第8話 不穏は続く
デートの翌日の月曜日。ニュースでは、この付近で起きた殺人事件のことについて報道されていた。
「首を鋭利な刃物でスパッと、か…。この駅の近くの住宅街って、ウチの生徒もいっぱい住んでるよね?」
「放課後に職員会議を開くだろうな。いろいろ面倒なことになりそうだ」
お父さんはそう言って大きなため息をつく。
「あはは…。がんばってねお父さん」
「ああ。僕は雷道に嫌われてるからな、またこき使われるんだろうな…」
「もう、朝からため息なんてついてどうするの?」
「美愛~。辛いよ、教職マジで辛いよ~!」
「愛奈が引いてるでしょ?ほら、元気だして?」
お母さんがお父さんの頭をなでる。正直、お父さんのこんなところは見たくなかった。
「ほらお父さん、もう出ないと遅れちゃうよ?」
「あ、ああ。じゃあ行ってくるよ」
「うん。行ってらっしゃい。愛奈もがんばってね~!」
「うん!行ってきま~す!」
学校に着くと、何やらみんなザワザワしている。
「おはよう。ねえ、何かあったの?」
「あ、東雲さんおはよう。なんかまた転校生が来るらしいの」
「転校生?」
美波が来てからまだ1ヶ月も経っていないのにまた転校生なんて、一体どういうことだろうか。お父さんも朝はそんなこと言ってなかったし───
「間違いとかじゃないの?さすがにこんなに転校生なんて……」
「でも、校長先生がそんな話してたの聞いてた人もいるからホントっぽいんだよ」
「うーん。まあホームルームが始まれば分かることか」
「どうしたんだ?なんかみんな浮ついてないか?」
「あ、おはよう遥」
挨拶をすると、教室に入ってきた遥は笑顔で挨拶を返す。何を隠そう、この見た目は明らかにヤンキーボーイな金髪(地毛)の男子、神崎遥こそ私の自慢の恋人なのだ。そして実は私と遥は親戚同士であり、小さい頃に会ったこともあるそうだが、2人ともその頃の記憶はほとんど残っていない。
「おう。おはよう愛奈。…で、なんかあったのか?」
「なんかね、また転校生が来るみたいなの」
「はあ?ついこの前、美波が来たばっかだろ?」
「でも聞いてた人もいるみたいだし、デマじゃないと思うよ?」
「なんか変な感じだな。この中途半端な時期に転校生なんて」
「うん。仲良くなれるといいけど…。あ、先生来たよ」
「ホームルーム始めるぞー」
先生がクラスに入ってくるとザワザワしていた生徒達は席に着いて静かになった。
「まあ知ってる奴もいるかもしれんが、また転校生がこのクラスに来た。入ってこい」
「はい」
教室のドアを開け一人の女子が入ってくる。
「九重坂学園から来ました、緋野栞です。コミュニケーションが苦手なので男女関わらずリードして貰えるとありがたいです。よろしくお願いします」
この言葉を聞くと一部の男子がざわめき出す。
「お、おい。リードって……」
「まさかそういう……」
「あ、もちろんエッチなことは禁止ですよ?」
「「ですよねー」」
「ったく。じゃあ緋野は東雲の後ろな。おまえらもバカなこと言うなよ?」
「はい」
「「はーい」」
緋野さんが私の後ろの席に着く。
「…ふふっ」
「……?」
「いえ、なんでもないです。よろしくお願いします愛奈さん」
「え?…う、うん。よろしく。呼び捨てでいいよ。そういう気遣い、あんまり好きじゃないんだ」
「はい。ではよろしくお願いします、愛奈」
(…あれ?私の名前言ったっけ?まあいっか)
「うん、よろしくね栞」
「はい。ちなみに、放課後は空いてますか?」
「うん。大丈夫だけど、どうしたの?」
そう答えると、栞は申し訳無さそうに口を開いた。
「少しお願いがあるんですけど…」
そして放課後───。
「すみません。お時間いただいちゃって」
「ううん。この学校広いし、私も一年生のとき大変だったから」
あの時は広すぎて教室の移動だけでも迷ったっけ。
「確かに広いですよね。私が前にいた学校も広かったんですけど、ここまで広くはなかったです」
「前の学校?確か…、九重坂学園だっけ?」
「はい。私立の高校で割と頭のいい人が集まってるんです。それで環境もいいんですけど、こっちの方が大きくてびっくりしました」
「でしょ?じゃあ次は、そうだな…。屋上にでも行ってみる?」
「わぁ…。いい風ですね」
「うん。私もここが気に入ってるんだ」
「はい。……ホント最高です」
目を閉じて風を全身に浴びる。落ち込んだときやうまくいかないときは風を浴びると心が落ち着くのだ。
その後、私達は校内のいろいろなところを回った後、暗くなったので帰ることにした。
「栞の家ってどの辺なの?」
「学校から2、3分くらいですけど…」
「じゃあ私と同じくらいかな。それなら一緒に帰ろっか?」
「あ、ごめんなさい。私、駅の近くに用があるので」
「そっか。じゃあまた明日ね?」
「はい」
栞と別れると特に寄るところもなかったのですぐに家に帰った。
「でねー。緋野栞さんっていうんだけど、その転校生の子に学校を案内したの」
私は帰るとすぐにお母さんに栞のことを話すと、お母さんは楽しそうに聞いてくれた。
「ふーん。その子とは仲良くなれたの?」
「うん。冗談も言えるし、素直でいい子だと思うなー」
「へえ。今度ボクにも紹介してね?」
「うん。機会があったら家にも連れてくるね」
「楽しみにしてるよ。…あ、そうだ。シンが帰ってくる前にお風呂に入っちゃってくれる?」
「はーい」
「今日は夕ご飯、愛奈の好きなグラタンだから楽しみにしててね」
「ホント!?じゃあ早く入ってくるねー!」
こうして私は大好物のグラタンに胸を躍らせながら浴室に向かうのだった。
一方、その頃───。
駅付近は仕事帰りの人や塾帰りの学生で溢れかえっていた。毎日見られる日常的な光景。今日もいつも通り1日が終わるかに思われたとき、それは唐突に起こった。
「キャアアアア!」
1人の女が叫び声を上げる。
「救急車だ!誰か救急車を呼べ!」
スーツ姿の男は慌てた様子で周りに促す。
人混みの中央。倒れる人影。服装から付近の学校の生徒であることが分かる。この街で起こった通り魔事件の2人目の被害者だった。ズタズタに引き裂かれた学生服は血が滲み、もう既に手遅れの状態だった。
人々の目が被害者に集中しているとき、細い路地からそれを見る人物がいた。
「2人目。あの人が提示したノルマは5人。あと3人か…。なんで試し斬りで5人も殺さないといけないんだろ。…もう、うんざりなんだよね」
ざわめく人だかりに背を向けて少女は路地に消えていく。そして不機嫌そうに呟いた。
「……ホント最悪」
夜の街にサイレンの音が鳴り響く。翌朝、テレビではこの事件のことが大々的に報道されるのだった。
続く






