第6話 少年の決意
愛奈が遥のことで悩んでいる頃、同じように遥も愛奈のことで思い悩んでいた。
「あー、くそ!なんだって愛奈のことばっか頭に浮かんでくるんだよ!」
遥は自室のベッドに八つ当たりする。
『私は遥のこと嫌いじゃないけどな~』
ファミレスで愛奈が言った言葉が頭から離れない。
(嫌いじゃないってことはもしかして、愛奈は俺のこと…。い、いやいや!学園一の競争率を誇る女子がこんな見た目の俺なんて…。でも、愛奈なら見た目なんて気にしなそうだけど…。いやいやいやいや!)
考えれば考えるほど混乱する。きっと今鏡を見たら遥の顔は赤くなっていることだろう。
「…ふぅ。外の風でも浴びて落ち着くか」
遥は自室の窓を開け、夜風を浴びる。晴れた夜空には満天の星々がきらめいていた。
(愛奈と一緒に見れたらな…)
とっさにそう思ったが、その考えをすぐにしまい込む。
「何考えてんだ、俺。こんなんじゃ落ち着くどころじゃない。むしろ逆効果じゃないか…」
ため息をついてもう一度空を見上げるも、やはり愛奈のことが頭から離れない。
「…もう寝るか」
遥は結局考えることをあきらめ、ベッドに潜り込んだ。
そして、翌日…。
「…あ。お、おはよう遥」
「お、おう。おはよう」
2人の1日はこのぎこちない挨拶から始まった。
「き、昨日は…っ!あの…」
「な、なんだ?」
「ぐ、ぐっすり眠れた?」
「ああ。も、もちろん。ぐっすりだったぞ?」
「へ、へー。そうなんだ…」
「あ、愛奈は…、どうだった?」
「わ、私も…!ぐ、ぐっすりだったよ?」
「そ、そっか。それは良かったなぁ…!」
「うん…!よ、良かった良かった…」
「あはは、あははははは……」
「あははははは…」
お互いに苦笑いを浮かべ、さらに心地の悪い空気がこの場に流れる。
((き、気まずい…!))
2人がこの状況に耐えきれなくなったその時。
「2人ともおはよう。…って、どうしたの?」
登校してきた美波が、2人の間に流れる空気に疑問の表情を浮かべ話しかけてきた。
「あ、ああ。美波おはよう」
「おはよ。で、なんなのこの空気…?」
「いや、なんでもないんだ。な、愛奈」
「うんっ!な、なんでもないよ?」
「ならいいんだけど…。じゃあ早く教室行こう?」
「そ、そうだね。うん、行こう。ほ、ほら遥も…」
「お、おう。そうだな」
この日は授業のときも集中できず、昼休みにみんなと一緒にお昼ご飯を食べるときも2人の間にはどこか気まずい空気が流れていた。
1日中この微妙な空気は晴れないまま、ついに放課後を迎えてしまった。
(はあ…。結局ほとんど話せないまま放課後になっちゃった…)
私は放課後の教室で机に突っ伏した。そして、盛大にため息をつく。
「はあ~……。どうしよ」
(なんか遥のほうも話しづらそうだったし…)
すると、誰かが教室のドアを開ける音が聞こえた。驚いてそっちの方を見ると、バツの悪そうな顔をした遥が立っていた。
「遥…、どうしたの?」
「いや、あのさ…。ちょっと話があるっていうか…」
その言葉を聞いて、私も決心をする。
「私も、遥に話があるの」
「そっか。じゃあ、俺からいいか?」
「うん」
「俺、昨日家に帰ってから愛奈のことばっか頭に浮かんできてさ。それで今日もずっと…。だから俺、お前とちゃんと話せなかった」
そして遥は顔を上げ、私の目を見てこう言った。
「だからさ、俺、お前とちゃんと向き合うって決めたんだ。だから、って言うのもおかしいか。まあ、何を言いたいのかっていうとだな…。その、愛奈。俺と、付き合ってくれないか?」
突然、遥の口から発せられた言葉。私は驚きとともに嬉しさがこみ上げてくる。しかし、一つ気になることがあった。
「愛莉は…、どうするの?」
「どっちも俺に任せろ。愛奈も、愛莉も、俺に任せとけって」
「そう。そっか…」
「さてと、返事を聞く前に…。愛奈の話って何だよ?」
突然振られた私は恥ずかしさを誤魔化すように、笑顔で返す。
「遥と同じこと、って言えば分かる?」
「ははっ。そっか。じゃあ、改めて…」
屈託のない笑顔で遥は告げる。
「愛奈。俺と付き合ってくれないか?」
差し出された手。私は迷わずにその手を取って…。
「うん。よろしくね?浮気なんてしたら許さないんだから…っ!」
「お前相手にそんなことするかよ。…さてと、それじゃあ帰るか」
「うん、そうだね。外はまだ明るいけど…お願いしていい?」
私は悪戯っぽく笑い、遥を見る。そんな私に遥は困ったように微笑んだ。
「はいはい。お任せください、お姫様」
春、夕焼けの空が私たちを染めている。部活動で残っている友人と会話をして、校門を出る。ここから新しい何かが始まる。期待に胸を躍らせ、私たちは道を歩き出した。
一方その頃、愛奈達が去った2年A組教室では…。
「ふぅ…。うーん、2人とも良かった良かった。これでいつも通り、かな?」
掃除用具のロッカーから出てきた美波は安心したような笑顔で呟く。
「でもこういうのに首を突っ込むのは、やっぱりあまり良くないよね。バレてたらどうなっていたことか…。まあでも、これにて一件落着、ってことで。さてと、あたしもかーえろっと」
その夜。自分たちのやり取りが美波に覗き見されていたことなど知るわけもなく、愛奈はシャワーを浴びながら鼻歌を歌っていた。
「ふんふふ~ん♪私が遥の彼女~♪うー…いぇい!」
思わず顔がにやけてしまう。きっと明日、遥はクラスどころでなく、学園の全男子からさっきのこもった目線を向けられるに違いない。こういう噂はすぐに広まるものだ。
「でも、まあ。遥なら能力使えるし、襲われるようなことがあっても大丈夫だよね?」
もちろん、本来能力は能力者でない人に向けて使うものではないが、状況が状況なときは使わざるを得なくなるだろう。
「暴力沙汰は起こさないっていうのが一番なんだけど…」
噂によると、昨年、私と隣の席になった男子は私のファンクラブを自称する人たちに事情聴取を受けたとか、何とか。そもそも、私の知らないところで勝手にファンクラブなんて作って欲しくないのだが。まあ、知っていたとしても作らないでもらいたいが。
パジャマに着替えて自室に戻り、今日は早く寝ることにした。
その頃、遥は昨日と同じように自室の窓から星空を見上げていた。
「きれいな星空だ…」
遥はそう呟いて深呼吸をする。
(俺、愛奈の彼氏になったんだよな…。ってことは、俺もいつかは愛奈とあんなことやこんなことを…)
「…って、何考えてんだ俺は!くそ、告白したはいいけど、したらしたでなんか落ち着かねえ!」
(明日はみんなからボコられるんだろうな。能力は…、できるだけ使いたくないけど…)
「あれこれ考えても仕方ない、か。とりあえず今日は寝よう」
そう言って遥は電気を消し、目を閉じた。
愛奈は胸の鼓動でなかなか眠りにつけずにいた。
(明日が、楽しみだなぁ…)
私たちは恋人同士という関係になったわけだけど、何が変わるかはまだ想像もつかない。期待と不安を感じながら、私はそっと目を閉じた。
続く