第7話 平穏、不穏
「遥、おはよう。今日もいい天気だね」
「おはよう。春って感じがするな」
季節は5月中頃。最近、だんだんと暖かくなってきてようやく春らしい天気の日も増えてきた。
「ただでさえここは北の方なのに、今年は涼しかったからね。やっと桜も咲いて、中央公園にもお花見に来てる人がいたよ」
「花見か…。どうする?今週末行ってみるか?週末になれば屋台も出てるだろうし。日曜でいいか?」
「うん。じゃあ日曜日はお花見デートってことで」
私がそう言うと、遥は少し恥ずかしそうな顔をして、「おう」と答えた。付き合い始めたはいいのだが、遥は恥ずかしがって外では恋人らしい振る舞いを控えているようだ。もう高校生なのに、男の方がこの調子じゃあ先も思いやられるというものだ。もう少し遥には、もっと、こう…、肉食っていうか、積極的になってほしいものだが、そこも遥のいいところでもあるので、無理に態度を変えさせれば遥のアイデンティティがクライシスしてしまう可能性もある。
(まあ、そこはだんだん慣れていってくれればいいけど…、でもさすがに…)
「…手を繋ぐくらいはしてほしいけどなぁ」
「ん?何か言ったか?」
不満そうな声で呟くも、遥の耳には届かなかったようだ。私はつい苛立った調子で話す。
「何でもないっ」
「はぁ?なんだよ…?」
「何でもないって!ほら、早く行くよ!」
「何怒ってるんだよ…」
「怒ってない!ぐちぐち言わないで、急ぐ急ぐ!」
「へいへい…」
こうして晴れて恋人同士となった私たちの1日はまた今日も始まるのだった。
「聞いてよ美波~!遥ったら、付き合って1週間以上も経ったのに告白した日以来手も繋いでくれないんだよ!?」
「遥は恥ずかしいっていうか、相手が愛奈ってことでプレッシャーみたいなのもあるのかもね」
「プレッシャー?」
机に伏せた顔を上げて美波に問う。
「うん。だって、今まで友達付き合いしてきたとはいえ、相手は学園で人気No.1の女の子だよ?普通は意識せずにはいられないでしょ?」
「そういうもんかな~?」
「まあ、遥自体が思い切った性格じゃないってのもあるけどね」
「う~…。美波?私、どうしたらいいかなぁ?」
「それ、あたしに聞くの?…うーん。でも、そうだな…。やっぱり、その日曜日のデートでなんとかするしかないと思うよ」
「やっぱりそっか…。うん!私、がんばるよ!」
そしてついにその日曜日がやってきた。
「おはよ、遥。今日はめいっぱい楽しもうね!」
「ああ。じゃあ先に場所取りするか?」
「食べるもの買ってからでいいよ。私、焼きそば食べたいな」
「よっしゃ、じゃあ行くか!」
私は遥に付いて公園の中に入っていった。
(だから、手を繋いでよ…)
「どうしたんだ?早く行くぞ~」
「はーい」
「なんだよ、愛奈」
「え?」
「ずっと機嫌が悪そうだから。なんかあるなら話してくれよ」
「別に~?ほら、早く行くんでしょ?」
「あ、お、おい愛奈!?」
食べたかった焼きそばの他にもたこ焼きやクレープなどの食べ物を買い、空いていた桜の木の下のベンチに座る。ずっと遥はこちらをジロジロと見てくるので、そろそろ我慢が出来なくなり話を切り出した。
「ねえ遥…」
「なあ愛奈…」
「「…っ!」」
お互いに話しかけるタイミングが一致し、一瞬どこか気まずい空気になるが、遥が話を続けた。
「……愛奈、悩みがあるなら話してくれよ。お前の様子からして、俺に関係あることなんだろ?」
「…それは、その………。そうなんだけど…」
「教えてくれよ。その、俺も…愛奈には笑っていてほしいから」
「…えっと、あのね?その、もっと恋人らしい事したいな…って」
「え?」
「べ、別にその、いやらしい事って訳じゃなくて!……手とか、繋ぎたいな、って。は、遥が恥ずかしいなら我慢するけど、せっかく付き合ってるんだから……」
