第4話 遥と私
「さてと、慎君達も落ち着いたみたいだし、話を始めるね。愛奈と遥は大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です、琳音さん」
「琳音さん…か。うーん。今まで通り美波でいいよ。改められるとなんかやりづらいし」
「う、うん。分かった…」
「よし、じゃあ始めるね。まず、あたしはなんで生きてるかなんだけど」
「そうだよ、琳音。お前、あの事故で確かに死んだはずだよな?葬式もあげたし間違いないだろ」
「うん。慎君の言うとおり、あたしは二年前に確かに死んだ。でもね、お葬式のとき、棺桶にはあたしの遺体は入ってなかったんだよ」
「え?でも、確かに確認したはず…」
「幻覚を見せる能力を使ったんだよ。棺桶の中にあたしの遺体が入っているように見えるように」
「幻覚?…でも、そんな能力持ってる奴いたっけか?」
お父さんの問いには、夏希さんが答えた。
「知り合いにいなくても、一度話す機会さえあれば十分だよ」
「どういうことだよ、夏希?」
「あのねー?慎は私の能力、忘れたの?」
「能力って…、あっ!」
「そ。私の能力、〈ドッペルゲンガー〉なら、他人の能力も使えるの」
「なるほどな。じゃあ、生き返ったのは?」
「それも私の能力で美愛の能力をコピーしたの。ただ、完全にコピー出来なかったから、高校生の姿で生き返っちゃったけど」
「あたしはまた青春を満喫できるからいいんだけどねー!…というわけで、これからは基本的には王林美波でよろしく」
「つまり、琳音はこのままウチに通うってことだよな?」
「王林、ね。…そのつもりだよ?てか、もう通ってるし」
「じゃあこれからもよろしくね、美波!」
「うん。よろしく、愛奈。あと、慎君…東雲先生も」
「ああ。よろしくな王林」
「はい、『学生時代は苦手だった物理を克服した』東雲先生?」
「そのニックネームはなんだよ、琳音!」
「王林ですぅ~!きゃあ~、虐待~!」
2人の姿を見ると、私は間に入れない何かを感じて少し寂しい気分になった。
「さてと、愛奈!」
「え!?」
「あのさ…、あたしの正体のことは他の人達には黙っててくれない?…莉乃なら大丈夫だと思うけど、他の人達との関係も壊したくないから」
「…分かった。じゃあ明日、莉乃には昼休みに話そう」
「うん」
「あー、ちょっといいか?」
遥が手を挙げ、話す。
「なんか俺だけ能力ないって肩身が狭いっていうか、仲間外れ感あるんだけど?」
「そのことなら問題ない。楓、遥にも能力を与えてやってくれ」
「ん~、ホントにいいの雷道?」
「身を守る手段として、だ。俺達のような能力者戦争は起こらないさ」
「はぁ…、分かったよ。じゃあ遥君、いくよ?」
「は、はい…」
楓叔母さんは遥の手を取る。すると、遥の身体が淡く光り、その光は段々と強くなっていき、やがて目を開けていられないほど眩しく輝くと収束した。
「どう、見えた?」
「はい…。あれが、俺の『能力』…」
「さあ、君の力、ここで見せてみてよ」
「え!?か、楓さん、大丈夫なんですか?」
「うん。君の能力は目を合わせただけで喧嘩するようなどっかのバカ2人のとは違って、周囲を破壊する心配はないし」
「分かりました…。〈アーサー〉!来い、エクスカリバー!」
光が集まり、遥の右手に両刃の剣を形作る。楓叔母さんはその光景を見て満足そうに微笑んだ。
「うん、成功だね」
「か、か、か…」
私は遥の能力を見て、叫ばずにはいられなかった。
「カッコいいーーー!何その能力!?私もそういうのが良かったー!」
「何言ってるの?愛奈ちゃんの能力なら聖剣くらいすぐ作れるでしょ?」
「「は?」」
私と遥の声が重なる。私の能力なら聖剣を作れる?何を言っているのだろうか。
「あれ?説明しなくても分かると思うけど…。愛奈ちゃんの能力、〈ミカエル〉は、『あらゆる事象を思い通りに操る』ことでしょ?好きなだけ金を作ることだってできるし、触らずに火をつけたり、モノを吹き飛ばしたりできる。なら、何もないところから特殊な力をもった剣を作るのだってできるでしょ?聖剣でも、魔剣でも。違う?」
「それは…そうかもしれないけど」
頭では理解していたが、改めて説明されると自分の能力がいかに規格外かが分かる。私の能力のことを知らなかった、私と楓叔母さん以外のみんなは今の説明を聞いて唖然としていた。
「お、おい愛奈?それどういうことだ!?」
「そんな能力、反則じゃ…」
中でもお父さんとお母さんは一番驚いた顔をして詰め寄ってくる。
「い、いや、私もなんでこんな能力を持ったのか分からないし…。楓叔母さん!」
「うーん。私はその人に、その人のことを選んだ能力を与えるだけだから…。つまり、愛奈ちゃんは〈ミカエル〉の能力を得るのにふさわしい存在だったってことなんじゃないかなー、と思うんだけど」
「私がふさわしい存在…?」
「そうだよ。だから、自信持っていいんだよ」
「うん…。ありがと、楓さん」
「ちょっといいか、愛奈?」
「何?遥、どうしたの?」
今度は遥か…、と思って見ると遥は思ったよりも深刻そうな顔をしていた。
