々解放されようと前のめりになる。


「あと少し……あと少し……」


 隕石は、眼と鼻の先まで来ているように感じる。しかし、圧迫感からそう感じているだけで、まだ大分距離がある。しかし、距離があるとは言えど、もう間もなく否応無しに結末を迎えるのだ。


 スイングしそうな腕を必死で堪える。ここで振ってしまっては、空振り三振……では、無いけれど、バッターアウト。ゲームセットになってしまう。この渾身の一振りの為に、粘って、粘って――そして。


「今っ!」


 私は、バットを思い切り振る。バットは隕石を真芯で捉える。しかし、隕石の重みに腕を持って行かれそうになる。私は歯を食い縛り、体中に残された力と言う力を掻き集め、全てを吐き出すように叫ぶ。


「行っけええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」


 キーンと響く金属音。私のバットは空を切り裂く。空を塞ぎ込んでいた隕石が取り除かれると、勝利を讃えるかのように陽が差し込んでいた。私はしばらく余韻に浸っていた。


 そして、私の手からするりと抜けるようにゆっくりとバットが地面に落ちる。私の意思でバットを落としたわけじゃない。私は自分の両の手を見る。すると、小刻みに震えているのが見て取れる。


「はは……力が入らないや」


 私はハッとして思い出す。ホームランを打ったら終わりじゃない。一塁ベースへとゆったり駆けていき、二塁ベース、三塁ベースを周り――そして、両足を揃え、ジャンプし――そして。


「ホームインっ!」


 両腕を上げて、体操選手の着地さながらにして見せた。


 こうして私は、人知れず――世界を救ったのだ。


 ▶ ▶ ▶


 翌日、世界が滅亡することなく、めでたくクリスマスを迎えることが出来るようになったが、これと言って予定の無い私からすれば、どうでも良い。だから、後に続く物語を私は持ち合わせていない。


 至る所で寄り添い合いながら、イチゃイチャしているカップルの姿が目に入る。そんな様子を見て私はふと思う。誰の御蔭でクリスマスを迎えられたと思ってんだか――てね。


 これで私の物語はお終い。

 けれど、物語は続いている。


 ワールド・エンド――そして、世界はロールする。



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