「ぷっ、あはははははっ!」
突然遥が笑い出した。
「な、何笑ってるの!?」
「あ、いや…、ごめんごめん。もっと深刻な悩みだと思ってたからつい…。でも、そういうことならいつでも言ってくれれば良かったのに」
「で、でも、遥が手を繋ぐの…、その、嫌だったらって思ったらなかなか言えなくて…」
「あのなぁ…。俺がなんでお前と手を繋ぐのを恥ずかしがらなきゃいけないんだよ。別に他の奴らにはバレてんだから」
「あ、ぅ…。で、でも!じゃあなんで遥は自分からしてくれなかったの!」
悩みが晴れて、私は今度は遥を追及する。
「いや、まあそれは…、悪かったと思ってる。ホントにスマン」
「悪いと思ってるならいいんだけど…」
「マジでスマン」
「い、いや…、そこまで謝られると悪い気がするから…」
「あ、ああ…。そうだ、愛奈。なんか他に食べたいモノとかあるか?」
「じゃあ綿あめとか食べたいかなぁ」
「オッケー。じゃあ買いに行こうぜ?」
「……っ!」
「……ほら、どうしたんだよ。行くぞ?」
私の前に差し出された遥の手──
「うんっ!」
私は笑顔でその手を取った。
日が暮れ始め、夜桜を観るためか、客も増えてきた頃、私たちはそろそろ帰ることにした。
「遥、今日はありがとね。楽しかったよ!」
「それなら良かった。俺も久々に花見なんて行ったしな。かなり楽しめたよ。こちらこそありがとな」
「えへへ。どういたしまして。…あ、じゃあ私ここだから。また明日ね」
「ああ。また明日」
繋いだ手を離すのは惜しかったが、これも恋人同士なら仕方がないことだと思い、手を離し別れた。「また明日」。その言葉に胸を躍らせて。
その頃、駅付近の住宅街。
「部活疲れた…。ったく、あの顧問、日曜も部活なんてめんどくせーことしやがって…」
春夏秋冬学園ではない制服を着た学生が帰り道を歩いていた。
「でも、この能力さえ使えば試合も楽勝だしな」
そう、彼は能力者だった。能力は身体能力を高めるというシンプルな能力。しかし、それはスポーツにおいては周囲と圧倒的な力の差となる。彼はその能力で試合で活躍していたのだ。
「こんなのが超能力かよ、って思ってたけどなかなか役に立つし、この能力で俺はナンバーワンを目指すぜ!」
「そう。私もその光景、見てみたかったな」
「……!?」
突然聞こえた声に少年が驚いて振り向くと、そこにはいつの間にか1人の少女が立っていた。
「でも、残念。その輝かしい功績は現実のモノとならずに終わってしまう」
「…っ!な、何勝手なこと言って…!」
「だって────」
「~~~~~っ!?」
少年は声にならない悲鳴を上げた。それもそのはず、まばたきをした一瞬の間にその少女が自分の背後を取っていたのだから。 そして少女は、驚きと恐怖で震える少年に、優しげな声で囁いた。
「──私が今ここであなたの将来を摘み取ってしまうんだもの」
瞬間、少年は走り出した。脳内で警鐘が鳴り響く。逃げなければ、死ぬ。この少女に殺される、と。
「くっ…!なんで、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!くそっ!俺は…、俺は、これからなのに…なんで!?」
「特に理由はないよ?目に付いた能力者を狩っているだけ」
逃げたはずなのに、少女の姿が目の前に現れる。
「あ、あ、ああ…」
「それでも理由を聞きたそうだね。…傲慢で欲深い誰かさんの命令だよ。ああ、『誰かさん』のことは気にしないで。それはあなたが抵抗出来ないほどに大きいものだから」
そして、少女は冷たい目で少年を見下ろし、手を払うような動作をする。
「殺した相手にこんなこと言うのもおかしいけど───、ごめんね」
そして、少年の首が闇夜に赤い鮮血を撒き散らして、飛んだ。
「まずは1人目」
そう呟いて、少女は闇に消えていった。
続く