「愛奈。おまえの能力、確かに〈ミカエル〉なのか?」
「え?う、うん。自覚はあるし、楓叔母さんもそう言ってるし。でも、なんで?」
「いや、なんでもねえよ」
「…?変なの」
「なぁ、僕と美愛と楓は夕飯の買い物があるんだ。先に帰るぞ?」
「ああ、帰れ帰れ。お前なんかさっさとこの場から消えろ」
「んだと!?雷道…おまえ、灰になりたいか?」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ」
「はいはい。雷道も慎兄さんも落ち着こうね?雷道は自分の家も灰にするつもりなの?」
帰り際に始まったお父さんと校長先生の喧嘩を佳奈さんがなだめる。この二人、ホントに仲悪いなぁ…。
「愛奈も一緒に帰るか?」
お父さんに聞かれ、私は首を振る。
「ううん。もうちょっとここにいる。帰りは遥に送ってもらうから安心して?」
「おいおい、俺が送るのかよ?」
「嫌?」
「嫌じゃないけどさ」
「じゃあ神崎、愛奈を頼んだぞ?いいな、何かあったらタダじゃおかないからな!」
「はいはい、分かりました!緊張するなあ、もう…」
「ふふっ、お願いね?」
「おう」
「じゃあ僕達は帰るから。あ、そうだ。りn、じゃなくて王林。ウチで夕飯食ってくか?」
「もう…、間違えるなら琳音でいいよ」
「ああ…、琳音。で、どうするんだ?」
「慎君達が迷惑じゃないなら、お邪魔しようかな」
「じゃあ決まりだな。そういうことだから、愛奈。あまり遅くなるなよ?」
「はーい」
ウチの家族や美波、夏希さんが帰ると、なぜか校長先生や佳奈さんまで部屋の外に出て行ってしまった。「お邪魔にならないように」なんて言ってたけど、別に邪魔じゃないんだけどなー。
「あのさ、愛奈?」
「ん~、何?」
「さっきの話の続きなんだけど」
さっきの話とは、私の能力のことだろう。さっきもいろいろ聞いてきたし。
「正直に答えてくれ。ホントに能力は〈ミカエル〉なのか?」
「だからさっきも言ったでしょ?間違いないって」
「じゃあ聞き方を変える。お前の能力は〈ミカエル〉だけなのか?もう一つ『別の能力』があるんじゃないのか?なあ、黒いの?」
私は遥が何を言っているのか分からなかった。別の能力なんて分からないし、『黒いの』という言葉が何のことか全く分からなかったのだ。
「な、何のこと?遥が何言ってるか全然分からないよ…」
「ああ。『愛奈がなにも知らないのは分かってる』んだ。だから、俺は愛奈じゃない方に聞いてる。…そろそろ出て来いよ。説明するくらいいいじゃないか」
「は、遥…っ!?」
どうしたの?と言おうとしたとき、いきなり私の視界は真っ暗になった。そのまま意識も反転する。
「あーあ。もうちょっと愛奈の動揺した様子を楽しもうと思ってたのになー」
(え?何これ?意識がないはずなのに、私、話してる…?前にもこんなことあったような…)
「やっと出てきたか。で?どういうことだこれは?」
(そうだ…。あのとき、私が不良に襲われたときも、こんな風に意識とは関係なく…。でも、今回はあの時よりも意識がはっきりしてる…)
「どういうことも何も、主人格の愛奈と私は別々の能力を使えるってだけ。それがどうしたの?」
「そういうことかよ。愛奈の能力は〈ミカエル〉、黒いのの能力は不良を撃退したときに使った…」
「そ。もう一つの人格である私の能力は才能を奪う力、〈サタン〉。ま、完全に〈ミカエル〉の方が優秀だけどね」
私は意識の奥で、私の『もう一つの人格』と名乗った存在と遥の会話を聞いていた。
「それと、その『黒いの』って言い方、やめてくれない?雑に扱われてるみたいで嫌だから」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ?」
「そうだなー。性格が反転した愛奈だから、愛奈リバース、縮めて愛莉って呼んでよ」
「愛莉…。それがお前の名前か…。」
「うん。『東雲愛莉』。まあ、今即興で考えた名前だけどね」
「いや、俺はいい名前だと思うけど?」
「~!もう、そういうことは愛奈に言ってよね!」
「はあ?」
「じゃあ私戻るから!ちゃんと送ってよね!じゃ!」
「お、おい!愛莉!?」
突然私の意識は覚醒する。そして、私は目の前の遥に話しかけた。
「遥…。私の悪いところ、面倒くさくてうるさくてイライラさせちゃうかもしれないけど。…愛莉のこと、よろしくね?」
「愛奈…?覚えてるのか?」
「うん。はっきり覚えてるよ?」
「そうか。…ああ、分かったよ。俺もお前ともっと話してみたいしな。悪いところにも良いところだってあるだろ?」
「ふふっ、なにそれ?」
「いや、だから、そういう憎めないやつっていうか、なんというか…」
「ありがと。じゃあ、そろそろ帰ろっかな」
「そっか。じゃあ行くか」
「よろしくね、私の騎士様?」
「おう、任せろ。って、そう言われるとなんか恥ずかしいな」
「大丈夫大丈夫。遥なら私を守り抜いてくれるって信じてるから」
「そうかい。じゃあ騎士たるもの、お姫様の期待には答えなきゃな」
そう言って私と遥は夜の道へ足を踏み出す。なんだか本当にお姫様になったような気がした。
続く